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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
序章
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Act.24『聖女の素顔』

「イリス。アルトライト君とアリエルさんを、彼女の元へ案内してあげてください。そろそろ事前に約束しておいた時間になりますから」

「承知しました。さあ、おふたりとも。こちらへどうぞ」

 指示を受けたアルトライトがイリスの元へ歩み寄るのを見て、アリエルは思わず不安げな顔を師匠に向ける。

 ここから移動するのだと分かり、それで思い至ってしまったのだろう。

 もしかしたらこのままここで師匠と別れることになるのではないか、と。

 そんな弟子の不安を見抜いているキョウは彼女の傍へ寄って、安心させるようにアリエルの頭を軽く(はた)いた。

「安心しろ、勝手に帰ったりなんかしないからさ。帰る時にはちゃんとアリエルの元へ挨拶しに行くよ。それにお前には、最後に渡しておきたいものがあるからな」

「私に渡したいもの……?」

「まあそれは後でのお楽しみだ。そら行って来い、アリエル。これから会うのはお前や彼にとってのボスに当たる存在だ。あいつはアサヒと違って解りやすいほど優しくはないから、くれぐれも機嫌を損ねないようにな」

「わわっ」

 勢いよく背中を押されて扉の前に向かわされたアリエルは、もう一度だけ不安の表情をキョウに見せた後、意を決してイリスの傍へと歩いて行った。

 アルトライトとアリエルが目の前に立つと、イリスはキョウとレイアへと目礼し、虹色の光を自身、そして二人に纏わせた。

 直後、光の中に彼女ら三人の姿は消え、部屋の中から忽然と消え失せた。

 残されたレイアとキョウは、虹色の残光が消える様子を最後までしっかりと見届けた後、同時に静かに息を吐き出す。

「……これでレイアからの依頼は完了だな」

「はい、ありがとうございます。……本当に、ありがとうございました。キョウ様」

「礼など要らん。きっかけはお前に頼まれたからとは言え、俺達はあの娘を家族として迎え、本気で愛し育てた。お前の言う希望の光かどうかなんて関係なくな。だから感謝されるような謂れはないよ」

「はい。私もそう在って欲しいと望み、彼女を貴方がたに委ねましたから。けれど感謝はしたいのです。……今まで何一つ救えなかった光達の中から、ようやく最後に一つだけ……この手で救うことが出来ましたから」

 淡々と語りながら、自分が負った責任を一つ果たせたことに安堵するレイア。

 しかしすぐにその顔には焦燥の色が滲み始め、彼女の仮面は剥がれ落ちる。そこには人々に崇められる聖女の(かお)も、多くの魔法使い達を束ねる“長”としての貌もなかった。

 キョウはそんな己の罪過に悔やみ続ける“娘”の傍へと、静かに歩み寄る。

「次は今度こそあの人を救わなければ。……もう苦しむ必要はないのだと、私が言わないと。あの人をあのように呪ってしまったのは、私だから……」

 ここにはいない誰かに向けて、まるで謝るように独白をこぼすレイアの手を、青年は横からそっと掴み取る。

 そして手を握って、彼女の意識を自分の方へと引き寄せた。正気に戻ったレイアは、驚いた顔を彼に向ける。

「まったく……何でも一人で抱え込むなといつも言っているだろうが。そういうところ、本当に昔の俺にそっくりだな。あの件に関しては俺にも責任があると、何度お前に言えば良いんだ?」

「でも、原因は私に──」

「ああ、その先の言葉はもう聞き飽きているから言わなくて良い」

 レイアの唇を指で押さえて言葉を遮ったキョウの眼が、真っ直ぐにレイアの瞳を捉える。

 救うべきはレイアの言うあの人だけではない。後悔の念に囚われ続けているレイアもまた、キョウにとっては救われるべき一人である。

 だからこそこの三年間、彼はアリエルの育成に力を尽くしてきたのだ。

 レイアがついに見出した希望の光を、彼女の視た未来で輝かせるために。

「俺にも責任があるんだから、遠慮なく俺達にも背負わせろよ。出来得る限り、お前の見つけ出した希望の光を俺達は育て上げておいた。アリエルがあれ以上成長するためには、外界での様々な経験や出会いが必要になるだろう。それこそお前の言っていたもう一人の運命の子の存在が、アリエルには重要になってくるのかも知れない。それを導いてやれるのはお前だけだ」

