Act.21『旧友Ⅰ』
紫色の光に運ばれて青年と少女が降り立ったのは、総魔導連合本部の下層に位置する、大きな広場の一画だった。
転移を終えたアリエルは、早速大きな溜め息をこぼしてがっくりと項垂れる。
「はぁ……なんかもう疲れちゃいましたよぅ……」
「これから始まるところだろう、なに疲れてるんだよ」
「だ、だって仕方ないじゃないですか! 感情がなんかこう全力疾走って感じで、とにかくいろいろ大変だったんですからぁ!」
「気持ちは解らんでもないが、しっかりしてくれよ。少なくともこれから昼過ぎまでは休む暇なんてないぞ」
「うへぇ……」
それはつまり今から四時間以上は、何かしらの行動で拘束を余儀なくされるということだ。
考えるだけでどっと疲れが増してくるような気がした。……いや、それは気のせいではないようだった。
「……あのぅ、師匠。なんかさっきから息苦しいと言うか、こう……身体が圧されているような気がするんですけど、これってなんですか? 多分ここに着いてから感じてるんですけど」
「ああ、それは軽いマナ中毒だろう。マナの薄い人界に三年もずっと入り浸っていたからな。こっちのマナの高い濃度に身体が驚いて、中毒症状に似たことになっているんだよ。別に人体に悪影響はないし、すぐに慣れて落ち着くだろうさ」
彼の言う通り、話しているうちに得体の知れない息苦しさは次第に薄れ、謎の圧迫感も消え去っていた。
(ふーん……こっちはマナが濃いのかぁ)
マナ──魔素とも言うように、文字通り大気中に存在する魔力の素とも言えるものだ。魔術師にとっては魔力の補給源の一つであり、魔術にも転用出来る一見便利な存在だが、これを魔術に利用するのは不向きだと言われている。
何故なら百のマナを集めてようやく一の魔力になり、その一の魔力に変換するために要する時間は個人の技量や資質にも依るが、おおよそ数十秒から一分程度だという。長時間掛けて自身の消費した魔力の回復に使うならばまだしも、即座に魔術へ転用するには不便過ぎるのだ。
「ところで師匠、ここはどこですか? なんか見た感じ、駅の改札口みたいな場所ですけど」
周囲の景色を見やって、アリエルは抱いた印象を素直に言葉にする。
その言葉を聞いたキョウは、感心したように声を漏らした。
「ほう、察しが良いな。ここは魔界の各地にある魔連支部に置かれた転移門と通じるターミナルだ。まあ、要するに駅だな。ここから執行者や調査員は魔界の各地へ移動し、最終的にここへ帰って来るんだ。今後お前もよく使うことになる場所だから、ちゃんと覚えておけよ? そのためにレイアに断りを入れて、先にここへ案内したんだからな」
「はあ……なるほど」
てっきり到着早々に聖女様と再会することになるだろうと思っていたため、肩透かしを食らったような安堵したような複雑な気分だ。
「それじゃあ……レイアさんの所へは、いつ……?」
「そう慌てるなよ、これからちゃんと会わせてやるから。それとここではレイアのことは“長”かレイア様と呼んでおいた方が良いぞ。この世界に住んでいる者の多くは、あいつを女神のごとく崇拝しているからな。この魔連にも信者は結構多い。あいつの名前を気安く呼んでいたら、罰当たりなどと言われかねないぞ」
「えぇ……でも師匠は普通に呼び捨てじゃないですか」
「そりゃそうだろうよ。俺はあの娘の親代わりだぞ」
改めて考えると、魔界の多くの住人が信仰している聖女の育ての親であり、魔界の創始者の一人とは友人関係だと自称する師匠は、そもそもどういう立場の人間なのだろうか。
昔は魔界で活動していたが、現在は人界で隠居の身という大雑把な自己紹介は師匠自身の口から何度か聞いていたものの、彼の──彼らの詳しい過去については一度も聞いたことがなかった。
この際、ここで本人に聞いてみるべきかと思い立ったアリエルだったが、
「その娘が噂のお前の新しい弟子か、キョウ」
突然聞こえてきた男性の声に、質問の機会を奪われてしまう。
声の方へ目を向けたアリエルは、そこに佇む青年の姿をまじまじと見据えた。
容姿の年頃は、師匠よりも少し上ぐらいだろうか。背は高く、金髪にオーシャンブルーの瞳を持った特徴は何となく欧州系の血筋を思わせた。
師匠に気安く声を掛けてきたということは、おそらく知り合いなのだろう。事実、その金髪の青年を目にしたキョウは、驚きと喜びの入り混じった声を漏らすと、すぐに彼の元へ歩み寄って行く。
すると二人の青年は、互いに微笑み合って固い握手を交わした。
「久しぶりだな、エド。えーっと……かれこれ二十年ぶりくらいか?」
「二十二年ぶりだ。お前が人界へ渡って以来になる。何の音沙汰もなかったから流石に心配していたが、相変わらず元気そうで安心したぞ。彼女達は元気なのか?」
「ああ、みんな元気だよ。全員で仲良く平穏に暮らしている。お前も元気そうで何よりだ。ついでに麗龍のヤツは元気か?」
「あの女は元気が有り余り過ぎていて、未だに落ち着きがなくて困る。己の立場も弁えず本部を離れ、今も魔界のどこかを渡り歩いているだろう。……お前からもあのお転婆に何か言ってくれ、アレでも一応お前の弟子なのだから」
「互いに師弟って認識でもなし、あいつが俺の言うことなんか聞くかよ。俺の言うことを素直に聞いてくれる弟子なんて、黄泉かルクスか──」
久々の友人との再会でついつい話に花を咲かせていたキョウは、服の裾がぐいぐいと引っ張られる感触を覚えて自ら言葉を遮った。
後ろを振り返ってみれば、拗ねた表情を浮かべるアリエルが自分の服を掴み、じっとこちらを見上げている姿を目にしてしまう。
まるでそれは捨てられた子犬を思わせるような表情で、流石のキョウも反省せざるを得なかった。




