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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
序章
33/527

Act.32『旅立ちⅠ』

 カフェで長らく休憩を取ったアリエルは、店を出て早々に大きな溜め息を吐き出した。

 今まで家族のように接していた人物が、よもや自分が生まれた世界を創り上げた伝説の人物達の一人であったとは夢にも思わなかったからだろう。

 これからそんな人物の弟子であると名乗っていくことに、途轍もないプレッシャーを感じ始めていた。

「知らなければよかった……」

「あはは……私の師もこの組織では有名な方ですから、同じ弟子の身として気持ちはお察しします。アリエルさんの場合、私なんかの比ではないと思いますが」

 そう言って慰めてくれる孔明に、アリエルは感謝の念が尽きない。本当に似た者同士だなと、彼女には出会った時以上に強い親近感を抱いていた。

「胃薬であれば、よく効く霊薬がウチには揃っています。その他にも何か薬が必要になった場合、我々医療科の元を訪ねてみてください。いろいろとサービスしてあげますから」

「あ、ありがとうございます……」

 親戚として気遣ってくれるメリッサにも、アリエルは深々とお辞儀した。

 何だかとても貴重なコネクションを手に入れてしまったアリエルだったが、しかし今の彼女にはそれを喜んでいられる心の余裕はなかった。

 そんな彼女の様子に苦笑しつつ、イリスは孔明とメリッサの方へ向き直る。

「ではお二人とも。私達はここで失礼致します。新年度でお二人も何かと忙しくなるでしょうが、頑張って職務に励んでください。期待していますよ」

「「はい」」

 大聖霊の言葉は“長”の言葉に等しい。そんな彼女から激励を受けた二人は、イリスへと恭しく頭を下げた。

「ちゃんと年度があるんですね……この組織」

「イデア様の設けた決まりの一つです。創立当時に彼の定めた様々なルールが、現代にまでほとんどそのまま残っているのですよ?」

「へ、へぇ……」

 また師匠の新たな偉業を聞いてしまい、アリエルの表情はさらに強張った。

 余計なことを言ってしまったと反省したイリスは、懐中時計で時刻を確認し、自身とアリエルを虹色の光で包み込む。

 そうして彼女達が転移で消えてしまう前に、孔明とメリッサはそれぞれアリエルへエールを送った。

「何か身体に不調を感じれば、遠慮せずに医療科へお越しください。我々はあなた方執行者を全力でバックアップ致しますので」

「どうか『アイン』の宿命に負けないように。あなたの活躍をアリスフルスは期待しています」

「あ、ありがとうございます! が、頑張りますので、お二人もお元気で……!」

 二人からのメッセージに照れた笑みを返して、アリエルは虹色の煌めきの中へと消えて行った。



 魔法医療科のトップ二人に別れを告げ、本部の散策を終えたアリエルは、イリスと共に再び“長”のいる上層フロアへ降り立った。

 今度はエントランスホールではなく、直接執務室の前に転移したらしい。重々しく荘厳な扉が、アリエルとイリスの前に静かに佇んでいた。

「ぅ……なんかドキドキしてきた……」

「ここを訪れた時は、イデア様とはあれほど親しくされていたではありませんか。どうか気楽になさってください」

「む、無理ですよぅ……!」

 身震いするアリエルを後目に、イリスは扉を開いて執務室の中へと入る。アリエルも観念して、彼女の後に続いた。

 そこには中世から現代にまで君臨し続ける聖女と、世界の開闢から魔界の基盤を築き上げた伝説の一人が待っている。

 師匠の壮絶な正体を知ったアリエルは、何とか平静を装いつつ彼と対面しようとしたが──

「よう、お帰り」

 執務室へ足を踏み入れた瞬間、アリエルは視界に飛び込んで来た光景を目の当たりにして唖然とした。

 二人を迎えたのは、デスクの前に置かれたソファに腰掛けた青年だった。暇だったのか、持ち歩いていたらしい小説を取り出して読書に(ふけ)っていたようだ。

 しかしアリエルが目を疑ったのはそんな彼の姿ではなく、青年の膝に頭を乗せてソファに横たわる聖女の方だった。

 総魔導連合(イデイン)に属するすべての者達を統べる魔法使いの王として、他者には威風堂々たる“長”の姿を見せる聖女レイア。アリエルもそんな彼女の威厳に触れ、早くも神聖視し始めていたのだが。

