Act.105『妖精猫の王国ⅩⅩⅧ』
──それは、“魂の蒐集家達”と呼ばれている者達に襲撃され、その目を欺いて退けた直後のことだった。
戦闘で消費した魔力の回復に努めていたヴィクトル・フランシュタットは、そこで奇妙な二人組と遭遇していた。
片やローブに身を包んでフードを目深に被った細身の男。
片や堂々と素顔を晒す翠緑の髪の男。
謎の集団に襲われたばかりだったヴィクトルは、突然現れたその二人の男にもすぐさま警戒の色を示す。
「何者だ、貴様らは。先ほどの小娘達の仲間か……!」
「───」
ヴィクトルの問い掛けに、顔を見せている男は何も答えずに隣の人物へ目を配り、判断を委ねる。
その視線に促されて前に進み出たフードの男も、ヴィクトルには何も答える気がないらしい。
「近寄るなッ! それ以上動くならば──」
敵意は感じられないものの、同胞を持たないヴィクトルにとって己以外は等しく敵に過ぎなかった。
警告を口にしながらも、周囲に白骨の尖兵をすぐに作り上げて自衛を図るヴィクトル。
そんな死霊術師に対し、
「煩わしい。寝ていろ」
フードの男が淡々とそう告げた途端、ヴィクトルは糸が切れた人形のように突然意識を失い、そのまま力なく地面に崩れ落ちた。
術者が昏倒したことで死霊達は制御から離れ、白骨は塵となって飛散する。そして憑依先を見失った死霊達は存在を維持するための魔力を求め、目の前の男達へと襲い掛かろうとしたが、そこへ鮮やかに光の一閃が走った。
男の一人が光の剣を手にし、死霊達を一斬の下にすべて斬り伏せたのである。
両断された死霊達は断末魔を放ちながら、霧のように消滅していく。
「手が早いのはお前の悪い癖だが、何も雑念ごときに魔術を使う必要はないだろうレオナ。それに私に助けなど要らん」
「なに、手が空いていたものでな。お前が手を出すより、俺が斬った方が早いだろう?」
手に現した光剣を消し去って、倒れ伏すヴィクトルに歩み寄るレオナ・E・アルシオーネ。
一方でフードの男──アルハート・F・リーティアはフードを脱いで、蒼い双眸を死霊術師へと静かに向ける。
「何か有益な情報は読み取れたか、リーティア」
じっと男を見下ろし続けるアルハートへ、レオナは彼の邪魔にならないように控えめな声で問う。
アルハートはただ視線を向けるだけで、ヴィクトルの記憶からある情報を回収していた。
男の百年あまりの人生で蓄積された記憶から大半の不要な情報を切り捨て、自分が求めている情報だけを拾い上げていく。
彼が欲しているのは、『トゥーレ』に関連していると思しき情報だけだった。
先刻この男が交戦していた“魂の蒐集家達”なる者達の特徴。そして彼女達に関する情報を提供した総魔導連合がどの程度まで事態を把握しているのか。
それらをヴィクトルの記憶から抽出すると、すぐに頭の中で整理し、分析を終える。
「大した情報はない。拾えたのは奴らの走狗に使われている小娘共の顔や能力、そして総魔導連合が後手に回り続けていることくらいか」
「ゲイン・フューリーに利用されているのは、どこにも属していない素人達なのだろう? それを追っているにしては総魔導連合の拙速が目立つな」
「なに、素人とは言えあの小娘共はとても用心深い。総魔導連合は魔界全土に視野を広げている以上、細々と活動するような無名の犯罪者共を察知するには、被害者の数が目立たなければならないのさ。執行者達の動向から察するに、聖女が奴らと“大偉業”の関連に感付いたのは一ヶ月ほど前だろう。聖女もそろそろ追跡に本腰を入れる筈だ」
「……で、どうする気だ。リーティア?」
情報を手に入れたところで、レオナはこれからの行動についてアルハートへと意見を求める。
『トゥーレ』のメンバーでありながら、その活動に関わらないという異端的な立場を貫いている二人。