 預かった希望は見事に育った。

 だからその希望を、彼は聖女の元へと返す。

「どうかあの子の事をよろしく頼むよ、レイア」

「──はい、それは勿論」

 焦燥に塗れていたレイアの顔が、青年の言葉によって穏やかに安らいでいく。

 そんな彼女の表情を見て友からの忠告を思い出したキョウは、彼がわざわざ仕事の前に自分に会いに来た意図に気付いて、つい失笑してしまう。

「あの、どうかされましたか……?」

「……いいや、何でもないよ。ちょっとお節介な男のことを思い出していただけだ」

「?」

 言葉の意味が解らず首を傾ぐレイアだったが、不意に彼に握られたままの手を引かれ、椅子から立たされた。

 その勢いが余って上手く立ち止まれなかったレイアは、目の前に佇むキョウの身体へと抱き着くように寄り掛かってしまう。

 力加減を間違えたキョウは、寄り掛かったまま自分へ体重を預けるレイアに素直に謝った。

「ああ、すまん。……ってこんなに軽かったっけか、レイア?」

「……おや、もう忘れてしまったのですか? では定期的にこうして確かめていただかないと困りますね」

「そう言われる方が困るんだが……」

「ふふ。冗談ですよ」

 青年から身を離し、悪戯をした子供のように笑う聖女。

 すっかり調子を取り戻した……どころか元気になった彼女の様子に安堵すると、キョウは応接用のテーブルの方に目を向ける。

 そこには自分達を歓迎するためなのかティーセットや茶菓子が用意されているのだが、まだしばらくはアリエル達は戻って来ないだろう。

 せっかく淹れてある紅茶をそのままにして放置しておくのは何だかもったいない。なのでキョウは気分転換がてら、レイアをティータイムに誘うつもりでいた。

「アリエル達の用事が済むのを待つ間、二人だけで茶会でもするか。積もる話もあることだし……って仕事は大丈夫か、レイア?」

「はい、大丈夫ですよ。大きな仕事はエド様が代わりに引き受けてくれたので、キョウ様がお帰りになるまでは暇をいただいております。『少しは息抜きをしておけ』と彼には怒られてしまいましたから」

「……あいつ、本当にお節介だな」

 友の気遣いの多さに呆れつつ、聖女の手を引いてソファまで連れて行くキョウ。

 彼に促されて先に腰を下ろしたレイアは自分の隣へ視線を送ってから、ティーポットに手を伸ばそうとするものの、彼女に指定された席に座ったキョウに手で制されてしまう。

「良いよ、俺がやるから。レイアは大人しく座ってろ」

「でも、御客人はキョウ様の方ではないですか」

「レイアに任せると何か危なっかしそうで、不安だからな……」

「流石にお茶くらいは注げますよ……もう、バカにして」

 拗ねて顔を背ける聖女に苦笑し、キョウは手早く二つのカップへ紅茶を注いだ。

 魔術で保温されていたのか、カップからは微かな甘い芳香と共に湯気が立ち上る。

 キョウは先に一口だけ紅茶を口にすると、そっぽを向くレイアへやおら神妙な声を投げ掛けた。

「レイア。世間話を始める前に、先ずこちらの世界の現状を知っておきたい。さっきイリスに聞いたが、既に事は動き始めているという話だが?」

「……そうですね。その事について、私にもキョウ様にご意見を伺いたいと思っていました」

 自分に顔を向けるレイアに、ソーサーに乗せたカップを差し出すキョウ。

 それを丁重に受け取ったレイアも紅茶を一口含み、気持ちを一度落ち着けてから淡々と語り始めた。

「それでは我々が現状掴めているあの人と──『トゥーレ』の動きを、貴方にお話しておきましょう」

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