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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
序章
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Act.12『師弟Ⅱ』

 アリエルが後ろへ振り返ると、そこには想像通りの人物が入口の柱に寄り掛かるようにして佇んでいた。

 起きたばかりだからなのか背中まで流れ落ちる黒髪を束ねておらず、より女性に見間違えそうになるが“彼”に間違いない。

 今まで見ていた青年の姿に比べると、とても気が抜けていて別人と思えるほど覇気がないのだが。

「兄様、おはようございます。今朝はお早いのですね?」

「ああ……まあ今日くらいはな。ふわぁ……」

 眠そうにあくびをするあたり説得力はないが、彼にとって今日は特別な日らしい。

 一体何の日なのだろうとアリエルが小首を傾げていると、隣でアサヒがくすくすと笑っていた。

「今日はアリエルさんが、兄様に弟子入りされる最初の記念日ですよ」

「ぁ……」

 そう、アリエルは今日から彼の弟子となる。

 彼を師として今日から三年間、魔術師になるための教育を受けるのだ。それは今まで受けてきたウィスタリア家の後継者になるための教育とは、本質が大きく異なるだろう。

 彼が一体どんな指導をするのかは分からないが、これから初めて触れることになる体験が少しだけ楽しみであった。

「……ん、どうした」

 じっと自分を見据えるアリエルの視線に気付き、意識を目覚めさせながら見下ろす青年。

 すると少女は何やら気恥ずかしそうに頬を赤く染め、何かを言おうとして口ごもる。

 アリエルの様子に首を傾げるキョウに対し、アサヒが彼女の気持ちを代弁し始めた。

「兄様。アリエルさんはどうやら、兄様をどう呼べばいいのか困っていらっしゃるようですよ」

「ぅ……」

「呼び方? そんなの適当で良いじゃないか。師弟という関係を結ぶ以上は、適切な……そう言えばまともに俺のことを“先生”と呼ぶのは、黄泉だけだな……」

「他の二人に関しては、兄様がそう呼ばせないだけではないですか」

「まあ確かにそうだが……ふむ、そうだな。“先生”と呼ぶのは黄泉が担当するとして、アリエルからは“師匠”と普通に呼んでもらうことにしようか。決定、アリエルは“師匠”担当だ」

「それは担当を決めることなのでしょうか……」

 失笑するアサヒの傍らで、アリエルは呆然と青年を見据え続けていた。

 彼女が何か葛藤しているような素振りだったので、それを黙って見守るキョウ。やがてアリエルは意を決して、

「お、おはよう……ござい、ます。し……ししょ……う……」

 初めての呼び掛けに恥ずかしがりながらも、少女は彼を『師匠』と呼んだ。

 それを受けたキョウは、微笑みながら挨拶を返す。

「ああ、おはようアリエル」

 師匠からの返事に嬉しそうにはにかむ少女を見ていると、二人は師弟と言うよりもまるで親子のようだが、アサヒは黙っておくことにした。

 と、そこへ台所から、照が固定していた着物の袖を解きながら三人の元へとやって来た。

「おはようございます、キョウ様。朝食の準備が整いましたが、如何なさいますか。先に我々だけで済ませましょうか?」

「フェイトと読はまだ起きて来ないだろうしなぁ。アリエルが起きているんだし、先に──」

 言葉の途中で、彼は何かに気付いたのか居間の外──玄関の方へと視線を向けた。

 同時に遠くの方で引き戸が開く音が鳴り響き、程なくして来訪者が姿を現す。

 それはアリエルとあまり背丈の変わらない、小さく可愛らしい姿をしていた。

「おはようございます、皆さん!」

「おや、桜さん。おはようございます」

「おはようございます、桜様」

「お早う」

 黒髪を二つに束ねた小柄な少女の登場に、アサヒや照、謙信が律儀に挨拶する。

 驚いて固まるアリエルの正面で、一人だけ呆れ顔を浮かべるキョウは、桜の頭を手でがっしりと鷲掴みした。

「おはよう、桜ちゃん。いま何時だと思うか言ってご覧?」

「え、七時前くらいじゃないかな?」

「何でそんな朝っぱらから、他人の家に平然と上がり込んでるんだ? お前の家、ここから徒歩二十分は離れてるよな? お前は我が家でラジオ体操でもする気か、うん?」

「早起きは得意なんです!」

「そういう質問をしてるんじゃねえよ!?」

 えへんと小さく膨らんだ胸を張る桜の頭を、キョウは容赦なくぐりぐりと撫で回す。

 突然の来客に加え、彼女の話している言葉が分からないアリエルは頭に疑問符を浮かべ続けていた。

「桜さん、今日はどうしてこのような時間に? いつもはお家で朝食を摂ってから、こちらにいらっしゃいますよね?」

「それはもちろん、この子が今日からここで暮らすと聞きまして! えーっと……ありありちゃん、でしたっけ?」

「アリエル・アイン・ウィスタリアだ」

「アリエ……そう、アリエちゃん!」

「諦めるなよ、桜」

 キョウの手を払い除けた桜にビシッと指を差され、思わず数歩後退(あとずさ)るアリエル。

 昨日、目を覚ました時には顔を合わせた少女だが、この家には住んでいないらしく、まだ紹介されていないだけに警戒心を抱かずにはいられない。

 しかし彼女はそんなアリエルに構わず、ぐいぐいと歩み寄って来た。

「アリエちゃん、ちょっとお話があります!」

「……?」

「桜様。まだ彼女には日本語は通じませんよ」

「えっ。あ、そうでしたね。キョウ君、翻訳してくださいっ!」

「えぇ? ……かったるいなぁ。対話魔術(アンチバベル)くらい、そろそろ覚えろよ桜。謙信ですら使えるんだぞ」

「ですら、は余計だろう、主。そもそも私は魔術師ではないのだから──」

 気に障ったのか、テーブルの向こうから抗議の声が上がるが、青年の耳には届いていないようだ。

「だ、だって今まで覚える必要なかったもん! みんな、ここでは普通に日本語を使ってるじゃないですか!」

「はぁ……解った解った。じゃあ桜の分の術式を俺が新しく組んでやるから、桜がそれを利用してくれ。“連理”を介せば出来るだろうから」

「あー、なるほど……うん、了解ですっ」

 二人が何か言葉を交わしている様子をアリエルはぼんやりと眺めていたが、おもむろにキョウが指を鳴らし、桜が両手を合わせると、二人の身体から同時に魔力が流れ出した。

 と言っても火花が散るような一瞬の出来事だったが、紫と桜の二色の魔力が乱れなく共鳴する様を見て、アリエルはその美しさに思わず目を奪われた。

「えー、こほんっ。これでやっと会話ができますね、アリエちゃん?」

 すると魔力を収めて話し掛けてきた少女の言葉を、アリエルは一瞬にして理解することが出来た。

「あ……えっと。ど、どうも? さ……くら、さん……?」

「はい、桜です。せっかくなので先に自己紹介しておきますね。えーっと──」

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