Act.62『生意気な爆弾魔ⅩⅩⅠ』
「──以上が、今回の任務の報告になります」
アレーテイア共和国の中枢、本部『イデアル』の中層部にある特務執行科“管理者”の執務室で、セン・アルトライト・ウォーノルンは淡々と任務の結果報告を終えた。
それは彼が派遣先より本部へ帰還した日の夕暮れ時のことである。
アルトライトから提出された報告書に目を通しながら、“管理者”であるユウヒ・ウォーノルンは溜め息交じりに感想を述べた。
「報告なんて、別に明日でも良かったのに。そういう所も真面目よね、あんた達父子は」
「……思いのほか早く片付いたし、むこうでゆっくりと報告書が書けたから気遣いなんて要らない。せいぜい帰還の疲れくらいしか残ってないから」
報告を終えたので口調を崩したアルトライトは、仏頂面でそう答える。
父と似ていることを指摘された照れ隠しなのは解っていたが、それをつつくと息子の機嫌を損ねるのは目に見えているので、ユウヒは黙っておくことにした。
「紆余曲折あったみたいだけど、なんとか無事に終えられたみたいで安心したわ。あんたが連れて来た二人についても、特に問題なし。まあ明日にでも顔を合わせてみるけど、アルトの推薦だし通しておくわね。二人まとめて、どこかのチームに突っ込んでおけばいいでしょ?」
「戦えると言っても二人はまだ素人なんだ。チーム編成についてはちゃんと考えてくれ」
「自分の仕事で手なんか抜かないわよ。こう見えても、この席は一度も譲ったことがないんだから。お母さんを信用しなさいな」
特務執行科が創設されて以来、“管理者”として現在まで君臨し、執行者達を統括し続ける稀代の大魔導師。
総魔導連合の生ける伝説の一人に数えられているという、経歴からすれば父よりも圧倒的に凄い存在である母なのだが、息子としては子供に対する普段の軽い態度から素直に信用することは難しかった。
「で、どうだったの? 初めてリーダーを務めたチームでの、初めての任務は。これからもあの子達と上手くやって行けそう?」
それは“管理者”としての事務的な言葉でもあり、母としての心配の言葉でもあり。
ユウヒにそう訊ねられたアルトライトは、考えが上手くまとまらないのか、すぐには答えられなかった。
しかし言い淀む彼の顔に、不安の色はない。むしろ仲間達との今後の活動に何か期待しているような、そんな明るい表情が浮かんでいた。
「まだまだ分からないことは多いし、自信も持てないけどさ。……でも、あのチームでの次の任務が、少し楽しみかな」
息子の答えに満足したのか、ユウヒは何も言わず微笑んだ。
そんな母の顔を見てばつが悪くなったのだろう。アルトライトはさっさと踵を返して、執務室を後にしようとする。
「ちょっと待ちなさいよ、アルト。せっかくだし、これから一緒に夕食でもどう? 久々に手料理でも作ってあげるわよ」
「……悪いけど先約があるんだ。その機会は父さんや姉さんが帰って来た時にでも取っておいてくれ」
「先約? ……ああ、なるほど」
言葉の意味を理解したのかニヤニヤと笑う母親から視線を切り、アルトライトは足早に部屋を後にする。
そんな子供の背中を見送ったユウヒは、また一つ成長した息子の姿に、しばらく笑みを消すことが出来そうになかった。
アリエルの帰還を聞き付け、イリスとヘカテーは彼女の住むアパートメントへと早速足を運んでいた。
そして快く迎えてくれた少女に部屋の中へ招き入れられると、二人はテーブルの上に所狭しと並ぶ黒い部品の数々に目を丸くする。
「アリエル様。それはもしかして……?」
「はい、師匠の銃です。今、パーツごとに分けて不具合がないかチェックしてまして。今回はお世話になりましたから」
そう言いながら手袋を着けたアリエルは、中断していた作業を再開していく。パーツごとに手に取って様々な角度から眺めて点検する様は、さながら職人のようである。
そんな少女は作業の手を止めることなく、次々に手に持っているパーツを取り換えつつ彼女達の用件を訊ねた。
