Act.66『四国会談Ⅰ』
総魔導連合本部『イデアル』の中において最も人気が絶えないターミナルはその日、いつもとは違う賑わいを見せていた。
そこは普段ならば転移門を利用して常に人が行き交っている本部の玄関口なのだが、今日は一時的に転移門の使用が誰にも許可されない時間帯が存在した。
さらにはロープで境界線を作って立ち入りを禁じるエリアが設けられ、そのエリアの外では見物に来た執行者や調査員、他にも様々な職員達がひしめくように並んでいる。
そんな人だかりの中に、御神翼とメシエ・ヴァーミリオンの姿があった。
初めての任務を終えてから十日。次の任務まで休暇を貰っている二人は、それぞれこの異様な騒ぎを耳にしてターミナルにやって来たところ、偶然にも居合わせて一緒に列の中に混じってみたのだが。
大勢の人垣によって肝心な立入禁止区域の様子は見えず、メシエは不満そうに溜め息をこぼした。
「はぁ、せっかくの機会なのに全然見えないわね。……ツバサは見える?」
「背伸びをすればなんとかと言ったところだが。……一体これはなんの騒ぎだ?」
「え、知らないで見に来たの? 今日、本部で四大国の長達が集まって会談をするみたいよ」
その情報を母親から聞いたというメシエが言うのなら、事実で間違いないだろう。
四大国。つまりここアレーテイア共和国に加え、東の神聖セレスティアル王国、西のクラウンヴァリー帝国、南のステラルム連邦を治める指導者達がこの本部で一堂に会するということだ。
それぞれの国家間での意見交換は密に行っているという噂だが、わざわざ四大国家の長が集まって顔を合わせるのは年に一度あるかどうかだろう。
だからか他国の指導者達の姿を生で見てみたいと、多くの職員が興味本位でこのターミナルへと詰めかけているようだ。
「会談か……なにを話すんだ?」
「さあ。さすがにそこまでは母も教えてくれなかったもの──って、わわっ」
人の波に横から押されて体勢を崩したメシエは、思わず隣の翼に寄り掛かってしまう。
しかし体格が一回りも違うからか、彼女に体重を預けられても翼は微動だにしなかった。
「ご、ごめん。ちょっと押されて……」
「構わんが。……来たみたいだな」
騒然としていたターミナルから、突然水を打ったように声が消え去る。それは立入禁止とされる場に、“副長”エド・グランドが現れたためであった。
彼はターミナルの中央へとゆっくりと歩いて行き、そこで立ち止まって待機する。するとそれを合図にでもしたかのように、三つの転移門が同時に起動した。
そして三ヶ所の広間から光が流れ出ると、それぞれの部屋に複数の人の気配が出現していく。
セレスティアル。
クラウンヴァリー。
ステラルム。
三国の代表者達が供を連れ、広間から現れてエドの待つターミナル中央部へと集まっていく。
写真や映像では姿を目にする機会は多いものの、実物を肉眼で、それも三国の指導者達が全員勢揃いする機会などめったに見られるものではない。長年本部で勤務している職員ですら、初めての者も多いだろう。
「よくぞ来た、皆の者。“長”に代わって先ずは俺が君達を歓迎しよう。“副長”の分際で三国の代表を出迎えるなど、礼を失しているとは思うがな」
開口一番、そんな冗談を言うエドに三国の代表達は誰も言葉を返せなかった。
魔界創始者の一人であり、今や唯一の顔役として現代にも生きている伝説を相手に、誰が失礼などと思うだろうか。
「しかし、つい先日意見を交わしたばかりなのに、わざわざこっちに来てもらってすまんな。グラン帝」
「いいや。今回の発起人は儂なのだから、こっちに気を遣う必要なんざありませんぜ。謝るなら、ウチらの事情に巻き込んだお嬢ちゃん達にしてやるべきでは?」
飄々とした態度ながらも、軍服に包まれた大柄な体格と強面の容貌から覇者の威厳を漂わせる壮年の男。
クラウンヴァリー帝国の王、グラン・ブック・クラウンヴァリー。
