Act.55『生意気な爆弾魔ⅩⅣ』
十メートルばかりの距離を隔てて、対峙する三人と二人。そんな彼らの邪魔にならないように、仲間達の荷物を抱えたアルトライトは風と共に虚空へと飛んで高度を上げていく。
彼の関心が向いているのはやはり三人の実力だ。港での一件を詳細には見ていない彼にとって、これは新人達の魔術師としての力量を初めて目にする機会である。
御神翼はいつも連れている小鳥を相も変わらず肩に乗せて。
メシエ・バーミリオンは儀装と思しき拳大の四つの鉄球を周囲に浮かべて。
アリエル・アイン・ウィスタリアは純黒の銃を握り締めて。
緊迫する空気の中、三人は二人の少年達の姿をじっと見据え──
「ってなわけで、早速ふっ飛んじまえッ!!」
最初に動いたのは、やはり爆弾魔の少年だ。
しかし今回は何も触れることなく、彼が起爆の指示を送ったのはアリエル達の足許の地面だった。
それは非常時に備えて孤児院の各所にあらかじめ仕掛けられていた爆撃魔術であり、庭に大量に仕込まれた内の一つ。直上にいる三人を完全に捕捉する威力で爆発を起こす……筈だったが、その瞬間が訪れることはなかった。
爆発の寸前に、銃声が響いたのだ。
「……あれ?」
「私達の足許になにかあるなー、っていうのは最初から視えてましたよ」
自分の足許に銃口を向け、地面に銃弾を撃ち込んだアリエルは既に紅く染まった瞳を阿貴に向けて淡々と告げた。
魔弾──それは魔力を光弾に変換して放つのではなく、実物の銃弾に魔術を組み込んで放つモノ。対象へ単純なダメージを負わせる光弾とは違い、魔弾は撃ち込んだ対象へ付加した魔術効果を直接与え、その作用で他の術式を打ち消すことも可能だった。
アリエルはその魔弾によって、地面に仕込まれていた阿貴の魔術を破壊したのだ。
「あのチビ、またっ……!」
「と言うか敷地の中にびっしりと仕込んでるじゃないですか……地雷原かなにかですか、ここ」
そう言いながら銃に装填してあった残りすべての魔弾を周辺の地面に撃ち込み、次々と術式を消し飛ばすアリエル。
それは始祖アウルが得意としたものではなく、彼女の師匠が得意としていた戦い方だ。アリエル・アイン・ウィスタリアは、二人の偉大な先人からそれぞれの特技を受け継いだ魔弾の射手なのである。
(アリエルは俺が彼らと話している最中にはもう、己の魔術を起動して準備を行っていた。最初から戦うことを想定していたとは言え、抜け目がないと言うか……)
中空から三人を見守るアルトライトは、アリエルの初動の手際に感心する。
勝負の前から攻撃の手を仕掛けていたのは阿貴も同じだが、彼女がそれを率先して行うとは思っていなかったからだ。アリエルの普段の言動とはかけ離れた無情な判断だからか、驚かされてもいた。
(さて、初手は潰した。次はどうする?)
