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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
序章
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Act.2『アインの名を持つ少女Ⅱ』

 突然の銃声に、少女は目を見開いた。

 今にも自分を襲おうとしていた怪物は頭蓋を吹き飛ばされ、灰となって身体の形を崩していく。

 その背後で怪物に銃口を突き付けていた美女──と見紛うような長髪の青年は、ゆっくりと一息吐いた。

 そして少女の前まで歩み寄ると膝を屈し、動くことの出来ない少女の目線の高さに顔を寄せる。

「……すまないな、君の家族を助けてあげられなくて。君は無事か? ケガはしていないか?」

 周囲の状況を忘れさせるような穏やかな声で、青年は少女に訊ねる。

 どうにか首を動かせた少女は、微かに震えながらも頷いた。

「残念だが……生き残っているのは君だけだ。近くの街も、屋敷の中も……みんな死んでしまったよ」

「っ──」

 それは少女にとって残酷な事実だった。

 しかし彼は敢えてこう言わなければ、次の言葉に繋げられなかった。

 簡潔に状況を理解させた上で、彼女には選んでもらわなければならない。

 これから自分はどうしたいのかを。

「君の身の安全は俺が保証しよう。もう何も失わせないし、必ず守り抜いてみせる。だから選んで欲しい。

 ──俺と一緒に来るか、ここに残るか」

 もはやそれは選びようのない二つの未来だったが、それでも彼は少女自身に選ばせることを望んだ。

 自分の未来は、己の手で選ぶべきだと──

「……わ、た……」

「ああ、上手く喋れないのか」

 少女の容態を察した青年がそっと彼女の肩に触れると、少女の身体から不思議と震えが消えた。恐怖心さえ拭い去られていた。

 声がいつものように発せられることを理解した少女は、紫色の双眸を力強く見据えて口を開く。

「わたしを……助けてください。もうこんなところにはいたくないから……!」

「──解った。それが君の答えなら、俺は手を貸すよ」

 青年は手を差し伸べようとして、自分が左手にまだ銃を握っていることを思い出し、慌てて懐にしまった。

 それをじっと見つめる少女に苦笑を見せ、改めて手を差し伸べた。

「君、名前は?」

 自分の手を強く握る少女へ、青年は優しく問い掛けた。

 すると少女は少しだけ逡巡するように間を置いて、ゆっくりと、文字をなぞるような調子で自分の名前を口にした。

「……アリ、エル。アリエル・アイン……ウィスタリア」


 ………

 ……

 …


 総魔導連合(イデイン)──

 それは魔界全土の治安維持を目的として魔界草創期に設立された組織であり、およそ千年の歴史を積み重ね、現代においても未だ強力な発言権を有する巨大勢力である。

 魔界を分かつ四大国家の一つ、北部に広大な版図を広げるアレーテイア共和国に本部を置き、実質的な政府としても機能している。

 そんな巨大組織の中枢、心臓部とも言える一室。組織を束ねる“長”であり、アレーテイア国の元首も務める存在の執務室に、三日後に一人の少女を救うこととなる長髪の青年の姿があった。

 その彼一人をこの場に招いたのは、デスクで執務を行っていた“長”の方である。

「隠居している俺をわざわざ呼び出して、一体何の用だ。お前の事だから、重要な用件だろうってことは理解しているつもりだが」

 青年がそう言って茶色い瞳を向けるのは、美しい銀髪の若い女性だった。

 その印象は、清廉潔白の一言に尽きた。

 整った面貌を彩る、何物にも染まらないような清らかな銀髪。その髪よりもさらに清く、穢れを知らない艷やかな白磁の肌。そして青年を真っ直ぐに見据える深い青の瞳には、彼女の高潔な意志が宿っている。

