Act.34『陰は光の下でⅠ』
ヴィクトル・フランシュタットは再び追われていた。
様々な小国が銀河の星々のように群れを成すステラルム連邦の東方。聖セレスティアル王国から南に逃れたその先で、死霊術師は獣型をした骨の死兵の軍勢を引き連れて逃走を続ける。
軍勢に守られながら馬型の骨に跨り全速力で駆ける彼を追う者達は、地上に次々とその巨大な影を落としていた。
ヴィクトルは自分の頭上を飛翔する追跡者達を睨み、苦い表情を浮かべる。
「連合に続いて何なのだ、あの連中は……! 何故私が追われなければならんッ!?」
彼が見つめる先にいるのは、翼を持った巨大な生物だった。
鋭い牙が並んだ大きな顎。腕は翼と一体化していて、硬い皮膚と強靱な筋肉を持ったその生物は、逃げる獲物を威嚇して獰猛な声を上げる。
竜──人類史に残る様々な伝説の中にも登場する魔物の一種であり、常に強大な存在として描かれる有名な生物だ。
魔界創造後、人界の片隅で息を潜めていた彼らもこちらに移り住んだことで、現代でもなお生き続ける“生きた伝説”の一つとなってる。
中でも翼竜種と呼ばれる飛行能力に優れた竜が五体、隊列を組んでヴィクトルを追い立てていた。
その動きは明らかに竜のものではなく、人間の知恵を吹き込まれているとしか思えなかった。いくら竜の知能が高くとも、個体能力にも優れた彼らが隊列などという集団戦法を必要とするわけがないからだ。
事実、地上にいるヴィクトルにはその姿を視認することは難しいが、翼竜達の背中に人間の気配をいくつか確認していた。つまり何者かが竜を操り、自分を狙っているということだ。
「チッ……振り切れんか!」
これ以上の逃走は無駄だと判断するや否や、ヴィクトルはすぐさま方針を転じた。
骨達を急停止させ、周囲の兵達の足も止めさせると、迎撃のために獣型から人型への変成を指示した。
飛翔していた翼竜達はその咄嗟の動きに即応出来ず、大きく旋回して方向を転換する。
ヴィクトルはその間に魔術を再構築した。
竜の硬い皮膚を相手取るには、今の戦力では不足している。刃を突き立てても傷付けることは叶わないだろう。故に兵士達を強化するべく、ヴィクトルはさらに大量の骨を“召喚”する。
ヴィクトル・フランシュタットは死霊術師でありながら、召喚術師でもあったのだ。
予め別の場所で保管した骨と霊魂を自身の元へ召喚し、それらを組み合わせて亡者の軍勢を作り上げる。それがヴィクトルが百年もの長き時を生き抜く中で確立した、彼の魔術スタイルだった。
ヴィクトルは己の定跡通りの手順で手早く軍勢の再編成を試みた──が、彼はそこで異変に気付く。
すべての死兵達がヴィクトルの制御下を離れ、勝手に動きを止めているのだ。それはまさに手足を奪われた感覚であり、ヴィクトルにとっては初めて体感する異常だった。
「何だ、これは……!?」
周囲を守っていた死兵達が向きを変え、ヴィクトルを一斉に包囲する。
魔術が破られた感覚はない。しかしコントロールを奪われたという明確な違和感はあった。
当惑するヴィクトルの元へ、翼竜達から五つの人影が降りてくる。
足音に気付き、ヴィクトルが睨んだ先にいたのは──
「……おん、な……?」
それは五人の女性達だった。
年齢にバラつきは見れるものの、誰もがまだ年若い。二十代に達しているかどうか、といったところだろう。
少なくとも誰もが容姿に反した年齢でないことは、雰囲気からして理解出来る。ヴィクトルほど長く生きている魔術師であれば、その程度の判別は一目瞭然だった。
若者には、やはり若者特有の青臭い気配があるものなのだ。
「小娘共……貴様らが竜を? いや、違うな」
ヴィクトルはゆっくりと高度を下げながらも飛び続ける翼竜達を見上げ、もう一つの人影を見咎める。
