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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
序章
29/527

Act.28『新たな執行者』

 早速アリエルは契約書の氏名欄にカタカナで自分の名前を書き込むと、右手の親指に魔力を集めて署名の横へ指紋を捺印した。

 直後、羊皮紙に記された名前と印された指紋が魔力によって淡く光を帯び、契約は正式に結ばれる。

 その光を見たユウヒが空中に浮かぶ契約書へ手を向けると、羊皮紙はひとりでに丸くなり、彼女の手元へと糸に引かれたように飛んで行った。

 ユウヒはそれを掴み取ると、契約書を開いてアリエルの署名と指紋を目視で確認する。

(……これって)

 そして光を放つアリエルの魔力を見て、ユウヒはとある既視感を抱いた。

 彼女の目に留まったのは魔力の波長だ。言わば個々人の魔力が持つ識別情報である。それは遺伝子や指紋のように完全に個人を特定するほどの情報ではないものの、ある程度は個人差が現れるものだ。

 そんなアリエルの魔力の波長について、この場で疑問を持つ者はユウヒしかいないだろう。おそらくこれに気付いているのは(キョウ)と“(レイア)”、それと日本で暮らす(アサヒ)達だけだと思われる。

(兄貴がわざわざあの子を自分達の元で育てたのは、これが理由ってわけか──)

 アリエル達に怪しまれないようにすぐに契約書を再び丸めたユウヒは、手早く魔術で封をして、それをプレアデスへと差し出した。

「はい、これであなたは正式に特務執行科の一員と認められたわ。今日からどうぞよろしくねー」

「は、はい。よろしくお願いしますっ」

 とても軽い調子の祝福を受けたアリエルは、喜びで胸を高鳴らせながらお辞儀する。

「じゃあ今後の活動予定については、いずれこっちからアルトを通じて連絡するわ。それまでに渡した書類には全部目を通しておくこと。ルールブックや保険に関する書類とか、いろいろ大事なものが入ってるわよ?」

「ぅ……分かりました」

 活字を読むのはどうも苦手だが、こればかりは弱音を吐いていられない。

 アリエルは自分が執行者になった事実を再確認するように、書類の収められた封筒をしっかりと握り締めた。

「それとアルト、あんたにはこれ」

 デスクの引き出しから何かを取り出したユウヒが、アルトライトに向けてそれを無造作に放り投げた。

 不意を打たれ、咄嗟に両手で受け取ったアルトライトが手の中を見ると、そこには冠の意匠が施された金色の徽章が収まっていた。

 ……その物体には見覚えがある。

 父の衣服の胸元でいつも輝いていた金色の証と同一のもの。それは紛れもなく、己がチームのリーダーであることを誇示するための特務徽章(レガリア)であった。

「か、母さんっ。こんな大事なものを雑に放り投げるなよ!? 確かこれ、貴重な素材で作られてるんだろ……!」

「まあそうなんだけど。でもソレ、ここにいくらでもあるしねえ」

 アルトライトが言うように、特務徽章(レガリア)は大魔術クラスの魔法すら抵抗(レジスト)する高級な魔石を使って作られているものだが、ユウヒは先程触れた引き出しを一瞥して事も無げに言ってのける。

 確かに彼女の言う通りではあるのだろうが、この徽章を換金すれば執行者の平均的な年収の数倍くらいに相当すると、父がかつて笑い話の一つとして語っていたことをアルトライトはよく覚えていた。

 少なくともアルトライトの現在の私財と同等の価値はあるだろう。

「じゃあここでの話はこれで以上よ。待たせて悪かったわね、イリス」

「いえ、私が待たされるのは構いません。それにまだ時間には余裕があるようですし、本部の案内は一通り出来そうなので安心しました」

「良かった。本部の中はうんざりするほど広いし、初めに案内しておかないと絶対迷子になるものねえ。じゃあアルト、あんたも彼女達に付いて行ってあげなさい」

「はい? 何で俺が……“長”には確かに同行してあげてくれと頼まれたけど、この部屋までの筈だぞ」

「冷たいわねー、どうせ暇でしょ? これから一緒に活動する仲間なんだし、今のうちに彼女と仲良くなっておきなさいよ」

「暇じゃない、休暇中だ。任務で昨日まで数日間動き回ってたんだから、休ませてくれても──」

 アルトライトがそう言って難色を示していると、母親から突然思念の声が飛んでくる。

 どうやら念話(テレパシー)で内緒の会話をしたいようだが……

『そんなこと言ってないで付いて行きなさいよ。ほら、彼女をよく見てみなさいって。目がくりっとしていて、小柄で随分と可愛らしいじゃない? 仲良くしておいて損はないわよ』

