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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
第二章
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Act.65『魔神相剋Ⅲ』

 果たしてそれは、天変地異の縮図だろうか。

 周辺一帯を侵していた炎の世界が、天から降り注いだ氷雪の世界に包み込まれ、拡大を抑え込まれていく。

 フォルテ達はもちろん、アルティスにも目の前で何が起こったのか理解が出来なかった。

 ただ一人、紅蓮を纏う少女だけが押し寄せる吹雪を劫火で退けながら、突然割って入って来た存在へと鋭い視線を向けていた。

「……生きていたのですね、ノヴァ・ヴァナルガンド。近頃は名を聞かなかったので、もう既に死んだものと思っていましたよ」

 炎と雪が互いに鬩ぎ合い、相殺し、やがて二つの“理”は力の均衡を生み始める。

 そんな地獄のような光景の中、劫火を包む吹雪の下に一人の人物が姿を現した。

 それは炎の少女と同じように年若い銀髪の少年だった。

 フォルテ達の前に降り立つ形で出現した少年──ノヴァ・ヴァナルガンドは、早速皮肉を口にしてきた少女に対して冷静に言葉を返す。

「お前は相変わらず無駄に華々しいな、八神(やがみ)黄泉(よみ)。あの連中は最後まで見捨てておくつもりだったんだがな……つい目障りになって出て来てしまっただろう」

「その口振り……どうやら貴方は、彼らと繋がりがあるようですね」

 周囲の環境を狂わせながら平然と言葉を交わす二人の姿に、言葉が出て来ないフォルテ達。

 そんな彼女達の様子に苛立ったのか、少年は状況が呑み込めずに動けないでいる後方のアルティスへ冷淡に声を掛ける。

「おい、そこのお前。いつまでそこで突っ立っているつもりだ。この女は俺が足止めしておく、さっさと行け」

「君、は……?」

「『トゥーレ』だ。お前達にはそれで分かるだろう」

 言い捨てるようにそう告げると、少年の姿は勢いを増した吹雪の中へと消えていった。

 彼の言葉からその素性を理解したアルティスは、振り返ることなく黒竜の背中へ飛び乗り、巨大な翼を広げさせ空へと飛翔した。

 そして六人の気配が急速に遠ざかっていく様を確認したノヴァ・ヴァナルガンドは、対峙する少女へ問いを投げる。

「……随分と素直に見逃すんだな。聖女の犬としての仕事は良いのか? お前はアレを追っていたんだろう」

「目の前にいる貴方に隙を晒すような愚行は犯しませんよ。ただの魔導師ならばまだしも、貴方は私と同じ『魔神』の一柱(ひとり)なのですから。貴方が彼らと繋がりがあることをを聞けただけでも充分な収穫です」

 口ではそう言いながらも六人の熱源を追跡しようとした少女だったが、周囲に広がる氷雪の世界によって阻害されているために、どうやら追い掛けることは不可能だった。

 よりにもよって、“火”と同じく熱の概念を操る“氷”の魔導師のノヴァ・ヴァナルガンドが彼らに付いていたのは運が悪い。

 少女──八神黄泉は、不本意にも数百年も続く彼との浅からぬ因縁に溜め息を漏らした。

「……ふん、意外と俺を買っていたんだな。お前」

「買ってなどいません。私としては貴方の存在には迷惑……そう、目障りなんですよ。いい加減、こんな因縁は灼き切ってしまいたいくらいに」

「そうか。同意見だな、俺もお前の存在は目障りなんだ。対極の神性としてどちらが上なのか、ここで白黒つけておきたいところだが……今回は俺としばらく遊んでもらおう。一応、こちらも仕事なんでな」

 不敵に言い放つ少年の背後に、巨大な影が出現する。

 炎光に照らされて暴かれたその影の正体は、銀色の毛並みを持った狼だ。

 しかし体長は十メートルに及ぶほどの巨躯であり、見るからに魔獣の類であろうことは想像に難くないが、それはノヴァが有する生きた魔術儀装──いや、己が神性を“武装”として具現させた神装権能(デウス・アルマ)である。