既に在位四十年を超える、クラウンヴァリーきっての名君として臣民から畏敬の念を集める帝王だ。
そんな帝王の言葉を受けて、対面の位置に佇む女性達の一人が思わず失笑する。
「まあ、お嬢ちゃんだなんて。まだ耄碌するには早いんじゃないですか、グラン。貴方がまだ留学生だった若かりし頃の武勇伝でも、私が語ってあげましょうか?」
「キアラ、その物言いは何だか意地が悪いからやめておきなよ。たとえ昔の教え子が相手とは言え、今は彼も立派な王様なんだから。少しは彼を立ててあげたらどうだい」
「貴女こそよく聞いていなかったのですか、キエレ。あの子、絶対に私達をからかう意味で“お嬢ちゃん”だなんて言ったんですよ。年上相手に、失礼だと思うんですけど」
「へいへい、じゃあからかって悪かったよステラルム学長殿。ったく、昔からなに一つ変わりやがらねえな……やり難いったらねえよ」
容姿の年齢差からして孫同然とも言えるような若々しい少女達を相手に、グラン帝は疲れたように肩をすくめる。
ステラルム連邦代表、キアラ・ステラルムとキエレ・ステラルム。
学術都市国家ミーティアにおいて学長を務め、数多の国々が加盟している連邦の代表を兼ねる双子の姉妹だ。
他の三国に比べれば一世紀ほど前に現れたばかりの歴史の浅い新興勢力でありながら、わずか百年で四大国の一つに数えられる連邦政府を築き上げたという。その背景には、彼女達を教え導いたとある賢者達の存在が大きい。
そんな経歴を持つ彼女達は、アレーテイアに並んで古い歴史を持った大国の王であり、この場で唯一本当の意味で若い少女へと目を向けた。
「王としての貴女と直接お会いするのは初めてになりますね、聖王猊下。どうやら緊張なさっている様子ですが、ご気分の程はいかがですか?」
「いや、彼女が緊張してるって解ってるじゃないか。何でわざわざ掘り下げるんだい、君は」
「──いいえ。キアラ様をそう責めないでください、キエレ様。キアラ様なりに気遣ってくださっていることは、私も充分に解っていますので」
煌びやかなドレスで着飾った銀髪の少女が、穏やかに微笑みながらキエレを制する。
神聖セレスティアル王国の象徴であり、国民からの崇拝と聖霊達からの寵愛を一身に受ける聖王、アテナ・ルナ・セレスティアル。
聖女レイアの血を受け継ぎ、魔界第二の権力者とまで謳われる神秘の守り手は、まだ戴冠して一年ばかりの瑞々しい若者だった。
非公式とは言え、他国の代表者達と顔を合わせて臨む外政は今回が初めてであり、表情は落ち着きを見せながらも緊張で身が強張っている様子は一目見れば分かった。
そんな若い王を、彼女の傍らで女性と共に侍る着物姿の男が静かに諭した。
「アテナ、深呼吸をしろ。心身を落ち着けたいのならば、呼吸は重要だ。ゆっくりと、しっかりとな」
「……はい。アドバイスありがとうございます、八雲様」
「気にするな」
聖王を相手に不遜な態度を取るその男は、王の従者ではない。セレスティアル王家を初代から見守っている守護神であり、魔界の開闢に立ち会ったという数少ない存在の一人だった。
そのため彼とは知己であるエドは、声に懐かしさを滲ませながら話し掛けた。
「久しいな、八雲。貴方がこちらに顔を出すなんて、何百年ぶりだ?」
「最近、あの男……イデアが姉上達と共に此方に顔を出したようなのでな。つい懐かしみ、アテナの御守りがてら足を運んでみたのだ。ついでにレイアの顔を見ておこうとも思ってな」
「ああ、なるほど。では立ち話を始めると長引くだろうし、早速君達を中へ案内しよう。我らが“長”も支度を済ませて待っている筈だ」
そう言って踵を返して歩み出したエドに、三国の代表者達は各々の供を連れて続く。
その光景は見物に訪れた職員達を黙らせるには充分なほど壮観であり、彼らがターミナルを完全に立ち去るまでの間、物音が一つも鳴り響かないほどに緊張した空気が辺りをしばらく漂い続けるのだった。