 キョウの膝に頭を預けてソファに寝転び、片手を遊ばせる彼に頭を撫でられながら無防備に眠っているその姿は、まるであどけない少女のようだ。

「まあ、随分と息抜きを堪能されているようで」

「疲れていたんだろう。それに少しはしゃいでいたからな」

「ふふ、そうですか」

 穏やかに寝息を立てる主の姿を微笑ましく見下ろしたイリスは、ややあって申し訳なさそうに青年へ視線を送った。

 このまま眠らせておきたいのは山々だが、そろそろ彼女には“長”の務めに戻ってもらわなければならない。

「レイア、時間だ」

「ん……」

 青年の声にすぐに反応して、聖女はゆっくりと目蓋を開く。

 まだ焦点の定まらない瞳は先ず彼を捉え、次に優美な笑みを浮かべるイリスの姿を視界に入れた。そして続けざまに、困惑した顔の少女の姿も見て──

「──っ!?」

 レイアは慌てて起き上がって、アリエルの方を凝視した。

 同時に気恥ずかしくなったのか、聖女の顔は見る見るうちに紅潮していく。例えるのは失礼だが、まるで沸騰したお湯に浸けられたタコのような変化の仕方だった。

 その限界に達した羞恥心をぶつけるように、レイアは隣にいる青年へと勢いよく詰め寄った。

「ど、どうして起こしてくれなかったのですか!?」

「起こしたじゃないか、今」

「今じゃダメですっ! 二人が帰って来る前に起こしてくださいと、私はお願いしましたよね!?」

「いや気持ち良く眠っている人間の邪魔をするなんて残酷なこと、俺には出来なかったからさ……」

「そんな事は気にしなくて良いですからっ! もうっ、意地悪な人……!」

 怒っているのに妙に可愛げがあるせいなのか、レイアの訴えを飄々とした態度で(かわ)すキョウ。

 あれが彼女の素なのだろうか、とアリエルは興味深そうに視線を送る。

 彼女は感情の起伏に乏しい人だとは思わないが、あそこまで激しく感情をぶつけるような姿は想像もつかなかった。聖女と呼ばれる者であろうと、育ての親の前ではただの娘になってしまうらしい。

 いや、それにしては何だかアレは……

「レイア様。アリエル様に本部を一通り案内して参りました。心苦しい限りですが、休息はここまでとさせてください」

「わ、解っていますっ」

 乱れた髪や衣服を手で整えると、レイアはすぐさまソファを立って自分のデスクへと戻って行った。

 キョウはそんな彼女から視線を切ると、読んでいた小説を閉じて、それを懐にしまいながらアリエルの方を見やった。

「どうだった、アリエル。俺のもう一人の妹の様子は」

「え。あ、え、えっと……あの、優しい人……でしたよ?」

「ん、何だ。やけに歯切れが悪いな」

「……申し訳ありません、イデア様。誠に勝手ながら、アリエル様に貴方様のことを少しお話ししてしまったのです」

 様子がおかしいアリエルを庇うように、イリスがキョウに対して頭を下げた。

 それを聞いて彼も納得したのだろう。少し考えるように黙った後、緊張しているアリエルに静かに声を掛ける。

「そうか。他人からの評価に敏感なお前のことだ、出来るだけ俺の経歴が重荷にならないようにと気を遣っていたんだが、知られてしまったのなら仕方がない」

 ウィスタリア家での“教育”によって価値観を歪められ、他人からの評価を過剰に気にするようになってしまったアリエル。それはキョウの元での三年間の修業でも払拭することは出来ず、結果として彼女は自分を評価する主な人種である目上の人間に対して不必要に緊張する体質になってしまっていた。

 そんな少女のことを思い、彼は自分の正体を隠してきたのだと言う。伝説の魔法使いの弟子と知られれば、誰もがアリエルの実力を評価するようになるからだ。

 その話を聞いたイリスは、自分の軽率な判断を深く恥じた。

「……本当に、申し訳ありません。私、そうとは知らずに……」

「別に謝らなくて良いよ、イリス。いつかは知られていたことだ。知られる前に特務で結果を出して自信を付けてもらえば、そんなものは気にしなくなるだろうと甘い考えを持っていた俺が悪い。だが俺がいる時に明かしてもらって助かったよ」

 そう言うと彼は指を鳴らして、目の前のテーブル上にアタッシュケースを一つ出現させた。

 するとアリエルはここから出発する前に、自分に渡したい物があると言っていた彼の言葉を思い出す。

 そう、それは自分の元から旅立つ弟子へと師匠が贈る、彼女のための餞別だった。

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