Act.53『生意気な爆弾魔ⅩⅡ』
任務初日の夜が明け、朝食を済ませてから男性陣の部屋に集まった『白の光明』は、軽くミーティングを行っていた。
と言っても大まかな行動計画は昨夜のうちに既に決まっている。なのでそれは作戦会議と言うよりも、アルトライトが誰かを待つために設けた場だった。
やがて集合してから十分ほどが経過すると、おもむろに部屋のドアをノックする音が鳴り響く。
「中へどうぞ」
するとアルトライトは、間を置かず来客を部屋の中へ招き入れた。
彼の許可をもらった来訪者は静かにドアを開け、滑り込むようにして速やかに部屋へと足を踏み入れる。
現れたのは、アリエル達には見覚えのない壮年の男だった。しかし事前にアルトライトからは説明を受けていたようで、三人は警戒することなく彼へと会釈した。
「お疲れ様です、『白の光明』の皆さん。私は皆さんのサポーターとしてこの町へ派遣されました魔道情報科の調査員、コードネームはタイムと申します。以後お見知りおきを」
アルトライトの結界によって外との音が遮られた室内で、調査員は自らの素性を朗々と明かす。
総魔導連合の制服を身に纏ったアリエル達とは違い、現地の人々に溶け込むようにこの町で調達した衣服を着込んだ彼の印象は、いかにも一市民と思えるほどに無味無臭だ。表現を変えるならば、無色透明と言ったところか。
こうして名乗られなければアリエル達がまったく警戒心を抱かないほど、彼は自然に町に潜入していた。
それだけでも、彼がどれだけ優れた調査員であるかは明白だろう。
「お待ちしていました。早速急かすようで申し訳ないのですが、依頼していた調査の進捗はどうでしょうか?」
「ええ、依頼された調査自体は昨夜のうちに終えました。まだ情報を整理出来ておらず、精査も終えていませんが、調査した私の所感であればすぐにでも申し上げられます」
「構いません。お願いします」
アルトライトが依頼した調査の内容は二点。
ターゲットが騒動を起こし、被害を与えた場所の共通点について。
そして騒動を起こす少年達に対する町の住民の反応について。
それらの目的は未知の情報を得たいと言うよりも、アルトライトが抱く疑問を確信に変えるための依頼だった。
「先ずはターゲットが被害を与えた場所の共通点に関してですが、これは確実なものが一つありました。彼が爆破したものはすべて、現町長が発案したものや、壊されると彼にとって都合の悪いものばかりでした。特に現在はモニュメントが立てられている広場では、過去に町長の銅像が三度制作され、どれもすぐさま念入りに破壊されたようですね」
ターゲットの町長に対する敵意を考えれば、納得の情報だ。要約すると、彼はただ街で暴れ回っていたわけではなく、ラチェット町長にのみダメージが及ぶように計画的に行動を起こしていたようである。
町長があれほどまでに少年に対して嫌悪感を持っているのも、無理からぬことだろう。
「次にターゲットに対する町の住民の反応についてですが。彼らの窃盗の被害に遭っている店主達は口を揃えて『困っている』、『迷惑している』と述べていたものの、それにしては窃盗の対策等を一切していないように見受けられました。彼らに関して悪感情を抱いている者は少なく、ほとんどの住民は騒動を一向に治められない町長へと悪感情を向けている印象です」
「ふむ……やはりそうですか。概ね予想通りですね」
タイム調査員の報告に、アルトライトは一人合点が行ったように頷いた。
しかし傍で聞いていたアリエル達には、彼が何に納得したのか理解が追い付かなかった。
「えっと……説明してほしいんですけど……?」
控えめにそう訊ねるメシエに、アルトライトは苦笑してから自分の中で組み上がっている仮説を語り始めた。
「みんなは疑問に思わなかったか? ターゲットが半年以上にもわたって、町長の手から逃れ続けられていることを」
「それは……確かに不思議に思いましたけど。でもそれって、彼が単に町長を出し抜き続けているからじゃないんですか?」