『……つまり何が言いたいんだ?』

『お母さん、アリエルちゃんならアルトの恋人にぴったりだと思う! 兄貴の弟子ってだけで価値は高いし、おすすめ物件ね!』

『……疲れてるのか、母さん?』

『なんでよぅ。あんた、今までずっと女っ気なく過ごしてるんだから、こういう機会でも活かさないと彼女出来ないわよー? アルトももういい歳なんだから、そろそろ色恋の一つや二つ経験してくれないと、流石にあたしも心配──』

『余計な、お世話、だッ!』

 一方的に母との会話を断ち切ったアルトライトは、さっさと踵を返してイリスへ告げる。

「すみません。これから私用があるので、俺はここで外させてもらいます」

「分かりました。ここまでお付き合いしていただき、ありがとうございます」

「いえ。……ではアリエルさん、俺はこれで失礼するよ。後日チームの顔合わせをしたいから、そのうち連絡させてもらう」

「あ、は、はい」

 ユウヒの余計な気遣いのせいか不機嫌になったアルトライトは、アリエルへ淡々とそう伝えると足早に執務室を去って行ってしまう。

 そんな彼を呆然と見送ったアリエルは、戸惑いながらユウヒの方を見た。

「な、何かあったんですか……?」

「いやー、ちょっとあたしが怒らせちゃってね。別にあなた達に付いて行くのが嫌だったってわけじゃないから、あなたは何も気にしなくていいわよ? あはは、思春期の男の子は難しいわね」

 アリエルにはよく事情が呑み込めなかったが、てっきり自分のせいで何か気分を害してしまったのではないかと思っていたので、一先ず安心した。

「ねえ、アリエル。あの子のこと、これからよろしく頼むわね。父親に似て真面目で良い子だけど、頑張り過ぎるところまでよく似てるから。母親としては、ちょっと心配なのよ」

「は、はあ……覚えておきます」

「ではついでに私の娘のこともよろしくお願いしますね。女の子同士、どうか仲良くしてあげてください」

「は、はいー……」

 プレアデスにも念を押すようにそう言われ、困り果てるアリエル。

 むしろ仲良くさせていただきたいのは自分の方なのだが。“管理者”と補佐の子供達がチームメイトだなんて、よそ者の新人であるアリエルの方が肩身の狭い立場だ。

 彼らの足を引っ張ったらどうしようと、今から不安でならない。

「ところでイリス、兄貴はまだこっちに居るんでしょ? せっかくだから十八年ぶりに顔くらいは見ておきたいんだけど、兄貴って今どこに居るの?」

「イデア様ならば今はまだ、レイア様と共に執務室に居られるかと。ですが私個人の意見としましては、お二人の元を訪ねられるのはご遠慮いただきたいですね」

「あー……そっか。うん、なら今回は諦めておくわ。じゃあ『たまにはあたし達に顔を見せろ』って、兄貴に伝えておいてくれる?」

「はい、承知しました。それではユウヒ様、プレアデス様。私達はこれで失礼致します」

 二人へ深々と一礼したイリスは、アリエルに微笑みを向ける。

「行きましょうか、アリエル様」

「あ、はい。し、失礼しましたっ」

「はいはーい。初任務、楽しみにしててねー」

 手を振って見送るユウヒの呑気な笑みを見つめるアリエルの視界が、虹色の閃光に遮られる。

 そうして新たに執行者として認められた少女は、次の目的地へと運ばれて行った。

 それを見届けたユウヒは、プレアデスの耳にも届かないような小声で、ぽつりと言葉を漏らす。

「……アサヒと同じ、生まれながらの“眷属”か。とんでもない新人が入って来たわね」


 ………

 ……

 …

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