Act.31『イデア』
メリッサから投げ掛けられた提案に、アリエルは彼女の善意に感謝しながらも、首を横に振って拒否の意思を示した。
少女は知っているのだ。アインの血族を滅ぼしたのがたった一人の魔導師であるとは明かさなかったものの、師匠からは既に教えられていた。
“──『アイン』の名を冠する以上は、お前は再び命を狙われる可能性がある。それでも名乗り続ける覚悟はあるか、アリエル──”
師匠の問いに、過去のアリエルは肯定の言葉を返した。
アリエルにとって『アイン』とは、先祖から授かった秘術の継承を指す名ではない。亡き姉から引き継いだ名であり、あの日の無念を忘れないための大切な名だ。
だから失うわけにはいかないと、そう答えたアリエルに師匠達は生き抜くための術を徹底的に叩き込んでくれた。
それに命を懸ける覚悟はとっくに出来ていると、先程ユウヒにも示したばかりだ。
「お気遣いありがとうございます、メリッサさん。でも私が執行者に志願したのは、そういうのも覚悟の上なんです。だからごめんなさい……私はこのまま特務執行科で執行者として働きます」
「……そうですか。分かりました、今の話は忘れてください」
アリエルの目に宿る強い意思を見て、彼女の覚悟を曲げることは出来ないと悟ったメリッサは渋々と頷いた。
警告はした。非情ではあるが、警告を無視した彼女が今後どうなろうとメリッサに一切の責任はないだろう。
そう自分を納得させたメリッサは、最後に静かに大きく息を吐いた。
「アリエルさん、今年で十五歳になるんですか? まだ若いのに、あれほど立派な意思を持っているだなんて。流石はイデア様のお弟子さんと言ったところでしょうか」
話が落ち着いたところで、頼んでいた注文の品が四人の元へ届けられた。レトロな雰囲気とは裏腹に、運ばれてきたデザートは華やかなものばかりだ。
いつも頼んでいるお気に入りのケーキに舌鼓を打ちつつ、何か明るい話題を話そうと試みる孔明。
今日からアリエルが総魔導連合に参入ということで、必然的に話題はアリエルに関するものばかりだったが、その中で孔明が師匠のことに触れたことで、アリエルはターミナルで聞き逃してしまっていた疑問のことを思い出していた。
「あ、あの孔明さんっ。私の師匠のこと、どこまでご存知ですか!?」
「え? それはどういう……」
「私、師匠がこっちの世界ではどういう人なのか、全然知らなくて……」
「イデア様は貴女にご自身の素性を明かされていないのですか?」
「は、はい……聞いてもはぐらかされるんですよね……」
どうして彼は弟子相手に素性を隠すのだろうかと考えてみたイリスだったが、ふとユウヒと面会する前に、アリエルとアルトライトが交わしていた言葉を彼女は思い出した。
“──え、偉い人に会うのって緊張するので、私苦手です──”
“──君、あのイデアさんの弟子なんだろう? 俺なら絶対そっちの立場の方が、緊張してどうにかなってしまいそうだが──”
(……きっとそういう事なのでしょうね)
そもそも彼は自分の素性を誇示するような人物ではないが、アリエルに対して隠し続けている理由の主な要因はそれだろう。
彼の他の弟子達も、最初の一人以外は師匠の名声に当初は恐縮していた覚えがある。だが彼らは今では師の威名にも負けない、立派な魔導師に成長を果たした。どうかアリエルにもそうなって欲しい。きっとレイアもそう考える筈だ。
そんな期待を込め、イリスは後で怒られることを覚悟の上で、少女に彼の正体を明かすことにした。
「アリエル様。イデア様について、私が知っている限りのことはお話ししても良いのですが、その前に一つ質問です。貴女の目から見て、イデア様はどういった方ですか?」
口調は変わらないままだが、どこか雰囲気が変わったイリスに対し、再び姿勢を正したアリエルは素直な感想を答える。
「どうって……すごい人だと思います。魔術は何でも出来ますし、何だか化け物みたいに強くて、もしかして無敵なんじゃないかってくらいむちゃくちゃで……あっ、あと私のご先祖様や“副長”のエドさんとは友達で、“長”のレイアさんの育ての親だっていう話なんですよね。だから師匠って、意外とレジェンドな方なんじゃないかと私は予想してるんですけど──」
「そこまで分かっていて、何故気付かないのですか……」
思わずイリスが呆れてこぼした言葉に、孔明とメリッサも乾いた笑みを浮かべた。
三人の反応にきょとんとしたアリエルは、何か失言でもしてしまっただろうかと冷や汗を流す。
「……えっと、アリエル様。この魔界の創始者と呼ばれる方々の名前をご存知ですか?」
「す、すみません。むこうでは魔術の鍛錬しかしてなくて、元々世間知らずな田舎者だったので。私のご先祖様と、さっき会ったエドさんが創始者だっていうことくらいしか……」
「成程。私もまだ生まれていなかったので、当時を知るわけではないのですが。およそ千年前、魔界の創造を計画し、実行し、総魔導連合の前身となった組織において集った同志を束ねるリーダーを務めた五人の方々が、現代では代表として創始者と呼ばれています。
イデア様。
エド・グランド様。
麟麗龍様。
アウル・アイン様。
フレイヤ・セレネ・セレスティアル様。
彼ら五人が中心となって現在の総魔導連合の礎を築き、そして初代の“長”として幼年期の魔界の発展に尽力した創世の魔導師──それが貴女の師匠、イデア様ですよ」
「……………………………………………………え?」
アリエルはしばらく、頭が正常に働かなかった。
聞き間違いかと思いたかったが、真顔でそう語ったイリスや黙って聞いていた孔明とメリッサの反応から察するに、どうにも嘘ではないらしい。
総魔導連合初代“長”。魔法使い達の未来を案じ、仲間達と共に新世界を切り拓いて彼らに未来をもたらした導きの魔導師。魔界から姿を消した今、その存在は語られることが少なくなったものの、現代でもなお人々から畏敬の念を集める生ける伝説の一人が、イデア──アリエルの師匠であると。
「師匠が……乗り物に乗るとすぐに酔っちゃって、介護が必要になるようなあの師匠がっ……! 初代“長”ぁあああああ!?」
あまりの衝撃に、ここが店内であることも忘れて絶叫するアリエルを三人は苦笑して見守る。
密談のために予め席の周囲に小規模な遮音結界を設置しておいて良かったと、イリスは心から安堵した。憩いの隠れ家を失うのは流石に辛い。
さて、そろそろ彼女を主達の元へ連れ帰らなければならない頃合いだが、果たしてアリエルは彼とちゃんと話すことが出来るのだろうか──?




