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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
序章
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Act.11『師弟Ⅰ』

 少女が聖女に対して答えを出した翌日の朝。

 己の運命を選び、再び人界・日本にあるキョウの住み家へと戻ったアリエルは、無意識に布団の外へと出してしまった手に触れた肌寒さで、静かに目を覚ました。

 未だに見慣れない木製の天井が視界に入った違和感で、意識が少しずつ鮮明になっていく。

 アリエルはゆっくりと半身を起こすと、自分が眠っていたベッドを見下ろして、自分の置かれた状況を改めて再認識した。

「……そっか。今日から私……」

 一昨日寝かされていた客間ではなく、昨夜から自室として与えられた部屋を見回して、アリエルはようやく実感する。

 ──今日からここが、私の家なんだ。

 しみじみとその実感を噛み締めたアリエルがベッドの傍を見ると、テーブルの上にいつの間にか置かれた、自分用の着替えを発見する。

 ベッドから出ると、全身を包む冷気で身震いしてしまうが、アリエルはテーブルの前に座り込んで丁寧に畳まれた衣服を手に取った。

 おそらく誰かの私服なのだろうが、比較的新しい物なのか、売り物と比べても遜色ないほど綺麗だった。

 そこから感じられる誰かからの温かな親切心に、アリエルの目からふと涙が一筋こぼれ落ちる。

「……誰か、起きてるのかな」

 涙を拭って時計を見れば、まだ朝の六時を過ぎたばかりだ。起床するには少しだけ早い時間だなと感じたが、アリエルは着替えて家の中を歩いてみようと思い立つ。

 これから自分の家になるのだ、早く家の構造を覚えておかなければ──



 自分がこれから住む家は、どうやら日本の家屋にしては大きい部類に入るようだった。

 敷地の広さの表し方をアリエルはまだよく知らなかったが、とにかく大きい。以前暮らしていた屋敷に比べれば当然狭くはあるが、七人で共同生活をするには余りある広さだ。倍の人数が居ても充分に生活は出来るのではないだろうか。

 その他、寝室以外にもいくつか用途の違う部屋があり、アリエルにはどれもどういう部屋なのかはよく分からなかったが、初めて見る分にはそれだけでも楽しかった。

「ん……?」

 ある程度の部屋を周り終えて廊下を歩いていると、何やら小気味良い物音が居間の方から聞こえてくる。

 釣られるようにアリエルがそちらに向かい、居間に恐る恐る顔を出すと、そこには既に三人の女性の姿があった。

 居間に隣接した台所に佇むのは、朝食の準備を行っているアサヒと照。居間では謙信が席に着き、黙々と読書に耽っているようだった。

 するとアリエルの気配に気付いた三人が、それぞれ手を止めて少女へと目を向けてくれる。

「おはようございます、アリエルさん」

「アリエル様、おはようございます」

「お早う」

 三者三様、それぞれから挨拶を受けたアリエルは思わず固まった。

 まさか先に相手から挨拶をされるとは思わなかったからだ。いつもは自分が先に挨拶をしないと、ひどく怒られていたものだから。

 どんな些細なことでも、やはり今までとの環境の違いを感じてしまう。何事にも一々驚いていては申し訳ないと思うアリエルだが、そんな少女を気遣ってか、アサヒは台所を離れてアリエルの元に歩み寄って来た。

「お、おはよう……ござい、ます……」

「はい、おはようございます。昨晩はよく眠られましたか?」

 真正面からそう優しく訊ねられると何だか気恥ずかしくなり、頷きしか返せないアリエル。

 そんな少女の反応に微笑んだアサヒだったが、壁時計を見上げて少し困ったように笑う。

「アリエルさんが早起きされたのは大変喜ばしいのですが、いつもの朝食の時間までまだ一時間くらいありまして。兄様もまだ起きて来られませんし、ずっと待たせてしまうのは何だか申し訳ないですね……どうしましょうか」

「あ、あの……ここで待ちます……よ?」

「いえ、それは大変申し訳ないのでっ」

 ポニーテールがまさに尾のように揺れるほど、(かぶり)をぶんぶんと横に振って困り顔を浮かべるアサヒ。

 彼女はこの家の住人の中では最古参の人物だという話だが、こうして話してみるとそのような印象はまったく感じられない。

 むしろ五人の中では最も若者らしい反応や仕草を見せるので、アリエルとしてはとても親しみやすさを感じた。

「照さん、謙信さん。アリエルさんの暇潰しになるようなもの、何かありますかね?」

「そうですね、何があるでしょうか……むむむ」

 呼び掛けられた二人のうち、照は調理の手をそのまま動かしながらも深く考え込む。

 最古参ではないものの最年長の存在だという彼女は、その言葉通りとても大人な人だという印象だ。

 物腰の柔らかいアサヒに近い人柄をしているものの、彼女と比べればどこか気品があると言うか、聖女(レイア)に近しい雰囲気を感じられる。

 一方で謙信という女性に関しては照同様に大人らしい人だとは思うものの、二人と比べれば何だか近寄りがたい雰囲気がある。

 いつも読書をしていて、あまり話さないような印象があるからかも知れないが……

「ふむ、読書だな。本を読んでいれば、人はいくらでも時間を過ごせよう」

「まあ確かにそうなのですが……アリエルさん、今まではどういった本を読まれていましたか?」

「えっと……魔術書、とか……」

「ま、魔術書ですか。兄様はそういった類の物は集められませんし……えっと、ウチにある本と言えば……謙信さんは恋愛物ばかり読まれますから、やっぱりそういう物しかありませんよね? 特に長編を好まれていますし、時間を潰すにはちょっと不向きですね……」

何故(なにゆえ)か? 私としては先ず『源氏』など薦めたいが」

「それはいきなり重過ぎます」

 アサヒと謙信の会話の内容はよく分からなかったが、取り敢えず自分に気を遣ってくれているらしい。

 しかし、突然増えた新しい居候を相手に、彼女達はどうしてここまで優しくしてくれるのだろう。直接救い出してくれた彼はともかく、彼女達にとってはいきなり現れた見ず知らずの小娘の筈だ。

 そんな存在が不意にやって来て、迷惑じゃないのだろうか──

「──迷惑ではありませんよ」

「え?」

 アサヒが急に口にした言葉を耳にして、アリエルは驚いて口元を手で塞いだ。

 声に出していた自覚はないのだが、うっかり考えていたことを喋ってしまっていたのだろうか。

 混乱するアリエルに、アサヒは優しげに微笑みかけながら言葉を継いだ。

「最初に挨拶した時に言いましたよね? 私もあなたと同じように、かつて兄様に命を救っていただいたのだと。他の皆さんもそれぞれ事情は異なりますが、この家に住んでいる人は全員、兄様と過去に何かしらの形で深く関わり、助けられ、導かれ、結果として共に生きることを選んだ仲間なのですよ。

 だから私達は全員、あなたのことを歓迎しています。あなたは私達にとって見ず知らずの少女などではなく、同じ縁で結ばれた新しい仲間なのですから──」

「……」

 不思議な感覚だった。

 友人。仲間。ずっと屋敷の中で生きてきたアリエルにとって、そういった存在についてはまだよく解らないものの……自分がそのように扱われるだけで、何だか胸の奥がじんわりと温かくなるような感覚があった。

 それは全く初めての感覚ではあったが、嫌な感じではなくて──


「何だ、仲良くやってるじゃないか」


 と、アリエルの背後から、おもむろにそんな声が聞こえてきた。

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