表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
第一章
37/527

Act.36『陰は光の下でⅢ』

 そこは、闇に包まれていた。

 太陽の光が届かない閉ざされた屋内の大きな歩廊。一定の間隔で壁に掲げられた燭台からこぼれる蝋燭の灯火が、周囲をぼんやりと照らしているだけの暗闇の道。

 そんな薄明かりの歩廊に、二つの足音が響く。灯火に照らされて浮かび上がる人影は、男と女のものだ。

 言葉を交わすこともなく長い暗がりの道を歩くその二人は、やがて歩廊の終着点である扉の前で立ち止まった。

 男は扉を軽く叩き、無言で室内へと足を踏み入れる。女もそれに黙々と続いた。

 二人が部屋の中に進むと、奥に光が一点に集められた場所が暗闇に浮かんでいた。そこに照らし出されているのは祭壇だ。

 花々が手向けられたその祭壇は、儀式のためのものではない。さながら死者の葬送を思わせる光景ではあるが、それはただ一人の人物を眠らせておくだけの寝床に過ぎなかった。

 色とりどりの花々に囲まれて祭壇で眠っているのは、可憐な若い少女だ。

 身体を包むように伸びた長く美しい銀の髪。幼さが残る(かんばせ)には、救いを求めるような悲哀の表情が浮かんでいる。白雪のごとき無垢な肌を包む純白のドレス姿をしたその少女は、まるで呪いを掛けられた眠り姫のように静かに息を止めて(・・・・・)いた。

 だが少女は死んでいるわけではない。かと言って生きているわけでもない。不思議なことに、彼女は生も死も曖昧な状態のまま、半年の時を過ごし続けていた。

 そんな眠り姫を祀る祭壇の前に、人影が一つだけあった。

 照らされた祭壇からの光を受けているため、その後ろ姿は影になっていて輪郭しかはっきりとは見えない。

 人影は自分の元へ近付いて来る足音に気付くと、一瞥もくれないまま口を開いた。

「──何の用、ゲイン」

 人影からこぼれたのは女の声だ。

 その冷ややかな声色を受けても男は意に介することなく足を止め、(こうべ)を垂れて粛々と告げる。

「首領、ご報告致します。例の彼女達がこちらへ一度帰還するとの事です。どうやら一定量の魂を蒐集し終えたようです」

「足りないわ」

 女の冷たい声が、さらに冷え切っていく。

 一言で部屋の空気が凍てつくかのような、そんな強い魔力を帯びた声。

 男は顔色一つ変えないまま、影の女に耳を傾け続ける。

「あの小娘共の仕事は緩慢過ぎる。あんな小娘共にいつまでも一任しておいていいワケ、ゲイン?」

「確かに彼女達だけでは、魂の蒐集は遅滞しております。しかしお言葉ですが、首領。我々も動くとなれば、恐らく総魔導連合(イデイン)も相応の戦力を投じてくるでしょう。彼ら──いいえ、彼女と事を構えるのは、貴女にとっても本意ではないのでは?」

「……」

 男の進言に、女は口を閉じた。

 同時に女の身体からは殺気を帯びた魔力が放たれるが、男はやはり動じない。

総魔導連合(イデイン)による妨害を考慮するならば、事を性急に推し進める必要はないかと。彼女達には念の為にノヴァ・ヴァナルガンドに付いてもらっていますし、有事の際には写本だけでも回収することになっています。

 進行は緩慢ではありますが、着実に前進しているかと。それでも現状にご不満ですか、首領?」

「……悠長にはしていられないのよ」

 女が微かな声で漏らした言葉を、男は聞き逃さなかった。

 不遜にして不敵なる“首領”が、そのような弱気な言葉を口にした記憶は男にはない。

 しかし男は表情を変えず、彼女の言葉を待った。

「敵を選んでいるような余裕があるのなら、早々に事を進めなさい。いずれ魔連には尾を掴まれるのだし、ならばさっさと進めるに越したことはないわ」

「……承知致しました。それでは早速、他の同胞を集めて協力を要請します。全員が集まってくれるかどうかは分かりかねますが、写本の提供者であるヨハンならば応じてくれるかと……」

「どうだっていいわ、そんな事。成果だけを私に示しなさい、ゲイン・フューリー」

「かしこまりました」

 女の冷徹な声に、男は喜色の混じった顔で応えた。

「では私とローザリンデはしばらくここを離れますので、彼女達とお会いになった際には、首領自らがどうかご対応をお願い出来ますか?」

「殺されたいの、お前」

「いえいえ。それは身に余る光栄ではありますが、私も今回の“実験”には個人的に興味がありまして。結果を見るまでは、首領の御手に掛かろうと死ぬ気は毛頭ありませんよ。……どうか無礼をお許しください。失礼致します」

 男は恭しく一礼すると、後ろで控える女性を連れて部屋を辞した。

 影の女は男の退室を確認して、再び祭壇に眠る少女へと目を向ける。

 悲しみの表情を浮かべるその少女を見つめて、女は先程とは打って変わって覇気のない声をこぼした。

「……貴女は今の私にどういう顔をするのかしらね、レイア」

 そう言い残して、女は影に溶けるように消えた。

 残された少女は物言わぬまま、静かに眠り続ける。救いを求めるようなその悲愴の顔は、まるで何かを待つかのごとく。

 ──だが今はまだ、その時ではなかった。



 祭壇の間を後にした男、ゲイン・フューリーは悠々とした足音を鳴らしながら歩廊を再び歩いていた。

 そんな彼の後に続く女性は、そこでようやく口を開く。

「副首領。これからどうされるおつもりで?」

「さっき話した通りですよ、ローザリンデ。これから他のメンバーへ協力を要請します。今回の“実験”は我々の協定に沿うものですから、彼らも快く協力してくれるでしょう」

「……アルハート様とレオナ様が応じるとは思えませんが」

「ああ、彼ら二人はそれで良いのです。むしろ彼らの場合、何もしてくれない方がこちらとしては助かりますからね」

 二人が長い歩廊を抜けると、そこには光に満ちた広間が広がっていた。

 何の飾り気のないその無味な空間にはただ一つ、円卓だけが中央に座している。

 彼らはそれを避け、ゆっくりとした足取りで外へと続く次の扉に向かっていく。

「我々が動くからには総魔導連合(イデイン)も相応の戦力を出してくると、貴方は述べられましたが。あの組織にはどう対応されるお考えで?」

「さて。それは個々人の判断に委ねるとしましょうか。彼らは上から物を言っても聞かない、個性的な人物の集まりですからね」

「……物は言い様ですね。そう言う無計画な貴方も、特に個性的な方だと私は思いますが」

「はは、これは手厳しい。……まあ私の性格はよく知っているでしょう、ローザリンデ。試練が困難であればある程、私は愉しんでしまう」

 白い髪に薄白い肌。病に冒されているのではないかと見紛う容姿をしたその長身痩躯の男は、白衣を翻しながら口の端を笑みで歪めた。

 男の弾むような足音を耳にして、既に愉しそうですね、とローザリンデは心の中でぼやきながら、そんな彼に離れず歩みを合わせる。

「──さあ、私達をどう愉しませてくれるのでしょうかね。“真理”に愛されし聖女様は」


 ………

 ……

 …

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