Act.50『生意気な爆弾魔Ⅸ』
撃鉄が落ちる。
それは銃のものではなく、アリエルの意識の中に存在するある種のスイッチを指すものだ。
その意識のトリガーによって、明るく気さくな少女は魔術師へと変貌する。
「『生命の樹形図』起動──“私は王冠を戴く”!」
詠唱を発すると、アリエルの背中に光の紋章が浮かび上がる。すると少女の身に劇的な変化が起こった。
“王冠”がもたらすのは思考の加速。
誰よりも早く、多く、複雑な思考をアリエルは一瞬にして巡らせる。
「そぉら、吹っ飛んじまえッ!」
足許の地面に手を着くと、少年は獰猛な笑みを浮かべながら吼えた。
メシエと翼にはそれが何を意味するのかはまだ判断し得なかったが、思考が加速しているアリエルは瞬時に考え、学んできた知識から予測して理解に到った。
即応して、自分達と少年の中間地点へ銃口を向けるアリエル。すると黒銃は円筒の中、空の薬室に供給されたアリエルの魔力から光の弾丸を形成し、すべて装填する。
そして少女は狙いを定め、迷わず引き金を引いた。
直後、少年が手を着いた地面から小規模の爆発が起こり、連続的に発生して勢いを増しながら前に進んでゆく。だがその爆発はアリエルが光弾を撃ち込んだ地点に達したところで過激な爆炎を上げ、そこで進撃を途絶した。
先ほどまでの投石による爆撃を遥かに凌ぐ爆発力に翼とメシエは驚愕で瞠目するが、少年は別の理由から驚きのあまり目を見開いていた。
「……お前、どうやって俺の攻撃を見切りやがった?」
少年は手を着いた地点から三人へ向けて、地中に爆破が連鎖する道筋を作り出した。だがそれをアリエルに見抜かれ、光弾によって経路を断たれたのである。
まさか初見でこの攻撃を見抜く者がいるとは、少年も予想だにしていなかった。
警戒心を強める少年に対し、アリエルは平然とした様子で答える。
「どうやってと言われても。単純に考え抜いただけですけど」
口ではそう言うが、ほとんどは勘に頼ったものだった。
加速した思考を活かして、少年の言動を参考にいくつかの攻撃方法を考慮した上で、最も可能性の高かったパターンに対応しただけだ。
もし彼が遠隔爆撃が可能だったならば別の手段を考えなければならなかったが、その可能性は最も低いと考えた。そんなことが出来るのなら、最初からボールや石を爆弾に変える必要がないだろう。
思考加速によって少年を出し抜いたアリエルだったが、まだ確実性に欠ける。故に少女はさらに詠唱を口にした。
「──“私は知恵を喰む”、“私は理解を導く”──!」
アリエルの背中に新たに現れる二つの紋章。最初の紋章とそれぞれ経路を結ぶと、少女の身にさらなる神秘の力が宿る。
『生命の樹形図』──それは少女の始祖アウル・アインが開発し、得意とした魔術群。カバラ思想に由来して作り出されたその稀有なる魔術は、この世でたった数人しか扱えない始祖の遺産だ。
アリエル自身、それが何を意味しているかは師匠から教えられていない。ただ理解しているのは、彼女が父から学んできた魔術よりも身体に馴染むという一点のみ。
少女にはその事実だけで充分だった。父母に無能だと罵倒され続けてきた少女は今、師に教わった始祖の光を背に負って大きな飛躍を始める。
「痛い目を見る前に降参しちゃった方がいいですよ」
そう告げるアリエルの双眸が瞬く間に青から真紅の色へと変異していく。
魔力を帯びて淡い光を点したその紅い瞳は、アリエルが新たに起動した魔術に因るものだろう。見るからに何らかの力が働いているようだが、少年はそんなものに動じるような性格をしていなかった。
「ハ、誰がそんなだっせぇことするかよ!」
