Act.25『特務執行科』
虹の光に導かれてアリエルが二人と共に現れたのは、本部中層のとあるフロアのエントランスホールだった。
最初に訪れたターミナルに比べれば半分の規模もないが、それでも広大な空間が一面に広がり、数多くの人々が忙しなく行き交っている。
アリエルが物珍しそうに周囲の光景を眺めていると、隣に佇むアルトライトが律儀にも説明してくれた。
「ここがこれから君や俺達の活動拠点となる特務執行科の専用フロアだ。このエントランスホールでは受付で任務の報告を行ったり、他のチームの者達と情報交換や、チーム内で軽い打ち合わせを行ったりと様々な用途で利用される。集合場所にここやターミナルを選ぶことも多いな」
「簡単に言えば広い共用スペースですね。ターミナル同様、こちらも今後利用される機会が多い筈なので、紹介を兼ねてこちらへ移動させていただきました。では奥に進むとしましょう」
アルトライトの説明を補足したイリスが、エントランスの中央奥にある通路に向けて歩き始める。
少し遅れて彼女に続いたアルトライトの後に、アリエルも辺りに目を奪われながらも付いて行く。
通路は“長”が活動しているフロアの歩廊に比べれば狭いように感じるが、それでも複数人が横に並んで歩ける程度の広さは保たれていた。
通路には扉のない部屋の出入口が枝状にいくつも並存しており、歩きながら室内を覗いてみると、様々な種類の部屋を確認出来る。
そこには人の姿がいくつか散見されて何か活動している部屋や逆に無人の部屋、机と椅子が無数に並んでいる部屋や自動販売機と思しき装置が並ぶ部屋など多種多様な部屋が存在していた。
「あの、こっちって……?」
「こちらも執行者のための共用スペースがルーム単位で数多く設けられておりまして、執行者の皆様が各自それぞれの用途に応じて利用されています。我々が今向かっているのは最奥にある部屋でして、これから会っていただく人物の執務室があるのです」
「……それってやっぱり偉い人ですよね?」
「そうですね。これからお会いになるのは、アリエル様が所属されることになる特務執行科を束ねておられる方です。その立場にいる人物を我々は“管理者”と呼んでおります」
「“管理者”……うぅ、偉い人に会うのって緊張するので、私苦手です……」
「……君、あのイデアさんの弟子なんだろう? 俺なら絶対そっちの立場の方が、緊張してどうにかなってしまいそうだが」
「え?」
「さあお二人とも、着きましたよ」
二人が会話を交わしている間に、イリスの手によって再び転移したのだろう。
いつの間にかアリエル達の目の前には、重々しい木製の扉が存在していた。そして扉の上に掲げられたプレートには、『管理者 執務室』というシンプルな字が日本語で刻まれている。
まさか異界で慣れ親しんだ文字を見掛けることになるとは思わず、アリエルは小首を傾げた。
「あれ、日本語?」
「はい。特務執行科の“管理者”は、貴女が暮らしていた日本国出身の方なのです。一応、貴女にも縁のある方になるのでしょうか」
イリスがそう説明してくれるが、アリエルにはその意味がよく分からなかった。
日本出身で自分に縁のある人物。そう言われても思い当たる人物が全くいないのだが。
さらに頭に疑問符を浮かべるアリエルの様子にくすりと微笑むと、イリスは扉を強くノックした。
「イリスです。セン・アルトライト・ウォーノルン様とアリエル・アイン・ウィスタリア様をお連れしました。失礼致します」
断りを入れて、扉を押し開くイリス。
中へ進むことを彼女に促されたアリエルは、アルトライトと共に執務室へと足を踏み入れる。
広さは異なるが、部屋の構造は“長”の執務室と似通ったもののようだ。なので自然と視線は奥のデスクへと向かう。
そこにはこの部屋の主と思しき人物が、手を組んで来訪者達を待ち受けていた。
女性。肩まで伸びたミディアムの茶髪をした若い女性だった。年齢は窺い知れないが、その容姿は十代後半のものだろう。
