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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
第一章
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Act.37『小さな先導者』

 総魔導連合(イデイン)に配属されてから最初の朝を、アリエルは一人で迎えていた。

 移住初日。執行者一人一人に与えられるというワンルームの一室で、静かに目を覚ますアリエル。

 部屋は狭くなく、かと言って広過ぎるわけでもない。一人暮らしには苦労しない程度の間取り。アリエルが今まで過ごしていた自室より、少しだけ広いくらいか。そんな部屋のベッドの上で、アリエルはゆっくりと上半身を起こした。

 “長”の話では最初の数日は準備期間のため任務はないという話で、しばらくは休日らしい。それをどう過ごすかは個人の自由とのことだ。

 休日となれば、いつもならもう少し眠り耽っているところだが……どうにも落ち着かなかったアリエルは、早々に起きてしまうことにした。

「……そっか。もう誰にも起こしてもらえないんだね」

 毎朝聞いていた声がもう聞けないことに寂しさを覚えるものの、自分を送り出してくれた師匠達の期待に応えるためにも頑張らなければ。

 取り敢えず片付けなければならないものは、文字通り山のようにある。特務の書類は昨夜のうちにどうにか読み終えたので、今日は師匠から貰った説明書の読解早速取り掛かるとしよう。


 ………

 ……

 …


 ──それから、三時間ほどが経過した。

 私にしては集中力が続いた方だと、アリエルは自分を褒めてやりたい気分になるほど疲れていた。

 辞書のように分厚い取扱説明書だが、文字ばかりが記載されているというわけではなく、図解も多いため意外と読み進められた。だが本当に個人で書いたのかと疑わしくなるようなハイクオリティの資料に細かく書き込まれた膨大な情報の数々は、アリエルの脳の許容量を軽く超えていたのだった。

 どうにかアリエルの理解出来るレベルにまで説明を噛み砕いてくれているが、それでも憶えるべきことは多い。

 特に儀装のメンテナンスと各部品の説明については、銃器の専門家もかくやの情報の細かさだ。

「うーん……勉強もいいけど、そろそろ試射もしておきたいなー……」

 師匠お手製の研究資料を読み解くのは楽しいが、ずっと同じことを続けていてもやがては飽きてくる。

 理論もいいが実践も大事だ。息抜きとして身体を動かすがてら、新しい儀装を手に馴染ませておくのも有意義である。

「射撃場は……あるのかなぁ?」

 師匠の話だと、魔界では銃器はあまり好まれていないらしく、使い手は稀少なのだそうだ。なので射撃場など当然ないものと考えた方がいいだろう。執行者用の鍛錬場はあるという話だが、周りに危険を及ぼす可能性がある以上は気軽には使用出来まい。

 日本では家の庭を射撃場代わりにして練習していたが、あれは師匠や照、謙信のように銃撃を斬り伏せられる存在が見守ってくれていたからこそ、周りを気にせずに撃てたのだ。

 ……そもそもあの人達は、何で銃撃を見てから動いて簡単に対処出来るのか。軽く人間をやめているのではないだろうか。

「誰かに相談が出来ればいいんだけどなぁ……知り合いと言っても……」

 アリエルが総魔導連合(イデイン)に来てから知り合いになった者達と言えば、誰もがトップクラスの権力者達ばかりだった。

 新人が持つコネクションとしては破格ではあるのだが、全員が多忙な身分であるため、気軽に相談するには立場が違い過ぎる。不慣れなうちには何かと相談したい新人の身としては、かなり致命的な問題と言えるだろう。

「……あれ、もしかして詰んだのでは?」

 八方塞がりな状況に、顔を青くするアリエル。

 一人でどうにかしようにも、未知の異国の地を小娘が一人で歩くのはとても心細い。

 友達を作っておくように、という師匠の言葉が早くもアリエルの中で大きな意味を持ち始めていた。

「ど、どどど、どうしよう……!」

 取り敢えず外に出てみるしかない。イリスに案内された場所を辿りながら、親切な人達に出会えることを祈って一か八か──


「どうしたのですか?」


 と、アリエル一人しかいない筈の部屋の中に、おもむろに聞き慣れない声が響いた。

 突然のことにアリエルは恐怖で声を失ったが、恐る恐る声のした背後へ振り返ると、そこには見覚えのある人物の姿が現れていた。

 赤い髪に薄白い肌をした、アリエルよりも小柄な少女。そして純黒のドレスの上に純白のローブを羽織った特徴的な出で立ち。

 その姿を忘れよう筈もない。三年前に師匠の家に現れた、イリスと双璧を成すレイアの遣いだ。

「あ、あなたは……三年前の……?」

「はい、ヘカテーです。ヘカテでもヘカティアでもトリウィアでも……どうぞ好きに呼んでください」

「は、はあ……」

 淡々とした物言いで名乗るヘカテーに、アリエルは困惑した表情で声を返す。

 しかしながら同時にアリエルは安堵した。彼女が来たということは、つまりそれはレイアの何らかの思惑があってのことだろう。きっと彼女からの助け舟に違いない。

「あ、あの……急にどうしたんですか? こんな所へ」

「……レイアから頼まれまして。任務が始まるまでの数日の間、貴女の傍に居てあげてくれないかと。……なので来ました」

「おお、それはそれは……ありがとうございますっ!」

 藁にも縋る思いだったアリエルにとっては、小さくとも大きな助っ人だった。

「え、えとえとっ、ヘカテーさんお久しぶりです。ちゃんと挨拶したことがなかったので、改めて名乗らせてもらいますね。私はアリエル・アイン・ウィスタリアです、数日間どうぞよろしくお願いしますっ!」

「はい、よろしくお願いします……」

「あの、早速質問なんですがよろしいでしょうかっ」

「……何でしょう?」

「本部のどこかに射撃場とかあったりしませんか? 広くて遮蔽物がなくて、人気もなくて静かなところだと完璧なんですけど……!」

「射撃場……」

 嬉々と自身に迫ってくるアリエルに対し、ヘカテーは泰然と物静かに応じる。

 少女の考えを探ろうと机の方を一瞥すると、そこに置かれた黒い魔銃の存在に気付いた。

 あれの練習がしたいのだろう、と気付くヘカテーではあったが、そこから続く彼女の発想はあまりに突飛だった。

「……では外に行きましょう。外出の準備をしてください」

「へ?」



 数分後、アリエルは視界一面に広がる水平線を呆然と眺めていた。

「……本当に外に来ちゃったよ」

 総魔導連合(イデイン)本部のあるアレーテイア共和国都心部から四〇〇〇キロメートルも離れた土地。

 そこには魔界における唯一の大陸であるエイメス大陸の中央部に大海が横たわっており、アリエルはヘカテーに連れられてこんな遠方へとやって来てしまった。

 確かに広い。確かに遮蔽物がない。人気もなくて静かだ、完璧な環境である。

 ただし、的にするものもないのだが……!

「では……気が済むまでどうぞ」

「は、はい……」

 ヘカテーの純粋な厚意を無下にするわけにもいかず、アリエルは取り敢えず浜辺で試射を行うことにした。

 流木やゴミを的にすれば、練習には困らないだろう。

(師匠、私頑張りますからね……!)

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