少年は大声で啖呵を切って、地面を爆破したことで辺りに転がった石畳の破片を数個拾い上げ、すぐさまそれらを三人の頭上へ目掛けて放り投げた。
メシエは投石をすべて斥けようと意識を頭上に向けたが、少年の挙動を見たアリエルが翼へと警告する。
「翼さん、上のはただの石です!」
「なるほど、フェイクか……!」
アリエルの紅い瞳は、魔力を視覚で捉える擬似魔眼である。その彼女の言葉通り、少年が投じたのは爆弾に変化させていないただの石だ。
先にフェイクの石でメシエの注意を引いたその隙に、次に拾った礫石を本命の爆弾に変えて三人へ投げつけた少年だったが、アリエルの警告を受けた翼は白烏を放ち、爆弾の雨へと真っ直ぐに突っ込ませた。
「今度こそまとめてふっ飛んじまえ!!」
少年は叫びながら、爆弾に変えた礫石達を一斉に起爆する。
頭上の投石を無視するわけにはいかず、メシエがそちらに向かって斥力の防壁を発生させる中、閃光と共に炸裂した爆風と炎へ飛び込んだ純白のカラスは、羽ばたき一つで爆撃をいとも容易く切り裂いてしまった。
「ちょ、なんだそのカラスっ!? ただのペットじゃねえとは思ってたが……!」
「そいつに熱は効かん。半端な風もな。爆風ごとき、ハチにはそよ風のようなものだぞ」
「そんなのアリか──うぉゥっ!?」
咄嗟に身をのけ反らせて躱した少年の傍を、光の弾丸が瞬時に通過する。
避けなければ、危うく少年の額に直撃していただろう。
「人が話している最中になにしやがるんだ、お前! 親からちゃんとマナーとか教わってねえのかァ!?」
「いや、隙を見せる方が悪いんだから積極的に狙え、って師匠から教わったので」
あれを躱すのか、とアリエルは彼の反応速度に驚きながらも、銃口を少し下げて少年の足許へ光弾を連射した。
少年は飛び退いてそれを易々と躱すが、アリエルの狙いが自分ではないことに気付いたのは着地してからだ。
「テメっ……!?」
「ふたりともっ。あの人、さっきの地中の爆発で私達の足許になにか仕込んでます!」
「──え?」
「チッ──」
地面を見下ろした二人には何も異変は感じ取れなかったが、アリエルの声色から嘘ではないと判断したのだろう。
紅い瞳が地面の下に捉えているのは、異様な魔力の広がりだった。それは少年が地中を爆破した際に残した傷痕のようなものから拡散されており、密かに自分達の足許へと延伸しようとしていた。
本当の本命は、おそらくこちらなのだろう。派手な攻撃ばかりで乱暴な印象を植え付けられるが、彼はその実、狡猾な一面も持っているようだ。
アリエルはその場から動く気配のない少年を怪訝に思い、銃撃で強引に動かしてはみたものの、魔力の拡散が止まる様子はない。
ボールや石に爆破の特性を付加出来るように、彼が間接的にでも触れてしまえば、手放しても制御下に置けるのかもしれない。
今こうしてアリエルが思考を巡らせている間にも、魔力はエネルギーを溜めるようにして自分達の足許へと伸びてきていた。
さながらそれは、噴火前の火山のごとく。
「バレちゃあ仕方ねえ! まだ足らねえ気はするが、そこそこの威力は出るだろうさ──ッ!」
少年の魔術は、特性を付加する物体の質量によって威力が変動するという性質を持っている。
手のひら大の物体でも充分な威力を発揮する分、地面そのものに魔術特性を付加した場合の威力は先ほど見せつけたばかりだ。
そして今度はそれなりに地中へ魔力を注ぎ込んでいる。アリエルに途中で邪魔されてしまったが、先の爆撃を凌駕する規模になるであろうことは疑いようがなかった。
だが、
「──それは困るな。俺が命を預かっている仲間達を、そう簡単に傷つけさせるわけにはいかない」
そこへ颯爽と風が舞い降りた。




