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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
序章
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Act.30『アインの宿命』

 イリスと孔明の両名が常連となっているカフェは、木造の建物に合わせて内装も木製で統一した、レトロな雰囲気が作られた店だった。

 店内に流れる落ち着いた曲調のBGMによって静かな憩いの場として親しまれるそのカフェで、隅のテーブル席に陣取った四人はそれぞれの注文を終えて、ドリンクが運ばれてくるのを待っていた。

 ……多少の緊張感を、辺りに漂わせながら。

「アリエル・アイン・ウィスタリア……ですか。ウィスタリア家の断絶の報せを聞いた時は、ついにその時が来たかと胸を痛めましたが。一人だけ、幸運にも救い出されていたのですね」

 感情を窺わせないような冷静なメリッサの声が、テーブルの上にこぼれる。

 アリエルは彼女の言葉に小さく頷きを返し、そこから先の説明はイリスが代わりに務めた。

「彼女は三年前、レイア様の依頼によりイデア様に救出され、現在はイデア様の弟子として修業を積まれて特務執行科に所属することが先程承認されました。後日、アリエル様のメディカルチェックを貴女がたの下でお願いしますので、ご理解くださいませ」

「ええ、それは構いませんが……」

 答える孔明は、隣にいる補佐の顔色を窺う。

 いつも冷静なメリッサの顔が、いつになく曇っているからだ。それは彼女と長い付き合いである孔明にしか判らない表情の変化なのだが。

「“長”直々の……となると私には解せません。救い出したのなら、どうして彼女に『アイン』を名乗らせるのですか。それでは救出した意味がありませんし、ましてや特務の執行者として活動させるなど……“長”もその危険性は重々理解されている筈。あの方は一体何を考えておられるので?」

 メリッサは静かに、だが少し熱を帯びた声でイリスへと訴える。

 アリエルはそんなメリッサの様子から、彼女が自分の身を案じてくれているのだと察した。

 初対面と言えども、同じ祖を持つ者として思うところがあるのだろう。

「メリッサ様のご心配は分かります。私もかつて同様の意見をレイア様へ述べたことがありますから。するとレイア様はこう仰りました。『いずれ冠する必要のある名を、先に奪っておいても意味はないから』と。貴女ならば、この御言葉の意味が理解出来るかと思いますが」

「……まさか、この子が……?」

 イリスの言葉に、疑いの眼差しをアリエルへ向けるメリッサ。

 当のアリエルには全く真意が伝わらず、ただ疑問符を浮かべているしかない。

 そんな遠戚に当たる少女をじっと見据えたメリッサは、神妙な面持ちでイリスへと再び問い掛ける。

「……老婆心ながら、私としては彼女に『アイン』に付き纏う宿命を教えておいた方が良いと思います。彼女の様子から察するに、詳しくは教えられていないのでは? “長”のことですから、こうして私が彼女と出会うことを見越していたのでしょうが……ならば先達として、助言をしておきたいのです」

「──では“あの方”の名は伏せてください。あの方を悪し様に扱うことを、我が主は忌避しています。アリスフルスにとっても、あの方の名は忌むべきものでしょう?」

「……分かりました。元より我がアリスフルス家は、契約によりあの人物の名を口にすることが許されていません。曾祖父の代から私にまでその呪いは引き継がれていますので、そこはご安心を」

 イリスと何か確認を交わしたメリッサは、対面に座るアリエルを改めて見据える。

 その強い眼差しを受けたアリエルは、思わず背筋を伸ばして姿勢を正した。

「改めて自己紹介をしておきましょう。初めまして、アリエル・アイン・ウィスタリアさん。私の名はメリッサ・A・アリスフルス。あなたと同じく、始祖アウル・アインより秘術を授かった末裔の一人です。と言っても、既にアリスフルスはその継承を曾祖父の代で放棄した一族ですが」

「放棄……?」

 継承の放棄。それは始祖アウル・アインが子孫に与えた秘術『無限光』を、次代へ引き継がせることを自ら諦めたということだ。

 アリエルにとってその言葉は信じ難いものだった。何故なら始祖から秘術を受け継いだそれぞれの家系は、始祖の偉大な奇蹟を再現することを自分達の命題としたからだ。

 代々後継者に『アイン』の名を継がせ、己の血の中に眠る秘術の発現を命尽きるまで目指し続けた。自分の代で叶わずとも、次代である己の子供が秘術を発現させれば、始祖の栄光が自分達の一族にもたらされる。そう盲目的に信じて、どの家も……ウィスタリア家も過去の光を追い求め続けた。

 結局そんな野望など叶う日は来ることなく、セレスティアル家とアリスフルス家以外の四つの家系は、歴史の闇に消えてしまったわけだが。

「アリエルさん。あなたは自分の家が何故滅ぼされたのか、その理由を知っていますか?」

「……師匠から説明は受けています。『無限光』の発現を望まない人達が、その可能性を摘み取るべくすべての家を滅ぼしたと」

「達、ですか。……ええ、概ねその通りです。生き残っているセレスティアル家はそもそも『無限光』を子孫へ継承しておらず、我がアリスフルス家は秘術の継承を放棄し、呪いを受け入れることでターゲットから外されました。……そして秘術の継承に固執した他の四つの家系は、すべて滅ぼされた。あなたの知る『アイン』の歴史はここまでのようですね?」

 頷くアリエル。

 するとメリッサは一息吐いて、その先の真実を明かす。

「──ではそれらがすべて、たった一人の魔導師の仕業であると言えば、あなたはどう思いますか?」

「え……」

 それは師匠が触れなかった真実だった。

 敢えて触れなかったのだろうということは分かる。だが何故触れなかったのかはアリエルにも分からなかった。

 彼の性格から考えるに、誰かのためであるということは間違いないが──

「その人物は他の『アイン』への激しい憎悪だけで、レオンハルト、ハイデンライヒ、エンフィールド、ウィスタリアの四つの家系を事実上葬り去った。その人物が誰であるのか、それは残念ながら私の口からは明かせません。その人物を特定出来る情報を他人へ明かせないように、我々アリスフルスは見逃してもらう対価として代々そう呪われていますから。……ですがあなたに警告する自由は残っているので、どうか言わせてください。

 あの人は他の『アイン』の存在を決して許さない。あの人がもし摘み損ねた可能性(あなた)の存在に気が付いたら……いつか必ず、あなたの命を狙うことでしょう。あの人の執念はあまりに強く、それ故に恐ろしい。『アイン』を名乗ったまま執行者として各地を飛び回るということは、あの人へ自分の生存を知らしめるということ。ただの自殺行為でしかないと、私は考えます」

「……」

 メリッサからの警告に、アリエルは考え込むように押し黙った。

 そんな少女の反応を見たメリッサは、つい今し方思い付いた考えを彼女へと提案する。

「せっかく“長”に拾っていただいた命です。もし自分の命が惜しいと言うなら、遠戚の誼として私がすぐにでもあなたを魔法医療科へ転属させ、本部で勤務出来るように手配しましょう。あの人はこの本部には手出し出来ませんから、外で活動するよりはここにいる方が安全です。孔明先生も、アリエルさんの転属については認めてくださいますね?」

「えっ。……私は構わないけど、転属の手続きとなると執行科のユウヒ様にも許可をいただかないと……」

「まだ仮定の話ですよ。ですがもしそうなった場合、私が彼女を説得しますので。──どうなさいますか、アリエルさん?」

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