「ところでおふたりとも、どうしたんですか? レイアさんからなにか伝言でも……?」
「いえ、そういうわけでは。貴女が無事に帰って来たという報せを受けたので、我々は私的にお顔を窺いに来ただけですよ」
「あとはまあ、レイアへの土産話に初任務の感想でも聞かせてもらえれば……と」
「えっと……感想、ですか」
言葉を考えながらも、アリエルは何故か作業の手を止めようとしない。どうやらメンテナンスを早く済ませたいようだが、この後に何か用事でもあるのだろうか。
「……執行者になって、初めての任務を経験させてもらいましたけど。なんと言いますか、自分はチームの役に立てたのかなっていう疑問が残ってますかね……」
任務を成功に導いてくれたのは、ほとんどリーダーであるアルトライトのおかげだ。彼がいなければ、今回の任務は決して満足の行く結果には終われなかっただろう。
そんな彼の活躍の印象が強いだけに、アリエルはあまり自信を付けることが出来ずにいた。
「では、アリエル様としては不満が残る結果だったと?」
「ええ、まあ……師匠に言われたように、リーダーを驚かせることは出来ませんでしたし……」
「……戦闘もあった任務で、新人がケガをすることもなく帰って来ただけでも褒められるべきだと思いますが」
「ヘカテー様の仰る通りですよ。初めての任務を無事に終えられただけでも及第点です。たとえ不満を覚える結果だったとしても、今回の任務は充分に成功だったと言えるでしょう。その気持ちを糧に、次は満足の行く結果を残せるように努めれば良いのですから」
「精進あるのみです、アリエル」
「は、はい……頑張りますっ……」
二人からの励ましの言葉に気持ちが軽くなったアリエルは、柔らかく微笑んだ。
一方、その間にも着々と進めていた銃のメンテナンスが終わったのか、細かく分解されたパーツのすべてをテーブル上に並べ直す。
「──Eidos.」
アリエルの短い詠唱に応え、各パーツは紫色の魔力を帯びると、ひとりでに寄り集まって組み合わさっていく。そして数秒後、バラバラだった魔銃は元の銃器の姿を取り戻していた。
「これでよし。……ふぅ、間に合ったぁ」
「これから何か用事でも?」
「はい。これから初任務の打ち上げをチームのみんなでやることになっていまして、外に出なければいけないんです。なので、せっかくおふたりが来てくれたんですけど……」
「いいえ。そういう事であれば、私達に遠慮することなく行ってください。我々は退散しましょう、ヘカテー様」
「……そうですね」
虹色の光を身に纏い、颯爽と部屋の中から消え去るイリスとヘカテー。
アリエルはそんな彼女達に一礼して見送ると、急いで準備を済ませて自室から飛び出していく。
集合場所はチームの全員が最初に顔を合わせてから訪れた大衆食堂の前だ。今度こそ彼らを待たせないようにと、アリエルは約束の三十分前に集合場所へと慌てて向かう。
そんな少女の姿を、アパートメントの屋上に転移していたイリスとヘカテーが穏やかな顔で見守っていた。
「どうやら、彼女は信頼出来る仲間を無事に得られたようですね」
「……レイアの予見通り、ですか」
アリエルの初任務において最も重要だったのは、任務の成否ではない。任務を通じて、同じ立場の仲間を得ることこそが彼女には重要だった。
それは天涯孤独だった少女にとって、きっと大きな存在になる筈だ。いずれ来たる時に、必ずや彼女の覚醒を促す一因となってくれるだろう。
「レイアは次に、彼女にどんな運命を与えるつもりでしょうか」
「さあ、どうでしょうね。……今はまだ、彼女を見守りましょう」
聖霊と女神は厳かに言葉を交わして、再び虹色の光と共に姿を消す。
今回の任務は、聖女が垣間見た未来へ到るための過程に過ぎない。人知れず渦巻く大いなる運命に抗うために用意された彼女への試練だ。少女にはこれからも、次々と試練が与えられることだろう。
あらゆる手段を用いてでも、彼女を導いていかねばならない。
今はまだ小さなあの光明が、やがて世界を照らす希望の光となって輝くために──