これまでの“大偉業”ではすべてを静観し、一度も干渉して来なかったのだが、今回はそういうわけにはいかなかった。
ゲイン・フューリーが製造しようとしている聖遺物。その正体の全貌までは読み取れずとも、あの男が何を考えてそれをエリス・アイン・セレスティアルに提案したのかを知った以上は。
「私は“声”を追う。あの小娘共が帰還するならば、四季城にも顔を出してくることになるだろう」
「“声”……お前の権能が捉えたという予言の声か」
彼がある日聴いたという、救いを求める声──これから起こり得る未来を語る予言の声。
その声を耳にしたアルハートは、自らの神性を用いて詳しい事情を読み取った。
男が知ったのは、少女らしき声が必死に危機を訴えた歪な未来。そしてその未来を回避するために必要とされるいくつかの重要人物と、いくつかの偶然。
それはまるで幼子の願望が紡ぎ上げた稚拙な妄想のようだった。未来の危機の話はまだしも、対策となる構想は穴だらけで、実現出来るのかどうかも危うくて、一体どれほどの奇蹟が都合よく重なれば少女の語る好き未来が掴めるのかと疑わざるを得ない。
きっと誰もがその“声”を聴けば、笑い話として一笑に付すだろう。しかしアルハート・F・リーティアは“声”の語る妄言を笑うことなく、権能によって彼女と交信し、言葉を投げ返した。
“──小娘。お前の描こうとしている未来創造に、私達も一枚噛ませてもらおうか。神の手を借りられるのだ、文句はあるまい?──”
自らの“声”を直接聴くことが出来る存在がこの世に本当にいるとは思いもしなかった少女は、その男の悪魔のものとも言えるような甘い誘いに乗ることしか出来なかった。
それほどまでに、彼女は追い詰められている状況だったからだ。
「私が不在の間、レオナにはセレスティアルで下準備をしておいてもらおうか」
「下準備? まあ構わんが、何をすれば良いんだ」
「ゲインの用意した筋書きを破綻させるためのいくつかの偶然については、彼女が既に導いていると言う。我々は彼女とは別に、役者達を揃える必要があるわけだ」
「相変わらず間怠い奴だな、さっさと要点を言え」
呆れたレオナからの文句は一笑に付し、倒れ伏すヴィクトルへと視線を移すアルハート。
その淡い光を帯びた蒼い瞳が男の姿を数秒捉えると、アルハートは興味を失ったように顔を上げた。
「この男を駒に使って、役者の力量を試す。我々も一枚噛むからには、舞台に上がる者が役者不足ではないか自らの眼で判断しておく必要があるからな」
「……勝手に噛みに行ってその言い草とは、実にお前らしいが。それで、この男を誰にぶつける気だ? お前の事だ、とっくに先を見定めているのだろう」
「ああ」
確信を持って訊ねるレオナに、アルハートは当然のように頷いた。
男に未来視のような不確定な未来を見通す力はない。しかし神算鬼謀と称されるほどの智慧を持つ男には、ある程度の未来が観えていた。
未来とは視るものではない。未来とは現在取ったいくつもの行動の積み重ねによって作り上げられる、必然的な結果なのだから。
「あの小娘が待ち望む者が、果たして用意された舞台劇を茶番に変えられる主役の器かどうかこの眼で見ておきたい。
──お前はそのための端役だ。起きろ、ヴィクトル・フランシュタット」
………
……
…
死霊術師は得体の知れない衝動に駆られるまま、近付いてくる気配を静かに待ち受けていた。
いつものように逃げも隠れもせず、森の中に出来た台地に腰を据えて、ヴィクトル・フランシュタットは自分に与えられた役割を演じ続ける。
その自覚はなく、付加された敵愾心を疑うこともなく。男は心の内に燃え上がる敵意を滾らせて、ついに執行者達と対峙する──




