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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
序章
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Act.26『渇望』

 命の危険が何だと言うのか。そんなものを私は恐れはしない。それならば私はとっくに味わっている。

 あの死を覚悟することも出来なかった恐怖と絶望、そして悔しさを、強烈な記憶として三年前に焼き付けている。

 本当なら、私はあそこで終わっていた。無力なまま、ずっと秘めていた想いを遂げられずに死ぬ筈だった。あの刹那の無念に比べれば、これから付き纏うという命の危険など恐るるに値しない。

 だって──

「私は……昔、姉を事故で亡くしました」

 淡々と、アリエルはおもむろにそう語り出した。

 師匠達にだけ明かしたことがある、アリエルが胸に秘め続けていた渇望の源泉。アリエル自身が抱く理由と覚悟を語るのなら、それは明かす必要のある過去だった。

 その記憶を、少女はユウヒに対してただ静かに語り始める。

「それは幼い頃、私と姉が一緒に屋敷の近くの山中で遊んでいた時でした。突然、地滑りが起きて……私の目の前で姉はそれに巻き込まれたんです。私は慌てて両親に助けを求めました。姉はウィスタリア家の後継者でしたから、両親も必死になって姉を探しました。でも土砂の中から姉の身に着けていたものは見つかっても、肝心の姉はどこにも見つからず。……周囲を捜索しても一切手掛かりが見つからなかったため、一週間後に姉は事故死として扱われてしまいました」

 少女がいきなり明かし始めた過去を聞くアルトライトは、彼女の意図が分からず困惑したが、ユウヒは黙って耳を傾けていた。

「私はあの日、途轍もない無力感を味わったんです。どうして私は目の前で消えた姉を助けられなかったんだろう。私に何か力さえあれば、すぐに助け出せたかもしれないのに、って。だから私はその日から力を欲するようになりました。もう姉を救うことは出来なくても……あの日のような無念を味わいたくはないと」

 優しい姉だった。いつも褒めてくれて、慰めてくれて、可愛がってくれて、助けてくれて。

 後継者になるために父からきっと散々に罵詈雑言を浴びせられていただろうに、幼いアリエルにはそれを一切悟らせないほど、姉は優しくて強い人だった。

 けれどそんな彼女を、アリエルは助けることが出来なかった。だからこそ姉がいなくなってしまったあの日から、少女は幼い心に強い渇望を根付かせたのだ。

 ──私の力で誰かを救いたい、と。

「……私がウィスタリアの後継者になり、父に教えられることを何一つ出来なかった頃も……私はひたすら無力感に打ちのめされていました。どうして私はお姉ちゃんと同じように出来ないんだろうって。

 その悔しい日々が終わったのが、三年前のあの日──私は師匠に命を救われ、レイアさんに未来を示してもらいました。そして私にも、誰かを救える才能(チカラ)があると知りました」

 死都と化した街から自分を救い出してくれた師匠は、誰かを救いたいと熱望するアリエルにとって、まさに理想の存在だ。

 そんな人物から才能を認められ、自分に相応しい魔術を学び、技を鍛える日々。その日々と共に過ごした穏やかな日常と優しい人達に見守られた三年間は、本当に幸福な時間だった。

 この三年間があったからこそ、今のアリエルは何事にも揺らがぬ不屈の心を持ち、真っ直ぐに己の進むべき未来を見据えることが出来ているのだ。

 少女が見据える未来は、ただ一点──

「今までの三年間、私を救ってくれた人から魔術を教わり、戦う術も生きる術も叩き込まれて来ました。ほとんど素人の状態から始めたので、修業はとても大変でしたけど……苦しいとは全然思いませんでした。私もようやく誰かを救える力を手に入れられる、その一心で頑張って来たんです。

 ──そしてこんな私に、顔も名前もまだ知らない誰かがどこかで助けを求めてくれている」

 その一言と共に、アリエルの瞳に強い意思が宿る瞬間をユウヒは確かに見た。

 それは姉を失った日から、少女が胸に秘め続けた渇望を潤すもの。原動力となって、アリエルを三年間突き動かし続けてきた希望。これからもきっと、彼女の身と心を支えるものだ。

「一体いつ出会えるのかは分からないけど、私は自分の力で今度こそその誰かを助けたいんです。そのためには特務執行科に入るしかないと、師匠に教えられました。もしかしたら今どこかで私の助けを待っている誰かのためにも、その人を助け出す瞬間まで私は死ぬ気なんてありません。どんなに醜く足掻いてでも生き残れと、師匠から厳しく教わりましたから。だからどうか私にチャンスをください!

 ……これが私が、執行者になりたい理由と覚悟です。あの、何か急に長々と語っちゃってすみませんでした」

 最後まで少女の話を黙々と聞き続けたユウヒは、ふと天井を見上げて己の過去を思い出した。

 命が尽きかけていた姉を助けて欲しいと叫んだ、遥か過去の記憶。そしてそこへ導かれるように現れた青年に手を差し伸べられ、自分達は……

「うん、あなたの理由と覚悟はよく分かったわ。誰かを助けたいからだなんて、執行者になる理由としては随分と子供じみているけど。……でもそれって、困ったことにあたしの旦那と同じ理由なのよねぇ。あっちはバカが付くほど真っ直ぐ過ぎるんだけどさ」

「……」

 ユウヒの呟きに、アルトライトも苦笑する。

 母の言う通り、父はそういう人だ。

 悲劇を嫌い、惨劇を憎み、不条理を許せず、救いを求める人々には全力で自分の力を貸す。

 母はそんな夫を愛しているし、息子はそんな父を尊敬している。

 だからこそ、ユウヒはアリエルの述べた理由と覚悟を決して笑うことは出来なかった。

「よし、その覚悟や良し! アリエル・アイン・ウィスタリア、あなたの特務執行科加入を“管理者”ユウヒ・ウォーノルンが全権限を以て正式に認めるわ!」

「あ、ありがとうございます!」

「と言うわけで……お、丁度来たわね」

 ユウヒがおもむろに部屋の外へ目を向けると、軽い音を立てて扉を開く人影が現れた。

 それは妙齢の容姿をした赤髪の女性だった。生真面目そうな面持ちに、長身であることも相俟って一段と大人びた印象を受けるその人物は、ゆっくりと部屋の様子を見回した。

「ユウヒ様。もう恒例の問答は終わったのですか?」

「いま丁度ね。ありがと、プレア。書類を取って来てくれて」

「いいえ。あなたのうっかり性は今に始まったことではありませんので」

「あはは、ごめんってば。いつもみたく、あとで何か奢ってあげるからさ」

 懲りる様子のないユウヒを見て、女性は隠す気もなく溜め息を吐いて、デスクの方へと歩き出す。

 どうやらユウヒが忘れていたものを彼女が取りに行っていたようで、二人のやり取りから察するに物忘れは日常茶飯事らしい。

「紹介するわ。この子はプレアデス・バーミリオン。特務執行科の“管理者”であるあたしの補佐を務めてくれている、いわゆる秘書ってヤツね」

「管理補佐のプレアデス・バーミリオンです。どうぞお見知りおきを。そして特務執行科へようこそ、アリエル・アイン・ウィスタリアさん。管理補佐として、そして個人的にもあなたの加入を心より歓迎します」

「あ、ありがとうございます……?」

 プレアデスとはこれで初対面の筈だが、彼女に個人的に歓迎されるような因縁などあっただろうか。

 アリエルが疑問を覚えて小首を傾げていると、それを見たプレアデスが申し訳なさそうに微笑んだ。

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