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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
第一章
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Act.57『生意気な爆弾魔ⅩⅥ』

「三対一よ。まだやる気?」

「ハ。たった三人じゃねえかよ。そんなの大した数じゃねえ……!」

 メシエの問いに相変わらずの調子で答える阿貴だったが、体力が大きく消耗していることは声を聞けば分かった。

 もはやこの勝負は時間の問題だ。

 倒れ伏す涼がそう結論を出した時、おもむろに礼拝堂の中から声が届いた。


「もういい。やめておきなさい、ふたりとも」


 それは年老いた男性の声だった。

 突然介入した第三者の声に『白の光明(オウル)』の四人が驚く中、その人物は礼拝堂入口の傍から阿貴の隣へと静かに現れた。

 阿貴よりも背丈の低い小柄な体格。頭髪だけでなく口元の髭も白い老齢の男性。

 そんな老人の登場に誰よりも驚いたのは、隣にいる阿貴だ。

「おいおい、なに出てきてんだよ爺さん!? まだ勝負は始まったばかりだぜ、危ねえから奥に引っ込んどけよっ!」

「いいや、もう充分だろう。これ以上君達が傷付く必要はないさ……」

 老人が水を差したことにより勝負は継続出来ないと判断し、中空にいたアルトライトは軽やかに地上へと舞い降りる。

 そして老人の前に降り立った彼は、努めて落ち着いた声で訊ねた。

「お騒がせして申し訳ありません。我々は総魔導連合(イデイン)の特務執行科所属、『白の光明(オウル)』という者です。不躾(ぶしつけ)で失礼なのですが、あなたは一体何者なのでしょうか」

「……私の名はボリス。ラチェットが町長に就任する前に、この町で町長をしていた者です」

「先代の町長……ですか?」

 彼の問いに、老人はゆっくりと頷いた。

「この町へ遠路はるばるようこそお越しくださいました、連合の方々。あなた方と子供達の話はすべて、この傍の物陰で聞いておりました。……危うく天国に呼ばれるところでしたが、まあそれは横に置いておきまして」

「……」

 老人の冗談を聞いて、青い顔をするアリエル。

 思わず失笑しそうになったアルトライトは平静を装い、ボリス老人へ率直に訊ねてみることにした。

「ボリスさん。あなたが話を聞いていたということは、我々の目的もご存知ということで単刀直入にお訊きします。どうか我々に、あなた達の話を聞かせていただけませんか?」

「……よろしいでしょう。あなた方は阿貴くんと涼くんに勝った。彼らが負けてしまった以上、約束は守らないといけませんからな」

「まだ負けてねえよ!?」

「強がりはよしなさい」

 負けを認めない阿貴を慣れた様子でたしなめる老人を後目に、アルトライトは他の三人へ視線を投げかけて集合するように促す。

 そんなリーダーの指示に従ってアリエルとメシエはそれぞれの儀装を下ろし、翼は踏みつけていた少年の影からそっと足を退けた。

「これで動ける筈だ。……立てるか?」

「……ああ」

 翼が足を退けた途端に不思議と脱力感は消え、涼は身体の調子を確かめながら起き上がった。

(……この男がなにか魔術を行った気配はなかった。天敵とはなんのことだ……?)

 リーダーの元へ向かっていく青年の背中を見据え、涼は彼の謎について考えを巡らせるが答えは何も出なかった。

 答えを出そうにも、あまりに知識や判断材料が不足している。今の自分では、考えるだけ無駄だろう。

総魔導連合(イデイン)……執行者、か)



 先代の町長を名乗る人物の登場によって、『白の光明(オウル)』はようやく話の核心──阿貴や涼がラチェット町長と敵対している理由や、町長が自分達に隠している事の真相に触れることとなった。

 ボリス老人の案内を受けて、この町の現状を引き起こした発端だという問題の場所へと四人は向かう。

 それは礼拝堂の奥、孤児院の居住施設に隠された地下にあった。

「元々この施設はラチェットの多額の支援によって創られた孤児院です。表向きには、身寄りのない子供達を保護するために創られたものと言っています。ですが……ここは決して、そのような目的のために創られた施設ではありませんでした」

