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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
第二章
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Act.64『魔神相剋Ⅱ』

 市街地を脱したフォルテ達六人は、アルティスが竜を召喚するために周囲の警戒を行っていた。

 アルティスを中心にして五人は円形に並び、追手の姿を注意深く探る。

 そんな緊張感の下、言葉を交わせるうちにとフォルテは救援の手を差し伸べてくれた仲間へ感謝を述べた。

「シエナ、さっきは助かったわ」

「助けになったかどうかは怪しいけどねえ。手応えがまったく感じられなかった上に、敵はもう糸を切ってる。……追いつかれるのは時間の問題だよ」

 そのシエナの発言に応じるように、彼女の視線の先で地面が突如として燃え上がった。

 そして火柱が立ち上ると共に強大な魔力の気配が炎の中に現れ、炎熱を割って着物姿の少女がゆっくりと歩み出る。

「六人。それで全員ですね? 他に隠れている気配はありませんし、そう認識しておきましょう」

 少女が現れたことで、大地が瞬く間に燃え上がっていく。

 地肌以外に何も存在しない不毛の荒野でありながら、彼女の周囲は炎の海へと変わり果ててしまった。

 彼女が魔導師であることは、既に他の四人にも周知されている。

 たった一人の少女が対峙するだけで、彼我の戦力差は絶望的だと誰もが直感した。

 ……とは言え、戦うしかないのだ。

 ──こんな所で倒れてしまっては、誰が彼女を救うと言うのか。

 最初にそう覚悟を決めたフォルテに続き、全員が少女へと敵意の目を向けた。

「良い気焔です。清々しささえ感じられるほどに。……どうしてそのような意志を持つあなた方が、罪を犯し続けるのか。私が問わせていただきましょう」

 少女が戦意を抱くと共に、彼女の周囲で燃え広がる炎が勢いを増して猛り出す。それはさながら意思を持った獣のようだ。

 そんな火勢に臆せず、最初に動いたのはフォルテ達──魔眼を持つ少女、クレフだった。

 着物姿の少女へ焦点を定め、強く睨み付けるように瞳に宿る神秘を行使する。

 だが視線の先にいる少女の身には何も起こることはなく、逆に攻撃を仕掛けた筈のクレフの方が何故か引き裂かれるような頭痛に襲われた。

「が、ぐ……ぁッ!?」

「クレフ!?」

「だ、大丈……夫……っ」

 頭を押さえて膝まで崩れ落ちる仲間を見て、フォルテは少女を睨み据えた。

 対する炎の少女は、周囲の猛火とは対照的なほど冷静な顔でフォルテからの怒気を受け止めてから、クレフへと物憂げに視線を投げる。

「魔眼持ち……それも発火系の能力者ですか。私と同じ系統の魔眼であることが幸いしましたね。他の魔眼であれば、私を直視した途端に視神経が焼き切れてしまっていたでしょう」

 恐ろしい事実を口にした少女に慄きながらも、フォルテは懐に隠し持つ短剣を三本取り出し、炎の中心に投げ放った。

 短剣の柄に刻まれた刻印によって刃は光を帯びて切れ味を強化され、さらに急激に加速して弾丸のごとく炎の少女の顔に向かう。

 速度を得た短剣達は一瞬にして少女の元へ飛来した。

 しかし躱す素振りも見せない少女が紅蓮の双眸を三本の凶刃に向けただけで、短剣はすべて消し飛ぶように燃え尽きてしまう。

「なっ!?」

「なによ、あいつ……!」

 フォルテやクレフだけではない。見えない糸を操るシエナも、拳を握り締めるアルトも彼女には何一つ手が出せなかった。

 激しく燃え盛る炎にすべてが阻まれ、見る見るうちに燃え広がって熱が押し寄せるために、じりじりと後退を余儀なくされるほどだ。

 攻防一体の性質を持つのは炎の特徴と言えるが、少女の従えるソレはそもそも普通の炎とは一線を画しているように思えた。

 まるで炎そのものが何かの神秘を帯びているような、そんな異質ささえ感じ取れる。

「ならば、燃えないものであれば……」

 手出しが出来ない面々に代わり、アルティスの護衛に付いていた少女アヴァンシアが前に進み出る。

 すると彼女の肌を覆い尽くす衣服のあらゆる隙間から、銀色の液体が一斉に溢れ出した。

 そしてすべてが流れ落ちてアヴァンシアの足許で集合していくと、半球状の塊となって大きく膨れ上がる。

 それはこの魔界においても稀少とされる鉱物──鉱石としては決して傷付かないほどの硬度を誇り、加工するためには特殊な技術を要するという最強の鉱物オリハルコン──を液化させた魔術儀装だ。

 普段は少女が身に纏う衣服の裏で鎧として機能しているソレは、自在に形を変えることで盾から矛へと転変する。

Release!(放て!)

