Act.47『生意気な爆弾魔Ⅵ』
街の入口から中心部に向かって伸びる大通りで開かれているマーケット。そこで各店が豊富な品揃えによって多くの客を集めることが出来ているのは、ひとえに街の東側を流れる運河の存在があればこそだ。
聖セレスティアル王国と国境を接するアレーテイアの東端地域に位置しているこの町は、運河の上流であるセレスティアル国のいくつかの町と交易を行うことで利潤を得ている。現代においてなお幻想が色濃く息吹く領域として名高いセレスティアルからは、魔界の人々の目から見てもまるでお伽噺にでも出てくるかのような珍品が多く流れてくるため、それらを取り揃えるこの町の市場は常に客で賑わっているというわけだ。
言わば運河はこの町にとっての大動脈である。そこで貿易商によって一代で財を築いた豪商こそ、現町長のラチェットだった。彼が町にもたらした利益はあまりに大きく、住民達の生活をも改善させるほどの影響力を持っていた。故に彼は当然のように町の代表者の地位に収まったという。
そんな町の枢要である港へ、アリエル達は後方の気配を確認しつつ、なるべく怪しまれないようにして足を運んでいた。
しばらくは貨物船の就航予定はないのか、港は人気も少なく静かだ。船着き場近辺の建物には多くの人の気配を感じるが、今すぐにでも出てくるような様子はない。三人はその河岸から河沿いに下流の方へ歩いて大きく開けた河川敷に移動すると、そこで追跡者を待ち受けるように立ち止まった。
「ちゃんとずっと付いてきてたみたいだけど、上手く釣れるかしらね……」
「途中で何度か追跡者の気配が増えたり減ったりしていた。もしそれが連絡の瞬間なのであれば、あるいは……」
「──どうやら釣れちゃったみたいですよ」
アリエルの冷静な声に翼とメシエは咄嗟に彼女の視線の先を目で追うと、彼らの頭上に突然石が投げ込まれていた。
それがただの投石ではないことは、広場でのひと騒動から三人も理解している。すぐさま迎撃の構えを取ろうとしたアリエルと翼だったが、一歩進み出たメシエが二人を制して右手を投石に向けた。
すると石は亀裂を生んだ瞬間、何かに弾かれたように空へ飛ばされ、同時に熱風を伴って激しく爆発した。
炸裂して砕け散った石の破片が爆風に乗って三人に降り注いだが、それらもすべてメシエによって頭上から弾き飛ばされた。ただ爆発の余波だけが、虚しく三人の頬を撫でる。
それは間違いなくメシエの魔術の仕業だった。詠唱を必要としなかったことから、彼女の得意とする魔術だと思われる。
任務の前に彼女自身から教わったメシエの魔術特性は引力と斥力。曰く、自身を基点に対象を誘引する魔術と反発する魔術である。
彼女は今、その後者の魔術を用いて投げ込まれてきた石の爆弾の脅威をすべて斥けたのだ。
「同じ手なんか通用しないわよ? それともこういうやり方しか出来ないのかしら、坊や」
メシエが不敵に笑って言い放った先に、ターゲットの少年の姿が現れていた。
傍らに自分よりも幼い二人の男児を連れたその少年は、メシエからの挑発を受けても特に動じず鼻を鳴らす。
「ふん、なにが坊やだ。見たところ、お前だって俺とそう変わらねえ年齢だろ。それともお前、そう見えて結構なババアだったりするのか? ああ納得だわー、なんか年増くさいもんなー」
「失礼ね、まだ十六よッ!?」
「お前が挑発に乗ってどうする……」
憤慨するメシエが今にも暴れ出しそうだったので、翼も前に進み出て少年と対峙した。
互いの距離は十メートルほど。どちらが先に仕掛けても、充分に対応が間に合うような距離だ。
「先に警告する。我々はこの町の町長の依頼によって、総魔導連合から派遣されてきた執行者だ。任務の目的は君の身柄の確保になっている。……おとなしく投降してくれれば事は穏便に済むぞ」