アリエルが安全を確保したところで、メシエは鉄球を連れて少年達へと向かって駆け出す。
昨日とは違って見知らぬ物を周りに浮かべているが、メシエの魔術特性を既に知っている阿貴は、用意していた石を迷いなく投げ放った。
メシエが自身を基点にして作る斥力操作の効果範囲は、もう感覚的に把握している阿貴。故にその範囲に入ってしまう前に起爆しようとしたが、彼の把握した斥力の間合いにまだ侵入していないにも関わらず、爆弾と化した石は突然そのまま跳ね返ってきた。
「ちょ、なんでっ!?」
「油断するな、バカが」
冷静に相方へ罵言を浴びせ、涼は実体化させた己の影を前方に伸ばして壁を作り、跳ね返ってきた石を影の中へと取り込んだ。
そしてそのまま壁から無数の影の手を生み出し、こちらに向かってくるメシエへと黒い波濤を放つ。
それはメシエの視界を黒一色に染めるほどの押し寄せる“壁”だったが、彼女はなおも速度を緩めることなく走り続けた。
「影と言っても、魔力を得て実体化しているなら……!」
メシエの周囲を浮遊する鉄球が、一斉に先行して黒い波濤へ向かう。
その鉄球達は『アンドロメダ』と呼ばれる、メシエの魔術を補助するための魔術儀装だ。有する機能はメシエの操る魔術の端末になるというシンプルなもの。だが自身を魔術の基点として強い力を発揮するメシエにとっては、それだけで充分に大きな効果が得られた。
何故なら鉄球の一つ一つがメシエの身体と同じ基点としての役割を有するということであり、それらが縦横無尽に移動することで魔術の効果範囲を自在に変えられるからだ。
鉄球達は各自を“メシエ自身”と認識し、自身から斥けるという魔術特性によって互いに弾き合うことなく斥力を重ね、影の手をすべて弾き返す。
アリエルはそれを見るや否や、光弾を影の壁へと連射した。光の弾雨に撃ち抜かれた影は次々と形を崩し、実体を失っていく。
「ふむ。奴ら、俺のことも対策済みか。困ったな」
「なに弱音吐いてるんだよ! お前、まだ全然本気出してないんだろ!? 真面目にやれっての!」
「まあ、そうだが……お前にそう言われると、なんだか無性に腹立たしいな」
そう言い捨てると、涼は足許の影へと身を沈めて地上から姿を消した。
単身になった阿貴はその場から弾けるように動き出し、メシエから距離を離していく。それを追おうと再び駆け出すメシエだったが、すぐさまアリエルに念話で呼び止められた。
『メシエさん、追っちゃダメ! あの人、足で地面にマーキングしてる!』
「っ!」
注意を受けたメシエは咄嗟に足を止めるものの、既に彼が足跡を残した地点へと深く足を踏み入れてしまっていた。
爆弾を投擲しても弾かれるならば、彼女に弾かれないものを爆破するしかない。その最たるものが地面であり、爆発の威力も幅広く調整出来るが故に彼女の攻略にはこの方法が最適だった。
すぐにメシエを助けようと銃を構えたアリエルだが、そんな少女の身に突如、未知の感覚が襲い掛かる。
「っ、しまった……!」
まるで足場が崩れたかのように地に着いていた足が不意に支えを失って、アリエルはがくりと体勢を乱す。それはアリエルの足許に伸びる影が突然変質し、彼女の脚を自らの中に引きずり込んだからだ。
光弾を撃ち込んですぐに拘束を解除するアリエルだったが、その一瞬の間隙こそが影に潜む少年の狙い。
たった数秒にも満たない間に、メシエの足許は爆破される──
「俺を忘れるな」
が、今にも魔術を発動しようとした阿貴の背後に、御神翼は気配を消して忍び寄っていた。
虚を突かれた阿貴が慌てて振り向いたと同時、翼は彼の横腹に鋭く蹴りを見舞う。
「っ、が……!?」
突き刺さるような一撃を受けた阿貴は言葉も出ずに呻くが、蹴り飛ばされる瞬間に翼の懐へと小石を投げ込んでいた。そして呼吸をするよりも早く、瞬時にそれを起爆する。
炸裂して爆ぜる炎と風。爆発物が小さかったために威力は弱かったが、あの至近距離で爆破を浴びせてしまえば大きなダメージは免れまい。
一矢報いた。そう言っても過言ではない完璧なカウンターだった。しかし爆炎の中からは無傷の青年が現れ、阿貴は目を疑う。
「おいおい、今の直撃しただろうが!?」
「すまんな。俺にも効かんよ」
一体如何なる神秘を身体に帯びているのか、爆撃を事もなげに無効化した翼は、よろめく阿貴へさらなる一撃を加えようと拳を握って駆け出した。
すると今度は翼の足許に影の手が多数湧き出でて、彼の手足を掴んでその動きを妨げる。それによって足を止めた翼へ、阿貴が逆に迫った。
「よし涼、そのまま捕まえて──っ!?」
反撃に拳を振りかぶった阿貴の顔へと、真っ直ぐに叩き込まれる強烈な拳打。
翼は身体の自由を奪われたことなど意に介さず影を破り、渾身の力で爆弾魔の少年を殴り飛ばした。