 銀の塊が瞬時に壁状に広がり、表面から無数の弾雨を炎の少女に向けて斉射した。

 一つ一つは銃弾程度の大きさしか持たないが、オリハルコン製となればあらゆる熱にも耐える最強の弾丸となる。たとえマグマの中に撃ち込もうと、溶解することなく岩盤を貫くだろう。

 故に今度こそ少女に届く。そんな確信がアヴァンシア達にはあった。

 だが召喚を急ぐアルティスだけは、甘い希望を抱くことは出来なかった。

 若い彼女達は知らないのだ。

 魔導師という存在が、この世にある物理法則を自らの“法”で塗り変えるという、尋常の埒外に在る者なのだと。

 彼女はその中でも、さらに指折りの人物だった。

「──見据える世界、触れる世界、思う世界。世界は炎に灼かれ、灰燼となって崩れ落ちる」

 静かな声が、炎の海に響き渡る。

 炎の少女は自身に迫る凶弾の雨など、既に意識から外していた。

 異邦の言葉による詠唱で、自分の心の奥底へと思考を埋没させていく。

 紅蓮に燃え上がる火炎は大輪の華のごとく少女の周りを包み込み、足許の大地を熔解させ、彼女へ近寄るすべてを炎で塗り潰す。

 銀色の弾丸は炎に触れた瞬間には飴細工のように溶かされ、地に融けてしまった。

「そん、な……」

 魔界最強の鉱物が何だと言うのか。この世に存在する以上、万物とは少女にとって等しく燃え散るものでしかない。

 単なる炎ならばまだしも、彼女が振るうのは炎のカタチをした“理”だ。

 魔術師達が従うしかない現世の法則など、魔導師には通用しない。

「よし……みんな、早くこいつの背中に乗れ!!」

 アルティスはそう叫びながら、自身の背後に召喚された巨大な黒竜へと仲間達を集める。

 ただの翼竜では無理だ。そのため、さらに強靭な肉体を持つ上位種の飛竜を呼び寄せたのだ。

 召喚には時間を要することになってしまったが、この飛竜ならばまだ逃げ切れる可能性があった。

「──強き焔は災いになれど、弱き炎は導きの燈火(ともしび)となる。故に願う、世界を照らす至高の火焔(ほのお)をここに」

 詠唱が粛々と進む。もはや少女の姿が見えなくなるほどに炎が激しく燃え立ち、凄まじい熱気によって離れていても汗が止めどなく流れ落ちる。

 ──あれは間違いなく、魔導の予兆だ。

 あれほどの長さならば本来は無防備になる筈の詠唱の最中でも、半ば形成された神秘が早くも流れ出していて、妨害することすら許されない。

「アルティス、あなたも早く!」

 五人が黒竜の背中に乗り終えたところで、フォルテが未だ地上に佇むアルティスへ大きく呼び掛ける。だが彼はその場を動こうとはしない。

 少しでも逃亡の確率を上げるためにも、ここで炎の少女を足止めする者が必要なのだ。

「アルティスッ!」

「お前達は先に行け! ここから逃れられなければ、彼女を救えんだろうッ!」

「ダメよ、あなたもいないとマリアは……!」

 フォルテの声を無視して黒竜へ離脱を指示するアルティスだったが、その間にも奇蹟は形を成していた。

 目が眩むほどの炎光が膨れ上がり、地上に現れた小さな太陽(ほのお)がゆっくりと花開く。

 その中心に、少女は変わらず優雅に佇立していた。

「──心を熱く、想いを燃やし、この身を焔へ。私は天地一切から苦難害毒を灼き浄める者となる」

 長い黒髪は炎に染まったように煌々と赤熱し、紅蓮の瞳は炯々と燃え、火焔は奇蹟の具現によって劫火となって遍照する。

 それは自然法則を灼き払う、奇蹟の“火”。

 神代の神々すら及ばぬ領域に在る、原初の“理”。

Ars Magna.(神威顕現)──」

 炎の魔導師がこの世に顕す“法”は、


Ars Magna.(神威顕現)──“Fimbulvetr(『太陽を喰らう) Fenr(冬の狼』)iswolf”」


 突如として少女の頭上から訪れた“冬”と、真っ向からぶつかり合った。

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