身体はデスクに隠れていて見えないものの、アリエルは彼女の顔を見た瞬間、よく知る人物の顔を想起した。
「いらっしゃい。道案内ご苦労さま、イリス。アルトも休暇扱いの中、わざわざ呼び出して悪いわね。そしてようこそ、アリエル・アイン・ウィスタリア。アウル・アインの遺し児にして“兄貴”の四人目の弟子。あたしが特務執行科の“管理者”を務める、ユウヒ・ウォーノルンよ」
アサヒ。
アリエルにとって大事な恩人の一人である女性と、彼女──ユウヒ・ウォーノルンは瓜ふたつの顔をしていた。
先程、師匠がどうして別れ際に突然アサヒの名を口にしたのだろうかと気になっていた。その理由が、アサヒと似た顔を持つ彼女にあったのだろう。
「どうしたのよ、ヒトのこと見て驚いた顔して?」
「ぁ……い、いえ、すみません。私の知っている人と……その、顔がそっくりだったもので……」
「ああ、それってアサヒのこと? 何よ、兄貴ってばその辺り説明してないの? はぁ……相変わらず困った兄ね」
ユウヒはそう言って溜め息を吐くと、改めて自己紹介を重ねた。
「あたしの名前はユウヒ。アサヒの双子の妹であり、あなたの師匠の義理の妹の一人よ。ついでにそこに突っ立っている男の子の母親でもあるわ」
からかいを含んだ視線を母から向けられ、目を逸らすアルトライト。
一方で驚きを隠せないアリエルはついつい声を失ってしまうが、ユウヒは構わず言葉を続けた。
「さてと、挨拶も済んだところで早速本題に移るけど。──アリエル・アイン・ウィスタリア。あなたは何故、この部屋に呼ばれたと思う?」
「えっ。そ、それは……」
唐突な問い掛けに、アリエルは何も答えられない。
すると隣に佇むアルトライトが、すかさず助け舟を出してくれた。
「特務へ入ろうと願う者へ、“管理者”自らが最初にその理由と覚悟を問う。それが母さんの決めた鉄の掟だからだろう?」
「ちょっとアルトぉ? 種明かしが早いわよ」
「肝心なのは理由と覚悟を問うことなんだろう? どうでもいい質問で新人を困らせてやるなよ」
「はあ、アルトったらもう早速一丁前にリーダー風を吹かせちゃってまあ。なに、その質問で新入り時代のあんたを困らせたこと、まだ根に持ってるの? あ、そう言えばあの時は答えをなかなか出せなかったアルトに、横にいたお父さんが助け舟を出してくれたわよねぇ。あー、やっぱりそういうところは親子で似ちゃうんだ」
「うるさいな……早く本当の本題に移れよ、“管理者”様」
気恥ずかしいのか不機嫌になるアルトライトに促され、ユウヒは再びアリエルの目を見据える。
そこには今まで気さくに息子と話していた母ではなく、特務執行科に所属する約一万人の命を預かる責任者としての顔が現れていた。
「あなたが兄貴に弟子入りし、こうして特務に入ることになった経緯はだいたいレイアから聞いているわ。正直、未来だの運命だの、それが示されているからと言って流されてウチに入るような小娘の命なんて、あたしは預かる気になれないのよ。
執行者は魔術戦に関わることを前提としている存在。それは他人に危害を与えることを是とし、他人から危害を与えられることも覚悟しているということなのよ。だから常に命の危険が付き纏うし、実際に命を落とした執行者だって過去に大勢いる。ここはそういう仕事を請け負うところよ。……あなた、今年で十五歳になるんでしょう? 戦乱の時代ならともかく、比較的平穏な現代においてその歳で命を懸ける必要なんてない筈よ。
──それでも執行者になりたい理由と覚悟が、あなた自身にはあるのかしら?」
彼女の語る言葉は正しかった。
命の危険。執行者が活動の一環として魔術戦を想定している以上、それは決して避けられないモノだ。執行者が傷を負うことなど日常茶飯事だと、師匠はアリエルに言い聞かせるように言っていた。
しかし──アリエルの表情は、その程度のモノでは一切曇りはしなかった。




