Act.48『生意気な爆弾魔Ⅶ』
時は三十分ほど前に遡る。
三人と別れたアルトライトは単身、最初に町長と待ち合わせをした広場へと戻って来ていた。
つい先刻起こった騒動などまるで無かったかのように落ち着きを取り戻した場所で、彼はモニュメントの傍にあるベンチへと腰を下ろした。
そこには先客が一人座っており、壮年の男が黙々と読書をしている。そんな男を一瞥したアルトライトは、ベンチの座面を指で突いた。
するとベンチを囲むようにして遮音結界が展開され、街の雑音がぴたりと掻き消えてしまう。
「お疲れ様です。『白の光明』のセン様ですね?」
周囲と音が隔絶されたことを確認して、男は視線も顔も動かさず、声だけをアルトライトへと向けた。
彼は『白の光明』が町に到着する以前から潜入していた、魔道情報科の調査員だった。アルトライト達が任務を行うにあたって、彼ら執行者の支援のために陰ながら情報を収集する役目を担う者だ。
任務の内容によっては、情報科から彼のようなサポート役が派遣されることは珍しくない。今回は新人ばかりで構成されたチームの初任務ということもあって、彼はこの町に派遣されていた。
「はい。そちらの用件から、お先にどうぞ」
「では、先ずは依頼者についてです」
執行者の任務の支援を任命された調査員が先ず情報を集めるのは、依頼者の身辺だ。依頼の内容の真偽を確認するべく、依頼者については最初に徹底的に調べることがセオリーとなっている。
本来は任務の前に行われるのだが、今回の任務は緊急に決まったということで、少々特殊な対応が為されていた。
「ラチェット町長についてですが、町民にはあまり評判がよろしくないようですね。彼は運河を利用した貿易商で町の発展に貢献した人物ではありますが、商才は確かなものの、利益以外は軽視した強引な手腕によって町の住民……特に商人からは反感を買っています。港の大部分を自社で買い占め、交易の利益をほとんど独占している有り様ですから当然でしょうね。
しかし彼が町の発展に貢献したのは事実であり、町にも多くの利潤をもたらしているため誰も彼には逆らえないようです」
「なるほど」
アルトライトは自分が町長を直感的に嫌っていた理由が腑に落ちたのか、失笑しそうになる口元を手で押さえて平静を装う。
別に彼のような人物を咎めようと思うほどの正義感は持ち合わせていないが、決して好きにはなれないタイプだ。きっと父も嫌う人種だろう。
「とは言え依頼の内容に関しては問題ありません。町長が言うように、街中で魔術を用いて騒動を起こす少年がいることは事実のようですから」
「そのターゲットである少年についてですが。そちらについての情報は?」
「一応調査は行いました。しかし情報源に乏しかったため、確度の低い情報となりますが」
「構いません。どうぞ」
「ターゲットの名は大空阿貴、十六歳。行商人であった父母を約半年前に亡くし、孤児となった少年です。両親の死因は共に自殺による窒息死。町長が経営する会社から多額の借金をしており、その返済を苦にして自殺を図ったようです。その後、一人生き残った彼は町の孤児院に入れられますが、三日後に孤児院を爆破して脱走したとのことです。それ以後のターゲットの情報については、依頼者が提供したものと大きな差違はないことを確認しています」
「……かなり詳しく調べられていませんか?」
「それが私の任務ですから」
情報源が乏しかったと彼は言うが、当人だけでなく両親の死因と動機まで調べ上げられているのは驚嘆に値する。
戦闘しか能のないアルトライトとしては、純粋に羨ましい能力だった。
「ところで孤児院を爆破……と言いましたか。彼は何故そんなことを?」
「流石にそこまでは調査が及んでおりません。こればかりは当人に訊ねるしか方法がありませんからね。孤児院を調べようにも危険だからという理由で町長によって厳重に封鎖されていて、町長が組織したという自警団の者が常に見張っているので私では近寄ることも出来ませんでした」
「……そうですか。それでは孤児院の位置だけを教えてください。俺が一人で行ってみます」
「了解しました」
アルトライトは調査員から口述で孤児院の場所を教わると、続けざまに彼へ新たな調査を依頼する。
「それとあなたに、別の調査をお願いしたい」
「何でしょうか」
「ターゲットが騒動を起こし、被害を与えた場所の共通点について。それに付随して、ターゲットに対する町の住民の反応について……いえ、これは調べると言うよりも確認してもらいたい。あなたからの情報提供を踏まえた上での、俺の予想では──」
アルトライトは調査員へ依頼の理由を説明した。
それを聞いた男は、納得して静かに頷く。
「承りました。それについて、早速調べてみましょう」
「お願いします。報告は直接していただいて構いません。だいたいの裏事情は見えてきましたし、今のところ必要な情報は依頼した分で充分ですので」
「はい、明日の朝までに。それではお気を付けて」
本を閉じた男はベンチから腰を上げ、のんびりとした足取りでアルトライトから離れて人混みの中へ溶け消えていく。
そうして再び一人になったアルトライトは地図を広げ、伝えられた孤児院の位置を確認した。
調査員に告げたように、この町の背景にある事情は徐々に見えてきた。それは今回の任務の目的にはあまり関係ないが、しかしこのまま見過ごしてはおけないだろう。
何よりこれを無視して任務を遂行するのは、個人的にとても釈然としないからだ。
「……よし」
地図を折りたたんで懐にしまうと、結界を解いたアルトライトは風を纏って地を蹴り飛び立った。
風には認識阻害の魔術が組み込まれているため、風に包まれたアルトライトの姿を誰も認識出来ない。そして最初にターゲットの姿を確認した建物の屋上に爪先を着けると、アルトライトはそのまま床を蹴って次々と屋上を飛び移り、建物上を伝って軽々と街中を駆け始めた。
(孤児院はこっちの方角……ターゲットが逃げた方向と一致してるな)
あの時、アルトライトはターゲットを単に見逃したわけではない。風を介して気配を追い、ターゲットが使用した逃走経路をある程度把握していた。ターゲットの気配は何故か途中で見失ったものの、いま目指している場所への道筋と奇しくもほとんど符合していることは確認出来た。
これを偶然と思うほど、アルトライトは経験の浅い執行者ではない。
「さて……あの辺りか」
まさしく風のごとく市街を高速で移動したアルトライトは、やがて目的地付近の地点の屋上でぴたりと立ち止まった。
調査員から入手した情報では、孤児院は厳重に封鎖されていて町長の息のかかった自警団が常に監視しているという。
アルトライトはその警備を確認するべく、慎重に屋上を渡り歩いて目的地に近付いた。
すると目的地と思しき地点に、何かを覆い隠すように高々と築かれた鉄骨に張られた防音シートを発見する。
(……取り壊している最中か?)
まるで監獄の塀を思わせるような灰色の防音壁。
周辺の建物よりも高く築かれたその囲いの中に、おそらく爆破されたという孤児院が存在する筈だ。
(警備は……表と裏に二人ずつ、と)
アルトライトから見える側を表口と仮定して、裏口と合わせて計四人の警備がいるようだ。
防音シートで覆われているため取り壊しの最中かと思ったが、孤児院を爆破されたのはおよそ半年前だ。取り壊しなどそこまで長引くものではないし、中で何かを再建している気配もない。表にいる二人の警備は、暇そうに談笑しながら座り込んでいる有り様だ。
(誰も近付けないようにしているだけか? 取り敢えず中に入ってみるか)
風を纏って屋上から身を躍らせたアルトライトは、一気に空へと飛翔する。そしてシートの囲いを文字通り飛び越えると、彼は驚くべき光景を目の当たりにした。