 歩きながら沈痛な声でそう語るボリス老人の言葉の意味がまだ分からなかった四人だが、地下への階段を降り切った先、大きな広間まで足を運んだところで彼らはそれを悟ることとなった。

 広間に並ぶ、大きな作業台の数々。何かの作業場と思しき場所だったが、そこは爆発の爪痕が深々と残っており、誰かがこの一室を念入りに破壊したことは言うまでもなかった。

「……ここは?」

 アルトライトの短い問いに、破壊の実行犯である阿貴は怒りを押し殺したような声で答えた。

「見ての通り作業場だよ。孤児院の子供達を一日中働かせるためのな」

「え……?」

 思わずアリエルは驚きのあまり声を漏らす。

 その驚愕は他のメンバーも同じようで、それぞれ声も出なかったようだ。

「いくつか残ってる作業台を見りゃ分かるが、ここは最初から子供を働かせるために創られてんだよ」

 原型を少し留めている作業台を見てみれば、確かに大人が使うには不便なほど台の高さが低いように思える。

 それを見るに、どうやら阿貴が言っていることは真実のようだ。その話の先を想像するだけでも嫌悪感が込み上げてくるが、訊ねてしまった以上はすべて聞かなくてはならない。

「ラチェットは他の土地との交易により一代で財を築いたほど商才に優れた男ですが、とても利己的な人物でした。自分以外のすべてのものは金銭を生み出すための道具としか思っていないのです。そのため人々からの信用はなく、金銭を通じることでしか人間関係を築けない。あの男の会社は今も大きな利益を生み続けていますが、過酷な労働環境によって仕事を投げ出す者も多く、常に労働力が足りていないと聞きます」

 ラチェットが自社で雇用している者の大多数は、元は金銭に困っていた浮浪者なのだという。明日の食事にすら不安を覚えているような者を各地から集め、四六時中働かされているとのことである。だがそんな者達の中でも逃げ出す者は存在し、労働力が安定的に確保出来ていないそうだ。

 そんな状況を改善すべく創られたのが──

「そこであの男は、身寄りのない子供達を労働力として扱うことを思い付いた。社会に放り出せば一人ではなにも出来ないような幼い孤児達ならば、どんな環境でも逃げ出すことは考えられない……そう考えたのだそうです。そのためにここが創られました」

「今のご時世、俺達のような子供は探せばいくらでもいる。よその土地からそういう奴を何人も連れて来てまで、あいつはここで朝から夜まで休ませることなく働かせていた。まるで奴隷みたくな。俺がここへ来た時には、そりゃあもう胸くそ悪い空気が流れる場所だったぜ」

 この町の……いや、ラチェットが隠していた闇は、アルトライトが考えていた以上に悪辣なものだった。

 魔界が開闢して以来、旧世界に存在したという奴隷に関する価値観、文化、制度などはすべて総魔導連合(イデイン)初代“長”によって排除された。現代に通ずる人権の尊重を謳い、魔界に生きる人々の心から奴隷を生み出し得る常識が払拭されるまで徹底的に力を振るい続けたという。

 その思想は二代目“長”にも受け継がれ、総魔導連合(イデイン)が布く現行法の中に、彼の考えが今なお反映されているほどだ。

 故に特務執行科においては、そういった奴隷、あるいは奴隷に準じた不当な扱いを他者に強いる者には厳罰を与えるよう義務付けられている。

 たとえ依頼者であろうと、例外ではない──

「……そんな状況から、どうやって今の状況へと覆したんだ?」

「全部こいつの企みさ」

 アルトライトの疑問に、阿貴は戦闘の疲れで黙り込んでいる黒衣の少年へ視線を投げる。

 お前が話せよ、と彼に目で促された涼は大きく溜め息をこぼしてから、この孤児院における過去──孤児院が創設されてから阿貴が現れるまでの経緯を静かに語り始めた。

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