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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
序章
34/527

Act.33『旅立ちⅡ』

 キョウがアタッシュケースに手を触れて数瞬見つめると、それを滑らせてアリエルの前へと押しやった。

 師匠にケースの中を開けるよう視線で促されたアリエルは、恐る恐るソファに腰を下ろし、アタッシュケースの鍵を開く。

 そして中身を開いてみると、そこに収められていたものを目にして、アリエルは驚愕で言葉を失った。

「……これ、って……」

 真紅の包装に収められていたのは、一挺の黒い銃だった。

 装填数は七発。リボルバー式の拳銃だが、銃身がやや大きく作られたその独特なデザインをした銃は、かつてアリエルを救い出した際に師匠が手にしていた魔術儀装だ。

 まだ銃が存在していなかった時代から彼が手にし、数多の魔法使いを戦慄させてきた歴戦の魔銃。言わずと知れた、師匠の愛用の品だ。

「『ヴァールハイト』──アリエル用に作った儀装を元に、重量や性能をお前向けに調整しておいた。大きさの関係上、お前の儀装に比べて違和感はあるだろうが、そこは使いながら慣れろ」

「く、くれるんですか!? これ、師匠の大事な儀装なんじゃ……」

「今は使っていないし、錆び付かせておくよりはお前に使ってもらった方がそいつも喜ぶだろう。だから大事な弟子にくれてやるよ」

「っ──」

 聞いている方が恥ずかしくなるような言葉を、彼はどうして臆面もなく言えるのだろうか。

 もはや彼の弟子であることの重圧などどうでも良いと思えるほど、アリエルの胸の内は歓喜で満たされていた。

「そいつがきっとお前を護ってくれる。だからいつも肌見離さず持っておくように。良いな?」

「はい……はいっ! 師匠の銃、大切に使わせてもらいます!」

「うむ、良い返事だ。ではオプションも揃えて渡しておくから」

「え?」

 キョウはおもむろにそう言い放つと、再び指を鳴らしてアタッシュケースの周りに次々と別のケースを喚び出した。

「魔弾用の弾薬百発、メンテナンス道具一式、携帯用のベルトとホルスター、あと取扱説明書も用意しておいたから。きっちり全部目を通せよ?」

分厚(ぶあつ)っ!? これ完全に辞書です、読める鈍器ですよ師匠! 私、特務の書類も読まなきゃいけないのに、これも全部読まなきゃいけないんですか!?」

「それは俺が『ヴァールハイト』について思い付く限りの情報を書き記した研究資料だ。お前に読ませる前提で三年間書き上げたから、必ずお前の役に立つだろう。これを読んだか否かで、お前の生存率は大きく変わると思え」

「……あ、ありがとうございます」

 三年間かけて書き記したもの。それはつまり、彼は最初からアリエルへ自分の愛用の儀装を受け継がせるつもりでいたということだ。

 どうしてそんなにも前から彼が愛銃を贈るつもりだったのか、その真意は分からないが──彼の分身を託されることを、アリエルは心の底から嬉しく思った。

「アリエル」

 キョウはソファから立ち上がると、不思議な声色で弟子の名を呼んだ。

 それは少女を三年間鍛え上げた師匠の声であり、それは少女を三年間見守ってきた家族の声だった。

 アリエルはそんな声に意識を強く引き寄せられ、自然と自分もソファから立ち上がっていた。

 きっと彼女は悟ったのだろう。

 彼がこれから告げようとしているのは、別れの言葉であると。

「お前を救い出したあの日から今日までの三年間、本当にあっという間だった。たった三年ではお前のことを満足に育ててはやれなかったが、まあ半人前以上の魔術師にはしてやれたと思う。だから胸を張れ」

「そう言われても、あんまり胸を張れないですよ……それ」

 笑って答えるアリエルの目から、早くも涙が流れ落ちた。

 当然だ。命を救われたあの日から、彼はアリエルにとって太陽のような存在だった。いつも傍に居てくれるのが当たり前で、彼には数え切れないほどの大切なものをたくさん与えてもらった。

