Act.27『憧れを胸に』
「ああ失礼、説明しておかなければなりませんね。あなたやそちらにいるセン君のチームに、私の娘も加わらせていただくことになったのです。なのでお二人には、娘と仲良くしていただきたいと思いまして」
「娘さん?」
アルトライトが驚いたように言葉を返す。
プレアデスと面識を持ってから数年経つが、彼女に娘がいたことを彼は今初めて知ったのだろう。
「はい。娘の名前はメシエと言います。この度、アリエルさんと同じく特務執行科に新しく配属されることになった新人ですので、どうぞ遠慮なく接していただいて大丈夫ですよ」
「は、はあ……」
そう言われても、“管理者”の補佐を務めるような人物の娘となると、さぞかし優秀な人物に違いない。
そんな人に遠慮なく接していいと言われても、総魔導連合に初めて加入するアリエルには土台無理な話だ。
「ちなみにもう一人のメンバーも新人よ。御三家の一つ、御神家の次男坊。情報科の白焔の弟ね」
「……何だよ、新人ばかりなんだな」
母から補足された情報に、思わず眉をひそめるアルトライト。
さもありなん。初めてリーダーとして率いるチームが新人ばかりで構成されることに、少なからず不安を覚えるのだろう。
何せ彼らの命を預かることになるのは自分なのだから。今までは命を預ける側だったために何も感じていなかったが、預かる側になった途端に肩にのしかかってくる責任の重みを、アルトライトはひしひしと感じていた。
そんなプレッシャーに戸惑う我が子へ、ユウヒは母として、そして特務執行科“管理者”として助言を贈る。
「アルト。それがいつもお父さんが感じていた責任の重圧よ。あんたが生まれる前から、あの子がずっと背負い続けてきたものなの。それを初めて受け止めるのは大変でしょうけど、これからリーダーとしてやって行きたいのなら背負い切ってみせなさい。
──お父さんみたいになりたいんでしょ?」
「……」
母からの激励に、アルトライトは静かに頷いて不安を振り払う。
こういう見えないところでも、父は自分の知らない強さを持っていたのか。そう思うと、自ずとアルトライトの心にも覚悟の火が点いた。
──父のようになりたい。
それは確かにアルトライトが幼い頃から懐き続けている憧憬だ。
自分はそのためにこれから新たな一歩を踏み出そうとしているのだから、多少の不安なんかで足踏みをしている暇はないだろう。
「まあ、あたしは未だにアルトをリーダーにするのは反対なんだけどねえ。ルクスがどうしてもって言うから仕方なく認めただけだし。……はぁ、昔のあの子は、姉さんの言うことを何でも聞いてくれる素直で可愛い弟だったのになー。いつから姉さんに我を通すような子になってしまったんだか。まあ今のルクスのそういう強気なところも、あたしは好きなんだけど──」
「そういうのは俺のいないところでぼやいてくれ……」
先程の格好いい母親の姿は何だったのかと思いたくなるので、アルトライトは少し辛辣な口調で吐き捨てた。
プレアデスもそんな彼に同情したのか、話題を自分の娘のところにまで戻してくれる。
「私の娘は執行者としては新人ですが、魔術の腕に関しては私がそれなりに鍛えてあります。まだまだ未熟ではありますが、セン君の手を煩わせるようなことはないと私が保証しておきましょう」
「ありがとうございます、プレアさん。そう言ってくれると、俺も少し気が楽になりました」
「あら。御神の次男坊も、もう結構なやり手だって聞いたわよ? あの御三家の人間だもの、アルトもよく知ってるでしょ」
「そりゃまあ……陽桜さんと斬夜さんのことは、散々近くで見てきたから」
御神、御剣、御守──通称、御三家。
アレーテイアでは有名な魔術師の家系であり、同じ祖を持つ親族である彼らは、共通してある特殊な魔術特性を持っていることで知られている。