中央に位置する翼竜の背中に、一人の男が佇んでいた。地上に立つ女性達に比べて、一回りほど歳が離れている壮年の男だ。
つまりは彼女達を率いている者と見て間違いないだろう。
「……貴様達、何者だ? 何が目的だ!」
「──生憎だけど。墓荒しをするような卑しい野犬に話すことはないわ」
一人進み出た少女が、冷淡にそう告げる。
どうやら問答無用らしい。死兵達の制御がヴィクトルの手から離れた理由は未だ不明だが、それは大した問題ではない。
動くことも出来ない人形なら、一から作り直してしまえばいいのだから。
「ならば聞くまい、さっさと私の前から消えろ──Ad exactionem, Constituunt ingens brachium eiusッ!」
骨の死兵達が一斉に液体のように溶け落ちると、少女達の足許に激震が走った。
瞬く間に形成された巨大な骨の腕が地面を突き破り、少女達を一挙に握り潰そうとしたが、しかし彼女達は震動を感じた瞬間に先んじて四方に散っていた。
翼竜達も空へと舞い上がって巨大な指先から逃れる中、躱したうちの一人の女性が、骨の巨腕へ手を向けた。
直後、巨大な腕の動きが不自然に停止する。その一瞬の異変をヴィクトルを見逃さない。
「小細工を弄していたのは貴様か! Spinamッ!」
ヴィクトルが地面を踏み鳴らすと、巨腕の制御を奪った女性の足許に今度は骨の棘が瞬時に生成された。
そのまま女性の身を貫こうとしたものの、ヴィクトルの狙いを察した少女の一人が自身を盾代わりにして骨の棘を受け止める。
すると骨の棘はその少女を貫くどころか重く受け止められ、さらには棘の方が耐えられずに先端から砕け散った。
「な、ん……鉄をも貫くのだぞッ!?」
驚くヴィクトルだったが、少女達は彼にそんな余裕すら許さない。
二人にヴィクトルの意識が向いた隙にもう一人が、さらに二人の少女が続いて動く。空で翼竜達を操る男も、彼女達の行動に応じて独自に動き始めていた。
(ええい、ただの小娘共ではないな……!)
あまりにも戦闘慣れをした少女達の動きに、ヴィクトルは警戒の色を強めた。
その直後のことだ。ヴィクトルは不気味な視線を感じて、視線の主を見やる。
一人だけ距離を取っている少女の双眸から感じる魔力の昂揚。それは眼を介した奇蹟の発現、ただ視るだけで魔術現象が成立する異能の眼──“魔眼”の発動を意味する眼光だった。
その少女の紅い瞳から視線と共に発せられたのは熱気だ。ただ視界に収めるだけで任意の対象を発熱させるという強力な魔眼である。
「Wallッ!」
そんな脅威的な異能の視線を向けられたヴィクトルは、自身の前に骨の壁を構築し、視線を遮ることで辛くも防いでみせた。
どこまで骨が耐えられるかは分からないが、魔眼の視界から身を隠せば自身に効果は及ばない。とは言えこれからは魔眼の存在も考慮に入れて動かなければならず、その上で敵は容赦なく攻め立ててくる。
今度はヴィクトルの頭上から、男の操る翼竜達によって火炎の吐息が浴びせられたのだ。
瞬時に骨を幾層も重ねた防壁を自身の全方位に展開して護りを固めたヴィクトルだったが、骨の耐熱強度では竜の吐息を凌ぎ切れはしないだろう。
すぐに何か手を講じなければと考えを巡らせたその時、いつの間にか彼の足許に投げ込まれていた短剣が、まばゆい閃光を放ってヴィクトルの目を眩ませた。
「ッ──小細工ばかりを弄しおって……!」
そしてその生じた隙を突いて、魔眼を遮った骨壁が何者かに打ち砕かれる。
目が眩むヴィクトルはその姿を見ることも出来ず、壁を突破した一人の少女が、力強く拳を握り締めた。
「取った──!」
少女の声や足音を頼りに、ヴィクトルは咄嗟に両腕を構えて防御の姿勢を取るものの、少女はその防御の上から迷わず拳を叩き込んだ。