「メシエ、それは焦点がズレているな」
「え?」
「じゃあ言葉を変えよう。みんなは疑問に思わないか? 孤児の子供達を連れたターゲット達が、追手をやり過ごしながら半年以上も無事に生活し続けられているなんてさ」
「……あっ」
「確かに……」
その言葉の違和感に気付いたメシエとアリエルは声を揃える。翼も彼女達と同じ違和感を覚えたようで、静かに息を漏らしていた。
「盗品だけで自分や子供達を養うのは無理だ。たとえ生活が可能だとしても、それなりに貧苦は避けられない筈だろう。だが彼ら……ターゲットやその彼に協力していた少年だけを見ても、明らかに不自由な生活を強いられているようには見えなかった。未成年、ましてや街で騒動を何度も起こしているような犯罪者の身でありながら、それはあまりにも不自然過ぎる。つまり誰かが彼らを支援しているとしか思えない。
……ここからは俺の憶測だが。おそらく彼らと町の住民は結託している。共通の敵であるラチェット町長を陥れるためにな」
(おお……まるで探偵みたいだ)
アルトライトの推理を聞いたアリエルは、心の中で彼に拍手を送った。
どうやらセン・アルトライト・ウォーノルンという青年は、魔術や戦闘に秀でるだけでなく、頭脳まで明晰なようだ。
もしや彼は完璧超人か何かなのだろうか。そういうのは師匠達だけでお腹がいっぱいなのだが。
「なんか……彼を捕まえると町中の人を敵に回してしまいそうですね、ソレ」
「あくまでも憶測の話だがな。ともあれ、彼らの事情を聞いてみないことには身の振り方は決められない。しかしターゲットの言動からして、素直に俺達の話を聞くとは思えない。
──俺の言いたいことは分かるな、みんな?」
アルトライトの問い掛けに、三人は一様に頷いた。
実力行使。おそらく手段はそれしかないだろう。平和的に話し合うために戦うというのも妙な話だが、他に方法がないのなら仕方がない。
「分かっているとは思うが、俺は手出しをしない。俺一人で圧倒してしまっては、彼らを話し合いの場に着かせることは難しいだろう。“交渉”は君達に任せる」
アルトライトが力を振るえば、間違いなく苦もなく勝ってしまう。爆弾魔の少年と影使いの少年は、どちらも独学にしては自らの魔術を自在に使いこなしているが、数々の魔術戦を経験してきたアルトライトにとってはまだまだ素人の域を出ていないだろう。
彼の言う通り、ただ単に圧倒してしまっては意味がない。対等の立場で話し合うためには、絶対の勝者は必要ないのだ。
「さて、それじゃあ出発するとしようか」
三人が既に心の準備を終えていると見て、アルトライトは自分の荷物を担ぎながら告げた。
するとそんな彼を、タイム調査員が呼び止める。
「お待ちを。お気付きかと思いますが、宿の周囲に何人か見張りの人間が付いています。おそらく彼らは……」
「ええ、町長の手の者でしょう。彼らの居所を知りたがっていましたからね。多分、俺達を尾行する気かと」
「どうされますか? こちらで攪乱し、対処しても構いませんが」
「いえ、現場には一度行ってマーキングしてあるので、ここから転移で直接移動します。タイムさん、あなたにはまた別の調査をお願いしたいのですが」
「別の……なんでしょうか?」
「ラチェット町長について、再度徹底的に調べてください。彼の経歴……特に住民達の反感を買っているようなものを、徹底的にです。きっと彼らとの交渉材料になりますから」
「……なるほど、承知しました。支部にも連絡を取って、彼について再び調査を徹底して行いましょう」
「お願いします」
再び調査に出向いたタイム調査員の退室を見届けて、アルトライトは三人の方へ向き直って空間転移の術式を構築する。
密室の中で風が巻き起こるものの、そよ風のような弱さで部屋中を撫でたソレは、四人の視界をゆっくりと塗り替えていく。
そして『白の光明』の姿は、室内から忽然と消え去った。