その使い手達を今まで間近で見てきたアルトライトは、もう一人のチームメイトに対して抱いていた不安をどうにか和らげることにした。
「ユウヒ様。そろそろアリエル様に契約書を書かせていただけませんか。この後も彼女には本部の各所を案内しなければなりませんから」
話に入れず、所在なげに佇むアリエルの姿を見かねたイリスが、扉の傍から声を上げてユウヒにそう促した。
するとすっかり息子の方へ意識が向いていたユウヒは、苦笑交じりに謝罪の言葉を述べる。
「あはは、そうだったわね……いやぁ、ごめんね。ついうっかりしてたわ、うん」
(姉妹でもアサヒさんとは全然性格が違うんだなぁ)
顔は瓜ふたつでも、姉とは全く言動が異なるユウヒを、アリエルは興味深そうに見つめていた。
そんな少女の元へ静かに歩み寄ったプレアデスは、抱えている書類入りの封筒を手渡し、それから一枚の羊皮紙をアリエルに見せた。
如何にも高級感溢れる羊皮紙にはアルファベットで何やら文章が長々と書かれていたが、日本でしばらく暮らしていたアリエルには、記されている文章の意味がよく読み取れなかった。
どうやら生まれ故郷で使っていた言語とも少し違うらしい。
「えっと、これは……?」
「契約書よ。特務執行科に所属する意思を確認するためのね。下の空欄に氏名を書いて、その横に指先に魔力を集めて捺印してくれる? 魔力で指紋が取れるようになってるから」
「名前……あの、それって日本語で書いても大丈夫ですか?」
「名前さえ書いてくれれば何でもいいわよ。……と言うかその風貌で日本語しか書けないって、なんか違和感があるわね」
「いえ、別に日本語しか書けないわけじゃないんですけど……私が日本語で書きたいだけなんです」
「そう。じゃああなたの書きたいように書けばいいわ。あ、でもなるべく字は綺麗に書くのよ? 一応、今後何百年も残すような代物になるんだから」
「は、はいっ」
たった三年間しか過ごさなかった地だが、アリエルにとっては思い入れのある第二の故郷だ。
そしてせっかく後世に名を残すのなら、彼女達から教わった言葉を使いたいという気持ちが心の中に激しく湧き上がっていた。
「それではペンを。触った瞬間に魔力を少し吸われますが、魔力がインク代わりになるだけですのでお気になさらず」
「なるほど?」
プレアデスから差し出された羽根のペンを受け取ると、ペンに触れた部分から確かに魔力を吸い出された。本当に微かに奪われただけに、何だかむず痒い気分だ。
ところでペンを受け取ったはいいが、書き込むためには羊皮紙を置く台か何かが欲しいところだ。このままでは文字が書き難いことこの上ない。
だが周りには書棚が並んでいるばかりで、台として使えそうなものはユウヒが使っているデスクと奥に置かれているプレアデスのものと思しきデスクしか見当たらない。
「あの、これはどこで書けば……?」
「ああ、ごめんなさい。プレア、そこで放してくれる?」
「はい」
プレアデスがアリエルの胸元の高さで羊皮紙を手放すと同時に、ユウヒはデスクの表面を指先で二度突いた。
すると丸みを帯びていた羊皮紙は先端まで血の通ったように広がって空中で停止し、その位置で“固定”された。
いきなり目の前で起こった現象には驚かされたが、アリエルはこれまで学んできた知識からその原因を導き出す。
「空間、固定……?」
「あら、ちゃんと勉強してるのね? でも惜しい、ソレにはもう一つ魔術が掛かっているわよ。触ってみれば分かるわ」
ユウヒに言われてアリエルが羊皮紙に触れてみると、肌触りは紙のままではあるが板のように硬くなっていた。
おそらくは硬化の魔術だろう。羊皮紙はまるで見えない壁に貼り付いているかのように固定されているため、これならばサインに苦労する心配はなかった。