 名を、レイア・レア・セレスティアル。

 聖女──事実、その出自から多くの民衆にそう謳われ、神聖視され崇拝されてもいる魔界の大人物だ。

 なおかつ総魔導連合(イデイン)の“長”として七百年余も世に君臨していれば、人々にそのように扱われてしまうのも無理からぬことだろう。

 しかしそんな相手を前に青年は楽な姿勢で佇み、溜め息交じりに問いを投げていた。

 それを受けた聖女は少し申し訳なさそうに苦笑しながらも、すぐに組織の“長”として厳かに答える。

「私から直々に貴方へ依頼をお願いしたく、今回は声を掛けさせていただきました。……ここへ足を運んでくださった以上は、事情はもう概ね理解されているかと思いますが」

「いいや。俺はもうお前のように、巨視的な視点で世界を視てはいないよレイア。だからまだ本当に何も知らない。ここに来たのは、お前の呼び掛けだったからさ。

 俺が世俗に関わらない理由を知っているレイアが、わざわざ俺を呼び出した。つまりそれは、俺にも関わりのある問題だからなんだろう?」

「……はい。先に用件の概要を申しますと、貴方にこれから一人の少女の命を救っていただきたいのです。そして彼女を魔術師としてある程度育ててください」

「なに?」

 レイアの切り出した要求に、彼は眉をひそめた。

「どういう事だ?」

「──未来を視ました。数年先……三年後ほどでしょうか。この魔界を脅かす事件が起こります」

 静かに、聖女はそう告げた。

 彼女には生来、強い未来視の力がある。それも個人の範疇ではなく、人類規模の──世界全体の未来を視野に収めるほどの強大な力だ。

 レイアが聖女と謳われ、神聖視される背景にはその力の存在も関わっていた。

 だからこそ、青年も黙ったまま彼女に言葉の続きを促した。

「貴方に救っていただきたい少女の存在は、いずれ来る魔界の危機を防ぐための重要な鍵となります。その役目を果たしてもらうために、貴方に彼女を救っていただきたいのです」

「……その少女とやらは、俺が救わなければならないのか?」

「はい。貴方が彼女を救うことが最も重要なのです。そして彼女は貴方にとっても重要な存在であり……それを抜きにしても、私と貴方には因縁のある存在と言えます。──その彼女は、いずれ四人目の“無限光”となる者です」

「……」

 レイアの言葉を聞いて、青年は複雑な表情を浮かべてから目を閉じた。

 何かに思いを馳せるようにそのまま考え込んだ後、開かれた彼の瞳は紫色に変わり淡い輝きを帯びていた。

「……アインの後継者か。確かなのか?」

「私が視た未来では、確かに。ですが未だ覚醒はしておらず、その彼女は今日より三日後に襲われることになります。……彼女の存在を知った、あの人の放つ魔の手によって」

「アインの後継者……となると、確かに狙われるだろうな。用件の概要は解ったよ。俺がその少女を救わなければならない意味は、こちらで直に確認しよう。依頼については引き受けてやるが……どうして顔を曇らせているんだ、レイア」

 レイアの顔色が悪いことに気付いた青年がそう訊ねると、彼女はすぐには返せず言い淀む様子を見せ、やがて苦心の理由をしっかりと言葉にして答えた。

「貴方には……千人あまりの人命を見殺しにしてもらわなければなりません。貴方の力なら救える筈の命を……見捨てて、ください。たった一人生き残る少女……私が視たその未来に誤差を生じさせないためにも、彼女一人だけを……」

「もう良いよ、レイア。無理に続きを言わなくて良い。悪いことをしたな」

 青年は踵を返すと、指を鳴らして自らの足許に紫色の光で象られた魔法陣を展開した。

 そして魔法陣から溢れ出る光に身を浸しながら、彼は言葉を続ける。

「詳しい情報は、レイアが落ち着いてからこっちに寄越してくれ。俺は一先ず戻って、準備でもしておくよ」

「……すみません。本当なら、貴方にこの座を任された私が、すべて対応すべきなのに……」

「俺にも関係のある事なんだろう? だったら気にするなよ。……まったく、相変わらず融通が利かない娘だな」

 青年が笑みをこぼして閃光の中に消えた後、聖女は誰もいなくなった執務室で一人、唇を噛んだ。

 血が流れることを気にせず、悔しげに。ただ悔しげに。

「……私の魔導(キセキ)では運命を導くことしか出来ない。最悪の未来を回避するために、現在を変えることしか出来ない……ですが、貴女なら。貴女の奇蹟なら……そのためにも先ずは」

 聖女の深い青の瞳が、何かを捉えて淡く光る。

 しかしその光は弱々しく、再び力を取り戻すには多くの時間が必要だった。

「──お願いします、イデア様。どうか希望の光をお救いください。そしてどうか、あの人を……救ってください」


 ………

 ……

 …

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