 フローズヴィトニル、あるいはフェンリル。とある神話に登場する魔獣に準えて、主にそう名付けられた銀狼は、鋭い眼光を炎に向けて牙を剥いた。

Ars Magna.(神威顕現)──『現世万照・(うつしよすべてにてる)黄泉葬送』(よもつのべおくり)

 対する黄泉は右手を虚空に差し出すと、炎を集めて己が神装権能(デウス・アルマ)を形成する。

 紅蓮の火焔から現れたのは、一振りの太刀だ。

 神話や聖書で炎が剣として扱われるように、自身の炎の象徴として日本刀を手にし、構えることなくノヴァを睨み付ける黄泉。

 炎熱の奇蹟と氷雪の奇蹟。共に熱に干渉しながらも対極に位置付けられる魔導を振るう両者は、初手から全力で激突した。



 黒き飛竜が風を切って夜空を翔ける。

 その背に掴まる六人は結界によって叩きつけられる風から身を守りながら、遥か後方で始まった超越者達の戦いの余波を感じ取っていた。

 空まで立ち上る劫火が天を焦がし、まさに戦火の激しさを遠くまで見せつけているかのようだ。

「どんどん離れているのに、まだ魔力が伝わってくる……なんなの、あの化け物達……」

 フォルテのこぼした言葉に、一同は閉口する。

 炎の少女の力は圧倒的だった。彼女はただ魔力を放つだけで自分達を完全に抑止し、追い詰めていたのだ。

 もはや戦いにすらならないレベルの実力差だったことは疑うまでもない。

「……あの少女は総魔導連合(イデイン)の“長”、つまり聖王猊下の始祖である聖母の手の者だ。この世界を統治する総魔導連合(イデイン)の中でも最高戦力として数えられる存在の一人なのだ、我々のような流れの魔術使いが勝てる道理がない」

 先頭で竜を操るアルティスが、苦い表情で告げる。

 正直、自分達は運が良かった。もしあの少女が最初から問答無用で自分達を襲っていれば、一瞬で全滅していたことだろう。

 彼女の性格に救われた上に、彼女であったからこそ、あの少年は気まぐれに力を貸してくれた口振りだった。

 ……本当に偶然なのだろうか。あまりに自分達に都合良く事態が推移しただけに、そんな見えざる神の手の存在すら疑ってしまいそうだ。

「……アルティス。さっきの彼……『トゥーレ』っていうのは、あの女の仲間……よね?」

「ああ。あの女の他には、ゲインという男とローザリンデという女にしか俺は会ったことがないが。おそらくはゲインという男の差し金だろう」

 あの女が自分達を手助けするとは思えない。魂を集めるように自ら指示しておきながら、自分達が必死になって人々から魂を“蒐集”する姿を眺めて嘲笑っているように感じられるからだ。

 そんな女の手下達が、どうして力を貸してくれるようになったのか。それは“城”に帰還してからゲインに訊ねるとして──

「我々が懸念すべき問題は、連合の“長”が我々に目を付けているという点だ。今後もあのレベルの魔導師に出て来られては、我々ではどうしようもないからな……」

 聖女が自分達を標的に定め、直属の部下を動かしているのは想定外だった。

 自分達はもう、彼女の目に留まるほどの悪行を重ねてきてしまったのだろう。

 自覚はあるため事実として受け入れるしかないが、しかしわざわざ自分達へ最高戦力を差し向けるほど、聖女は自分達の所業を重く見ているのだろうか。

「……ここまで進めてきてしまったんだもの。やめられるわけがないし、倒れるわけにもいかない。マリアのためにも、私達は……」

 もはや何人もの犠牲者を生み出している以上、引き返すことは出来ない。

 後悔はある、罪悪感もある、恐怖だってある。だけど投げ出すことは絶対に出来ない。

 ここにいるみんなにとっての家族であり、恩人である少女を唯一救える道に進んだのだ。

 どれほど自身を貶めようと、彼女を救い出さなければ。

 フォルテのみならず、この場にいる誰もがその覚悟を抱いていた。

 ──たとえどんな人間が相手になろうとも、私達は戦ってみせる。

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