「ハ、知らねえよイデとかシッコーとか。ただ一つはっきりしてるのはな、あのオッサンの味方ってことは俺達の敵ってことだ! だったらぶっ飛ばされても文句言えねえぞッ!」
少年が臨戦態勢に移ると共に、彼の傍らに立っていた二人の男児が持ち運んでいた小石をそれぞれ無造作に放り投げた。さらに少年自身も、ポケットから小石を大量に取り出して三人に向けて投げつける。
迫り来るのは小石の弾幕。そのすべてが爆弾に変わると考えれば、悠長には構えていられない。
メシエは咄嗟にすべてを弾こうとしたが、少年はそんな彼女を声高に嘲笑った。
「爆風は防げねえんだろ、お前!」
少年は先のたった一度の攻防で、早くもメシエの魔術特性を半ば看破していた。
どういう理屈で石を弾いたのかは分からないが、彼女が斥けられるのはおそらく形のある物体だけだ。爆弾そのものは斥けられても、爆風の余波は斥けられずに彼らの頬を撫でていた。
つまり石を弾かれる前に起爆してしまえば、爆発の威力をメシエは防げない。
少年のその読みは見事に的中し、メシエの魔術に捉えられる前に起爆したことで、彼ら三人は爆熱に灼かれることになった……の、だが。
彼らの守り手は、メシエだけではなかった。
「……気になる発言だな。町長の味方をすれば、君達の敵になるというのは」
爆炎が切り払われるように掻き消える。その中には、メシエよりもさらに前へ踏み出していた翼が、右手を突き出して悠然と佇んでいた。
そんな彼の右手の甲には、いつも肩に乗っている白い小鳥のハチが飛び移っており、パタパタと羽ばたきながらその場を飛び立つ。
真正面から爆撃の怒濤を浴びておきながら、彼は一体何故無事なのか。すぐ後ろで見ていたメシエすら分からないのだ。少年も理解が追い付いていなかった。
「なにしやがった、お前……!?」
「──ハチ。一段階開放だ」
鳴き声を放つこともなく、翼の指示に応じた小鳥の身体が光に包まれる。
それはたった一瞬の輝きだったが、光が消え去ったそこには一羽のカラスが現れ、再び翼の右手に乗った。
見た目はカラスだが、明らかに異様な純白の色をしていた。その姿から言い知れぬ気配を感じ取った少年は、傍らで呆然とする二人の男児に大声で呼び掛けた。
「お前達、先に逃げろ!」
「うぇっ、阿貴兄ちゃんは!?」
「そうだよ、にげるなら阿貴兄ちゃんもいっしょに!」
「バカ、俺が逃げっかよ! お前達がいたら本気出せねえだろ、お前達が逃げるのは俺からだよっ!」
「「そっかー!!」」
そう言うや否や、少年は二人から離れるように駆け出してアリエル達の側面に回り込んだ。
視線で逃げるように再度促す少年の指示に頷き、男児達は一目散にこの場から離脱した。
翼もメシエもそんな彼らには目を向けず、主犯格の少年の一人の方へと向き直る。
「アリエル、あなたも銃を抜きなさい。それ、飾りじゃないんでしょう?」
「えっと……なんかもう、自衛の範疇を超えているような気がするんですが。リーダーに報告は……?」
「もうしてあるさ。……『ターゲットと交戦』とな」
ということは、リーダーがこの場に駆け付けるまで彼の足を止めておくのが自分達の仕事だ。
町長からは悪童と評されていたが、どうにもそんな風には見えない気もする敵の姿に戸惑いはあるが、そういった諸々の判断はリーダーに委ねよう。
「私、あんまり手加減出来るようなタイプじゃないんですけどね……」
ホルスターから黒銃を引き抜き、銃口を下ろしたまま両手で握るアリエル。
いよいよ初の実戦。実戦自体は師匠達を相手に何度も経験させられたが、見ず知らずの他人を相手に行うのは初めてだ。
緊張はするが、少女は呼吸一つで瞬時にそれを拭い去った。
「……行きますっ!」




