Act.63『魔神相剋Ⅰ』
ステラルム連邦の南端部。そこは北部に位置し、連邦の代表国として栄える学術都市国家ミーティアとは正反対の場所に存在する辺境の土地。建物が建ち並ぶ市街地ではあるものの、町としての機能を持たない荒廃の街。
大都からは遠く離れ、海に面していて出入りが容易いからか治安は安定せず、悪評の立っている者達ばかりが巣食う土地として巷では有名だった。
それは多民族社会であるステラルム連邦の抱えざるを得ない欠点であり、社会問題の一つとして長年議論が重ねられている。
夜。そんな街に、とあるグループの姿があった。
“魂の蒐集家達”──総魔導連合の一部でそう呼称されている者達が、この土地に立ち寄って“蒐集”を行っていた。
「さすがに……小物しかいないのね」
魂の大部分を奪われて、三人もの男達が一斉に地面へと崩れ落ちる。
そんな彼らを冷たく見下ろし、魂を記録した魔道書を懐に収めながら、少女は溜め息交じりに呟いた。
「魔力は魂の質量に比例する……そんな学説がいつの時代からかあった気がするけど、こうも得られる魂が小物ばかりだと、その学説を信じてみたくなるわね」
仲間達からフォルテと呼ばれている少女は、この土地でのこれ以上の“蒐集”は無駄だと判断した。
悪名高い土地であるだけに、救いようのない悪人ばかりがいるだろうと目星をつけて“蒐集”に訪れたが、期待外れだったからだ。
確かに悪人の数は多い。よそ者が道を歩いていれば、適当な難癖を付けて頻繁に襲ってくるほどに、ここはいろいろと荒廃している。
既に何人の魂を切り取ったかは数えていないが、この街にいるのは押し並べて大した才能もない小物ばかりだと言えた。大物と呼ばれるような大悪人は、こんな最果ての地には興味がないのだろう。
「行こう、フォルテ。ここで時間を無駄にしていては、またあの女になにか言われてしまう。……ただでさえお前は、あの女に目を付けられているのだからな」
周囲の警戒を行っていた男が、この土地で別行動を取っている他の仲間を念話で呼び集めてから、フォルテへ気遣いの声を掛ける。
彼らは今、ある場所へ向けて移動の最中だった。
好都合な狩り場を見つけて道中のこの街へ立ち寄ったは良いものの、結果は芳しくない。ここで時間をいたずらに浪費していては、あの女の理不尽な暴力がフォルテへ向けられることは想像に難くなかった。
「……そうね、アルティス。でも大丈夫、あの女からの罵詈雑言なんてもう慣れたわ。正直、顔を合わせるのも心底嫌だけど、集まった魂を一つでも多く、あの子に注いであげないと──」
「──あなた達の所業、しっかりとこの眼で見させていただきました。そうして他者から魂を集めていたのですね」
フォルテとアルティスは、突如として耳に届いた声に言葉を失い、咄嗟に臨戦態勢を取る。誰にも目撃されないよう、アルティスが第六感も用いて周囲を警戒していたのにも関わらず、その声は“蒐集”の様子を見ていたと明言したのだ。
一瞬にして緊張が走った二人は、目撃者である声の主を探す。すると声は、彼らから少し離れた場所──路上の真ん中から聞こえてきた。
「二人だけ、という筈がありませんよね。あなた達はグループで行動していると情報にはありましたし……」
それは女の声だった。
何もない路上から響くその声の主の姿は、次第に二人の視界に現れた。
蜃気楼──地平線の彼方に浮かび上がる虚像のことをそう言い表すのだとすれば、何もいなかった近くの路上に陽炎のごとく人影が現れたことを何と表現するのか。
現れたのは、見たことのない衣装に身を飾った黒髪の若い少女だった。
夜を象ったような黒い生地に色鮮やかな花火の刺繍を施したその衣服は、紛れもなく異界のとある国の伝統的な衣装の和服である。
その衣装が目に馴染みのある者ならば、着物姿の少女を美しいと例えるのだろう。しかし馴染みのないフォルテやアルティスからすれば、その出で立ちは状況と相俟って一層不気味に映って見えた。
「……誰だ、お前は」
フォルテを庇うように前へ歩み出て、男は少女へ問う。
容姿はフォルテと同じような年齢の少女だが、身に纏う雰囲気は常軌を逸している。彼女の優雅な態度とは裏腹に、その身体が放つ魔力は熱のように周囲のマナを震撼させている。
一体どうやってその気配を隠していたのか、疑わしく思えてしまうほどの強大な存在感だった。
「名乗ることに意味があるとは思えませんが、敢えて述べるとすれば──私は総魔導連合“長”直属、『真実の徒』の者です。そう言えば、充分にお解りでしょうか?」
「総魔導連合の“長”の直属!? 貴様、魔導師か……!」
フォルテとアルティスは、明かされた少女の正体に戦慄した。
魔導師。この世界に無数に存在する魔法の中で、魔術の上の位階──天災と恐れられる領域の奇蹟に辿り着いた者。すべての魔法使いの中でたった一握りしか存在しない稀少な人種でありながら、魔術師では絶対に敵わないとされる秘法の支配者達。
彼女はそんな魔導師の中でも、この世界の王に特別視されている人物の一人でもあった。
「手荒な真似をしたくはありません。大人しく私の指示に従えば、身の安全は保障します。どうか賢明なご判断を」
ゆっくりと歩き出した少女の足音に、フォルテは息を呑む。
見た目は華奢な少女でしかないのに、まるで目の前で大山が動いているかのような圧倒的な気配に、早くも心が折られそうになってしまう。
一方でアルティスは、足が竦むような戦慄のほかに強い焦燥の念を抱いていた。
(連合の“長”が我々を追っている? 拙いぞ、それは拙い。よりによってあの御方が──)
焦燥でアルティスの判断が鈍る中、歩み寄ってくる少女の姿をじっと見据えていると、月明かりに一瞬だけ照らし出された何かが宙を舞い、少女の動きを止めた。
……いや、足を止めたのは少女自身の意思であるのだが。
「糸?」
少女は自分の全身に突然絡みついてきたものを、目でしっかりと確認する。
それは釣り糸よりも細く、光をよく当てなければ視認も出来ないような見えない糸だった。
理由はともあれ足を止めた少女を見て、フォルテは懐から短剣を取り出した。
そしてその刃から強烈な閃光を放ち、少女の視界を塗り潰す。
「……そうですか。抵抗するのですね」
瞼を閉じて眩惑を回避した少女は、そのまま自身を縛る糸に己の魔力を通した。
すると見えない糸は瞬時に燃え上がり、全く意味のなかった拘束力さえも失っていく。
少女は目を開いて周囲を確認するが、二人の姿は既に消えていた。しかし彼女の第六感は、二つの熱源が移動していく様を正確に感知する。
「一、二、三、四……散っていた仲間と合流しましたか」
追っていた熱源の傍に次々と増えた熱源から、標的の人数と位置を把握する少女。
ここからどれほど移動しようと、少女の第六感の捕捉からは逃れられない。何故なら彼女が識別した熱源を追えるのは、素の状態ではおよそ半径五百キロメートル。魔導発現時にはその範囲はさらに拡大し、極め付けにまだその上の段階もある。
逃走する彼らは、未だ少女の手のひらの上にいるも同然だ。
「逃しませんよ」
少女の身体が炎上し、瞬く間に炎に包まれる。
そして炎はすぐに消えて火の粉を鮮やかに散らすと、そこには既に少女の姿がなくなっていた。




