Act.41『白の光明』
アルトライトに案内されてアリエル達がやって来たのは、本部正面にある大正門へ通じるメインストリートに店を構えた老舗の大衆食堂だった。
中に入ってみれば家族連れの者や独り身の者、旅人、常連の酒飲みなど様々な人種の人間が一堂に会し、店内を大いに賑わせている。
そこへ初めて足を踏み入れた三人がその異様な空気に圧倒される中、アルトライトは平然とした様子で店員を呼んだ。
「すみません、四人が座れる席はありますか」
「いらっしゃいませぇ。ええと、確かぁ……隅の方になりますけど構いませんかねえ?」
「ええ、座れるのならどこでも気にしませんよ」
慣れた調子で店員と言葉を交わすアルトライトを、三人は後ろで呆然と見守る。
やがて店員に案内されたテーブル席へ腰を落ち着けると、アルトライトは店の空気にすっかり呑まれた三人を笑いながら見据えた。
「騒がしくて驚いただろう?」
「そ、そうですね……」
まるで荒くれ者達が集まる酒場を思わせるような店内の賑々しい様子に、アリエルも苦笑交じりに答えた。
「ここは俺が前のチームにいた頃に、よく連れて来られた店でさ。何か祝い事がある度に、この店によく足を運んでたんだ。俺がチームに入った時も、そしてチームから離れる時も……ここで騒々しく祝われたよ」
照れくさそうに笑って、アルトライトは感慨深そうに店内を眺めた。
彼にとってここはそんな思い入れのある店だからこそ、新たなチームの門出をこの店で祝いたいと考えたのだろう。
そのために今日、こうして全員を集めるためにわざわざ自ら率先して動き回ったのだ。
それは彼なりに、リーダーとしてチームのことを考えての行動だった。
(良い人だなぁ……)
まだまだアルトライトの人柄を理解したわけではないが、彼ならばリーダーとして充分に信用に足る人物だとアリエルは感じ始めていた。
「さあ、遠慮せずに注文してくれ。今日は俺が奢るから」
「……気前がいいですね?」
「別に金で信用が得たいってわけじゃないが、最初くらいは分かりやすい方がいいと思って。だから遠慮なんてしないでくれよ。この店の料理の味は俺が保証するからさ」
「分かりました、じゃあ遠慮なく」
リーダーの気持ちを汲んで、メシエは早速メニュー表を一つ手に取った。物静かに座っていた翼もアルトライトからメニュー表を手渡され、ハチと共に内容に目を通していく。
二つしかないメニュー表がそれぞれの手に渡ったため、アリエルはしばらく手持ち無沙汰になってしまったが、そんな彼女に気を遣ってかメシエがメニュー表を差し出してきた。
「はい、先に見てもいいわよ。さっき言ってたけど、お腹空いてるんでしょ?」
「ど、どうも……ありがとうございます」
メシエからメニュー表を譲り受けたアリエルだったが、料理の一覧を見てもそれが一体どういう品なのかまったく想像がつかなかった。
渡界にあたってアレーテイアで使われている文字は師匠達から教わっていたので読めはするのだが、『魔獣肉の饗宴 妖精の悪戯風』だの『魔海の幸 男盛り』だの『禁断の果実詰め合わせ』だの辛うじて食材の種類しか分からないような料理ばかりで、こちらの文化に馴染みのないアリエルにとっては困惑せざるを得ない。
「どうしたの?」
「いや……どんな料理なのか全然分からなくて。私、こっちの料理は馴染みがないんです」
何せ昨晩は何を食べようか迷った挙げ句、家から持参したカップ麺を食べてしまったくらいだ。
「そうなの? あなた、出身はどの辺り?」
「え、えっと……ステラルムの南部の方なんですけど……」
つい昨日までの三年間、異界で暮らしていたことを説明するのは憚られた。
魔界の住人は、人界のことをあまり認識していないと聞かされているからだ。異世界が実在することは何となく認知しているが、魔界にとって人界は遠い過去に切り離した歴史である。特にこの魔界で生まれ育った多くの現代人は、人界など同じ宇宙のどこかにある異星のようなものと捉えているだろう。
そんな事情から答えに困ったアリエルは、自分が人界で修業していたことを“長”から唯一聞かされているというアルトライトへ必死に視線を送る。
すると彼はアリエルの救援要請を察したようで、二人の会話に割り込んできた。
「まあ、ステラルムは各国で文化がそれぞれ独立しているそうだからな。こっちの料理に余計に馴染みがなくても仕方がない。じゃあ俺が代わりにおすすめの料理をいくつか注文してみるから、ぜひ食べてみてくれよ」
「は、はい。そうしますっ」
彼の自然なフォローに助けられたアリエルは、目礼してアルトライトに感謝の意を示した。
その後、各自が店員にそれぞれ選んだ料理を注文すると、アルトライトは店員が離れたことを確認してテーブルを指で突いた。
アリエルも見覚えのあるその動作は、彼の母ユウヒ・ウォーノルンが魔術を組み上げた時と同じものだ。直後、四人が座るテーブル席の周囲の音が忽然と消え、彼らは賑やかな空間から隔絶されたように孤立した。
それは孔明、メリッサとカフェで話をした際にも用いられた、遮音結界の力によるものである。
「さて、今日みんなを呼び出したのはチームの親睦を深めるためっていうのもあるが、実はもう一つ目的がある。それは俺達の今後の活動──初任務の日程について連絡しておこうと思ったからだ」
結界を用意したアルトライトがそう告げると、三人の表情はそれぞれ真剣なものへと変わった。
「そうだな……先ずは俺達のチーム名から発表しよう。俺達に与えられた名は『白の光明』に決まった」
“管理者”から与えられるチーム名には特に感想はないのか、三人の反応は薄かった。
アルトライトとしてもチーム名の由来には興味がないため、そのままあっさりと本題に移る。
「で、肝心の初任務の日程だが。俺達の初任務は今日から三日後に行うことになった」
「み、三日後ですか?」
「ずいぶんと急ですね……もう少し準備期間があるものかと」
「……」
三者三様の反応にアルトライトも同意する。
彼とて初任務はチーム結成から一週間程度が経ってからだろうと考えていた。たった数日早まったくらいで気にする必要はないのだが、このチームはアルトライトを除いたメンバーが全員新人の執行者である。
普通ならば新人のことを考え、もっとゆっくりとしたペースで任務に就かせる筈だが、そう考えるとこれは異例のことだ。
ただの勘ではあるが、今回は“長”の意向が何かしら絡んでいるのではないかとアルトライトは考えていた。
「任務の詳細については明日、俺が“管理者”に聞いてくる。だから君達はその日に向けて、いろいろと準備を整えておいて欲しい。チームの活動に関する連絡は以上だ」
アルトライトが再びテーブルを指で突きながらそう締め括ると、結界は解れて賑々しい活気が周囲から押し寄せるように彼らの席を包み込んだ。
そんな中、アリエルは黙り込んで初めての任務へと思いを馳せる。
三日後。待ち望んでいた活動の時が、いよいよ目前に迫っている。
そう思うと、興奮で身体が震えそうになる。それを周りに悟られまいと、力強く拳を握り締めた。
(……待っていてね)
いつか必ず出会えるという名も知らぬ誰かへ、アリエルは心の中でそう語り掛けた。
──初任務で出会える可能性なんて低いだろうけど、いつ出会えても良いように心の準備はしておこう。
そんな強い決意を、アリエルは心に秘めた。
………
……
…




