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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
序章
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Act.4『アインの名を持つ少女Ⅳ』

 日本──

 そこは神秘と袂を分かち、地上から魔力が衰退し始めた現代の人界において、神々への信仰は残っているものの魔術的な発展からは遠ざかってしまった極東の閉じた島国。

 そんな辺境の地のとある港町で、彼は広々とした木造家屋に五人の女性達と共に暮らしていた。

 十五畳の居間の中央に置かれたテーブルに案内されたアリエルは、彼女達に促されるまま席に腰を下ろした。

 リビングで床に座るという文化を知らないアリエルは何だか居心地の悪さを感じたが、彼らはそれを気にせずテキパキと食事の準備を始める。

 分担作業に慣れているのか、六人の手によってテーブルの上には見る見るうちに多くの皿が並べられ、数分後には彼らもそれぞれ席に着いていた。

 目の前に並ぶ料理の数々は、当然アリエルの知らない文化のものばかりだったが──しかし彼女はそれとは別の理由で驚き、硬直してしまっていた。

「どうかしましたか? あ、お箸の使い方が解らないとか……」

「……フォーク使う?」

 左右に座る二人の少女達がそれぞれ自分の顔色を窺いながら訊ねてくるのに対し、アリエルは呆然と首を横に振るう。

「……その、誰かと一緒に食べるなんて、久しぶり……なので。なんか……困っちゃって……」

「じゃあ大事な話は食後にするか。……久しぶりの賑やかな食事くらい、落ち着いて食べてみたいだろう?」

 これまでのアリエルの様子から何かを察したのか、キョウはそう言いながら五人の同居人達に目を配った。

 彼らの意思疎通に気付かないアリエルは、手渡されたフォークと料理を交互に眺め、どうすれば良いのかと青年を見やる。

 すると彼は、穏やかに微笑みながら手を合わせた。

「では、いただこうか──」



 食事が始まると、右側に座っていた茶髪のポニーテールの少女がわざわざ席を立って、台所へフォークを取りに行く。

 すぐに戻って来た彼女はそれをアリエルに渡しながら、笑顔と共に自己紹介を始めた。

「初めまして。私の名前はアサヒと言います。昔、私もあなたと同じように兄様に命を救われ、今は彼の妹として生きている者です。どうぞよろしくお願いしますね」

「よ、よろしく……お願い、します」

「そしてそちらに座っているお人形のように可愛らしい方が、私と同じく兄様の義理の妹であるフェイト・ミラー・エレメンティアスさんです」

「……ん」

 アサヒから紹介を受けた淡い紅色の髪の小柄な少女、フェイトはフォークに突き刺したサラダを口に含みながら、アリエルに軽く会釈した。

 アリエルに合わせ、未だ食事に手を着けていないアサヒとは違ってどうやらマイペースな人物らしく、挨拶が済むとそのまま黙々と食事に戻るフェイト。

 義理の妹。彼に命を救われたと言う彼女達──フェイトがそうであるかは定かではないが──は、その後家族として迎え入れられたという話だ。

 ならば、他の三人もそうなのだろうか。

 アリエル達の対面に座るのは、和装の姉妹とシンプルな洋装を着る美女。真ん中の幼さが目立つ少女とは正反対に、左右の二人はアサヒ達よりも少し年上に見える妙齢の女性達だった。

 幼い少女はともかく、他の二人の場合は妹と言うよりも姉とする方が相応しいだろう。

 するとアリエルの視線に気付いたのか、和装の美女が手を止めて箸を置く。

 たったそれだけの所作で、彼女からは何故かとても気品を感じられた。

「どうも初めまして。当家の主、キョウ様に仕えております、(てる)と申します。どうぞお見知りおきを」

「……ど、どうも」

 丁寧に一礼する様や言葉遣い、それに声に至るまで、彼女の言動すべてが美しいと思うと共に、不思議と威厳も感じさせられた。

 それは聞いていたアリエルが、緊張で思わず背筋を伸ばしてしまうほどのものだった。

「そしてこちらに居る子供が、私の妹の読です。見るからに生意気そうな未熟者ですが、無礼を働いてもどうか幼子のすることだと思ってお許しください」

「誰が子供かっ!? 姉とは同齢でしょう、同齢!」

「何を言っているのですか。私達に年齢の概念などないでしょうに」

「だったら子供扱いもおかしいでしょ……!」

 照をそのまま幼くしたような容姿の少女だが、どうやら本人によれば外見に反する年齢らしい。いや、当人によれば年齢そのものがないらしいが。

「最後は私か」

 フェイトのように静かに箸を進めていたもう一人の美女が、ゆっくりと手を止めた。

 彼女が箸を置く様は、照と比べると上品と言うよりも無駄のない動きだった。

 キョウと同じように、長い黒髪を首元で束ねた女性。照が柔和な印象を持つならば、こちらの女性は凛々しい印象を持っていた。

「私の名は謙信(けんしん)だ。まあ、今はそれだけを覚えてもらえればよい。よろしく頼む」

「は、はい……よろしく、です」

 無愛想と言うわけではなさそうだが、自分について話す内容をあまり持ち合わせていないのか、謙信と名乗った彼女はすぐに食事に戻ってしまった。

 そんな彼女に代わって、青年が話を継いだ。

「──とまあ、五人の紹介が済んだところで俺も改めて。俺の名はキョウ。本名は旧人類史に置いて来たので、今の世界では主にイデアと名乗っている。よろしくな」

「きゅう……じんるい……?」

「ああ、すまん。それは聞き流してくれ」

 何か意味深な言葉を口にした彼だが、そのまま気にも留めずに話を続ける。

「普段はこの家で、ここに居る五人と……それからさっきの騒がしい娘も混ざって、日々を安らかに過ごしているんだが。先日は俺に依頼があってな。あの街から君を救い出して、こうしてこの家に連れて来ることになった。

 まあ、ここから先の詳しい話は食べた後で──」

「いえ……聞かせてください。どうして私が助けられたのか、気になります……から」

「そう慌てなくても大丈夫だよ。ちゃんと君が知りたいことは全部話すから。ほら、取り敢えず一口食べてみろって」

「……」

 青年に促され、アリエルは渡されていたフォークの先を肉と思しきもの──ハンバーグに突き立て、少々強引に一口大に引き千切って口の中へ恐る恐る運んだ。

 魔界、特にアリエルの暮らしていた地域の食文化では未だにハンバーグは存在していなかっただけに、その味を知った少女は驚愕のあまり目を丸くした。

「どうでしょう、アリエルさん?」

 笑顔で訊ねるアサヒに、アリエルはカルチャーショックで言葉を失ってしまい、こくこくと頷きを返すことしか出来ない。

「遠慮せずに食べてくださって良いんですよ。さあ、切り分けやすいようにナイフをどうぞ」

 そう優しく許されると、ナイフも得たアリエルの手は止まらなかった。

 夢中になってハンバーグを食べ進めていく少女の頬が初めて緩んでいるのを眺めて、青年はしみじみと呟く。

「やはり子供にはハンバーグが効果抜群だな。なあ、読?」

「あんたねぇ……」

 丁度ハンバーグに箸を伸ばしていた読は、からかいの笑みを浮かべるキョウに、悔しげに睨み返すことしか出来なかった。


 ………

 ……

 …

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― 新着の感想 ―
[良い点] 新着を漁っていたら、久しぶりに自分好みの作品を見つけたぁ…!と思って読んだらまさかの二百話越えでびっくりしました。まだ序盤ですが展開が楽しみです。 [一言] 頑張ってください。
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