 そんな彼がもうすぐ自分の前から姿を消そうとしているのだから、心は悲痛で軋む。今にも泣き叫びたくなる思いに駆られそうなほどに。

 アリエルはそれを踏ん張るように必死に耐えていた。

「いいや、アリエルは充分に強くなったよ。きっとルクスの息子も最初は驚くだろう。お前の実力を彼に見せつけてやれ」

「……は、い……っ」

 涙を流す弟子の元へ歩み寄り、師匠はその小さな身体を抱き締めた。

 刹那、アリエルは溢れる感情を抑え切れなくなり、嗚咽を漏らして師匠の身体にしがみつく。

 震える弟子の身体を強く抱き締めながら、キョウはさらに言葉を続けた。

「だが強くなったとは言っても、お前はまだまだ未熟だ。いつか必ず壁にぶつかる日が来るだろう。それは誰しもが経験するものだ、だから心を折るな。

 ──お前の胸に宿る“理想”を強く想え、そうすれば道は切り拓ける。師匠からの教えだ、よく覚えておくようにな」

「……はいっ」

「それから友達は作っておけ。俺達は家族にはなれても友達にはなれない。友達の存在は結構重要だぞ、俺も何度も助けられたくらいだからな」

「が、がんばり……ます……」

「あとは……そうだな。俺の他の弟子達には一度くらい会っておくと良い。麗龍のバカや自ら率先して多忙なルクスに会うのは難しいだろうが、黄泉なら会ってくれる筈だ。『八神(やがみ)黄泉(よみ)』──俺の二番弟子であり、お前の姉弟子だ。あいつも今は忙しい身分だが、まあそこはレイアが何とかするから」

「善処させていただきます。私にお任せください」

 結構な難題を押し付けられたレイアだったが、彼やアリエルのためならば苦労を惜しむ気はない。

 近日中には無理な話だが、いずれ二人のスケジュールを調整して面会の機会を必ず設けると約束した。

「それから……やれやれ、語り出すとキリがないな。俺も桜のことは笑えないか」

 抱擁を解き、アリエルの視線の高さに合わせて身を屈めたキョウは、心中複雑そうに笑う。

 最初から別れは覚悟していたことなのに、その瞬間を迎えることに抵抗を覚えるようになった自分を、彼は笑ったのだ。

 いつの間にか涙を止めたアリエルの目には、その笑みはとても優しい表情に見えた。

 心が奪われるような、そんな微笑みだった──

「状況が落ち着いたら、一度帰って来い。桜も言っていたが、あそこがお前の家なんだから。みんなで首を長くして待っているよ」

「──はい、絶対に帰りますから。もっと成長して、みんなを驚かせますから! だから待っててください、師匠!」

「……ああ」

 身を起こして弟子から半歩離れた青年は、双眸に淡い光を宿して自身を紫色の光で包み始めた。

 本当ならば一瞬で転移出来るにも関わらず、彼は名残惜しむようにゆっくりと光に覆われていく。

「アリエル。元気でやれよ」

「はい! 師匠もお元気で!」

「それと……レイア。一通り片付いたら、お前も一度こっちに来い。お前に会いたがっている人がいるからさ」

「それは……」

 こちらへ目を向ける彼に、レイアは戸惑いの声を返す。

 日本へ赴くことに対し、自身が軽々(けいけい)に動ける立場ではないことなど一切考えていなかった。聖女を戸惑わせたのは、あくまでも彼女の一個人としての問題だった。

 しかしキョウはそれを見越した上で言ったのだろう。そうでなければ、彼の口元があのように──レイアの悩む姿を楽しむように微笑みなどしない。

「……本当にもう、意地悪な人……はぁ、解りました。私も彼女には会ってみたいとは思っていますので、いつか必ず」

 レイアの返答に頷くキョウ。するとしばらく機を見計らっていたイリスが、ある人物から頼まれていた務めを果たす。

「イデア様、ユウヒ様から伝言です。『たまにはあたし達に顔を見せろ』だそうです」

「……どいつもこいつも顔を見せろって。解った、『首を洗って待っていろ』と伝えておいてくれ、イリス。お前も元気でな」

「ふふ、承りました。イデア様もお元気で」

 最後に改めて、キョウの瞳は弟子の方へと向けられた。

 師匠の姿を精一杯目に焼き付けたアリエルは、万感の想いを込めて最後の言葉を贈る。

「師匠! 三年間、お世話になりました……!」

「──じゃあな、アリエル」

 穏やかに笑うと、青年は燦然とした紫光の中へ一瞬にして埋もれ、弾けるように執務室からその姿を消した。

 自らが生まれた故郷の世界へと、彼の愛する日常へと帰って行った師匠の散らした残光がすべて消え去るまで、アリエルはじっと彼の佇んでいた場所を見つめ続けるのだった。


 ………

 ……

 …

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