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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
序章
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Act.19『旅立ちの日Ⅰ』

 人界の日本は、春を迎えていた。

 寒々とした冬の冷気はすっかり消え去り、暖か過ぎず、寒過ぎもしない心地のいい春の陽気が早朝から優しく身体を包み込んでくれる。そんな過ごしやすい季節。

 ──あれから三年の月日が流れた。

 三年もあれば未知の世界であった日本文化にもすっかり慣れ親しみ、人生の五分の一にしか満たない年月を過ごしただけでありながら、自分の魂は大和に起源があるのではないかと思えるほどに、少女はこの世界での日常に染まり切っていた。

 春眠暁を覚えず。そんな素晴らしい言葉がこの国にはあるらしい。いや起源は外の国だったような気がするが、取り敢えず良い言葉だと思う。

 何せ春の朝は堂々と眠り耽っていても良いと詠っているのだと、師匠はそう言っていたのだから──


「こらーっ! アリエちゃん、起きなさーい!」


 眠気に身も心も委ねる少女の意識を揺り起こす大きな声。

 聞き覚えのある声ではあったが、少女──アリエル・アイン・ウィスタリアは眠気に抗えず、耳を塞ぐように掛け布団の中に顔を埋める。

 すると直後、布団は声の主によって強引に剥ぎ取られてしまった。

「う、うぅ……なにするんですかぁ、桜さぁん……」

「なにするんですかじゃありません。もう朝だよ? ちゃんと起きて、顔を洗わないと」

 薄っすらと目蓋を開けば、そこには見慣れた少女がベッドの傍に佇んでいた。

 自分を本当の妹のように可愛がってくれている年上のお姉さんであり、三年間とてもお世話になっている人物の一人である桜だ。

 初めて出会った頃に比べて髪を長く伸ばし、二つに束ねていた髪は後ろ髪を背中へ下ろしたせいか、何だか大人びて見えるようになった。

 それだけでなく、成長期ということもあって身長も少し伸びた。アリエルも同じく成長してはいるものの、彼女の華麗なる変貌ぶりに比べれば自身の成長など微々たるものだろう。

 神様は不公平だ。どうして私は未だにチビだの貧相だの言われ続けないとならないのか……!

「ほら、起きてください。もう……三年間ですっかりキョウ君のダメなところも学んじゃったよね、アリエちゃん。明るい性格になってくれたのはいいんですけど……」

「うーん……そう言う桜さんは、すっかり性格が落ち着いちゃいましたよね。お淑やかになったと言いますか、女らしくなったと言いますか。昔はあんなに元気過ぎる問題児だったのに……」

「だ、誰が問題児ですかっ」

 事あるごとに師匠が桜のことをそう呼んでいたのだが、これは自分の口から明かさない方がいいだろう。

 ごろごろとベッドを転がりながら、そんなことを考えるアリエル。

「それに……はぁ、おっぱいも大きくなっちゃって。私なんて全然なのに……わー、相変わらず下から見上げるとすっごい……」

「ど、どこをじっと見てるのっ」

「……今、Dでしたっけ?」

「──アリエちゃん。そろそろ起きないと、怒るよ?」

「はいすぐ起きますごめんなさいでしたぁ!」

 清楚でお淑やか、小柄でスタイルの良い美少女に成長なさった桜さんは、怒らせるととても怖い。誰もが見惚れるような愛らしい笑顔を浮かべながら、心の中では鬼神のごとく激しい怒りを燃やすのだ。

 普段は桜をからかう師匠ですらすぐ素直に謝ってしまうほどなのだから、推して察するべしだ。

「ちゃんと顔を洗ってから居間に来るんだよ? みんな、もう待ってるからね」

「はーい」

 立ち去る桜を見送り、アリエルは大きく一息吐いてベッドから立ち上がる。

 今日は特別な日だ。

 桜は普段通り振る舞ってくれていたが、自分を最後に起こしに来てくれたということは、彼女も意識してくれているのだろう。

「……うん。部屋は綺麗だね」

 三年間使い続けた部屋を見回して、ちゃんと整理整頓されていることを確認する。

 一昨日まで散々に散らかっていた部屋だが、昨日まる一日を費やしてどうにか片付けることが出来た。我ながらよく頑張ったと思う。

「物……いっぱい増えたよねぇ」

 最初は必要最低限の家具しか置かれていなかった部屋も、今では数多くの私物が所狭しと並んでいる。

 どれも手に入れた日の出来事を鮮明に思い出せるほど、思い入れのある大切な物ばかりだ。

 そんな品々を眺めて、アリエルは言葉なく別れを告げる。

「……よし、行くか」

 昨夜自分で用意した着替えに手を伸ばす。

 ただ着替えるだけなのに、今日だけはたっぷりと時間を使おうと思った。

 何故なら、今日は。

 ──私は、この家を巣立つのだから。



 準備を終えたアリエルが居間に顔を出すと、そこには既に桜を含めて住人全員がいつもの席でテーブルを囲んでいた。

 成長した桜を除けば、三年前と変わり映えのしない顔が並ぶ。悠久の時を生きている彼らからすれば、三年前など昨日のような感覚だろう。

 むしろ彼らが変わらないでいてくれる方が、アリエルとしてはとても安心することが出来た。

「皆さん、おはようございますっ!」

「おう、おはようさん」

 自分から元気に挨拶すると、最初に返事をくれたのは尊敬する師匠(キョウ)だった。

 いつもと変わらぬ調子で言葉を返してくれたのは、彼なりの気遣いなのだろうか。単なる思い込みだとしても、アリエルはそれが嬉しかった。

 ついつい口元を綻ばせながら、アリエルはいつもの自分の席へと向かう。

「おはようございます、アリエルさん。昨晩はよく眠れましたか?」

 腰を下ろすと、隣に座るアサヒが早速そんな言葉を掛けてくれた。

 弟子入りした日の朝にも、彼女が同じように声を掛けてきてくれたことをよく覚えている。

 彼女のそんな優しさのおかげで、アリエルはすぐにこの家に馴染むことが出来たのだ。

 感謝しようにも、言葉では言い尽くせないほどの恩義を彼女には感じている。

「はい、それはもうぐっすりと!」

「……アリエルは読と違って、遠足の前日は寝られるタイプだもんね」

「おいそこ、何でわざわざ(たと)えに私を使った?」

 同じく隣に座るフェイトや、向かいに座る読は背丈が近かったからなのか、よく一緒に遊んでくれて仲良くさせてもらった。そして師匠やアサヒと共に魔術を教え込んでくれた小さな先生達でもあるため、そちらの面でもとても感謝していた。

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