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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
第二章
105/528

Act.104『妖精猫の王国ⅩⅩⅦ』

 時は風の神性が樹海に顕現する少し前に遡る──

 骸の魔獣達を操り、捜索対象であるケット・シー王の一人ヘヴンの身柄を預かっているという死霊術師ヴィクトル・フランシュタットの元を目指して、アリエル達八人の執行者は大樹海の中を駆けていた。

 魔術によってヴィクトルの呼吸音を特定したソニカとその護衛に付くカイエンを先頭に、彼らは不安定な悪路も構わず進んで敵へと目指す。

「ソニカ。敵との距離は?」

「だんだん近付いています。でもなぜか相手は動いていないみたいで……」

「ふむ。待ち伏せをしている可能性はあるが……追っ手の方は?」

「まだ距離は開いていますけど、後ろからどんどんこっちに迫って来てます。このままだと追い付かれそうですね……」

 追っ手は先ほどの骸達の残党に違いないが、今は彼らを相手にしている暇はない。

 どうにかして撃退、もしくは足止め出来ないかと考えたところで、カイエンはその手の適任者に目を向ける。

「シルビア、奴らを足止め出来るか?」

「出来ます! と言うかやります、やらせてくださいっ!」

「おう、なんか急にやる気になってんなチビ助」

「うるさいわねっ、あんたは黙ってなさいよ!」

 先刻、一人だけ何も出来なかったという失態を挽回するために、シルビアは気合いを入れつつ肩から提げたバッグに手を突っ込んだ。

 すると中から木製の小さな筒を取り出し、その中身を手に取って、走りながら後方の地面へとばら撒いた。

 そしてそのまま、シルビアは特に何をするでもなくカイエン達の後に続く。

「……なんかしたのか、今の?」

「罠を張ったのよ。特別鬱陶しいヤツをね」

「どういう物だ?」

 涼の問い掛けにシルビアは自慢げな笑みを浮かべ、意気揚々と答えた。

「フフ、蔓性の魔法植物よ。地面に落ちた瞬間に発芽して、急成長するように魔術をあらかじめ仕掛けてあるヤツ。ほら、蔓性の植物って周囲の物になんでも絡みついて成長するじゃない? その特徴を利用して──」

「いや、知らねえけど」

「もうっ、バカは黙ってなさいよ!」

 追走して話を聞くアリエルは、師匠の家の庭に生えていた(カズラ)という植物のことを思い出す。

 繁殖力が高く、周辺の物へとにかく蔓を絡ませながらどんどん成長していくので、アサヒや照がよく除草していた覚えがある。

「さっき蒔いたのは動く物に絡みついて成長するっていう特徴を持つ魔草よ。動物だろうと平気で捕まえて蔓を伸ばしていく上に、繁殖力が異常で千切ってもすぐに再生して絡み直すっていう、とにかく扱いが面倒な品種なんだから」

「うわ……そんなえげつないの持ってんのかよ。性格悪いな、お前」

「なんでそうなるのよっ!? 敵を足止め出来る罠として、結構優秀なんだからねアレ!」

 シルビアのその言葉通り、彼女が蒔いた種は十秒足らずで発芽して蔓を伸ばし、およそ一分後に通り掛かった骸の獣達の足音に反応するや否や、獲物を捕食するように白骨に蔓を絡ませた。

 蔓は骸の魔獣の脚へ触手のごとく巻き付くと、すぐさま成長を始めて背骨や尾骨にまで這い回って縛り上げていく。

 捕まった骨達は蔓を振り払おうと足掻くものの、動けば動くほど蔓は反応し、骨身を緑で覆い尽くしていった。

 その様子を音で感知したソニカは、運良く逃れられた追っ手の数を確認する。

「数が減りました。追っ手、残り四体です」

「よし、みんな後方には注意しておけ。追い付かれたら退けるぞ」

 かれこれ走り続けて十分は経とうとしているだろうか。

 身体強化の魔術によって体力を増幅していても、流石にそれほどの時間を一度も休むことなく運動し続けていると息も上がってくる。

 体力には自信のあるアリエルさえも次第に呼吸が乱れ始めたところで、彼女の左目の青い瞳が何かに反応するように淡い光を点した。

 それと同時に、アリエルの眼に三度(みたび)、謎の光景が映し出される。

「っ──」

 脳裏に焼き付いたイメージは、大樹海の中に突然、強烈な風が吹き抜ける風景だった。

 まるで川の氾濫が起きたかのように、目に見えない激流が草木や土砂を吹き飛ばしながら樹海の木々の間を駆け抜けていく。

 その威力は凄まじく、多くの巨木が軋みを上げながら枝葉を揺らし、アリエル達の元にも突風が到達する光景が左目に流れ込んでいた。

「これ、って……!」

 三度目ともなれば、もう確信を持つしかなかった。これは間違いなく近い未来に起こる出来事だと。

 そう直感したアリエルは足を止め、自分達が駆け抜けてきた道へと振り返って、じっと視聴を投げた。

 右目の魔眼を働かせて、樹海に起きている異変を探る。

 すると遠く離れた場所で、上空の雲をも巻き込むほどの強大な力の渦が見て取れた。大気のマナが大きく散乱し、山吹色の旋風が柱のように空へ立ち上っている。

「どうしたのよ、アリエル!」

 急に立ち止まったアリエルを見て、メシエもその場に踏み止まる。彼女の呼び声に気付いて、先頭のカイエン達も慌てて停止した。

 そしてすぐさま引き返してきたカイエンが、後方を見つめるアリエルの異変を察して冷静に問い質す。

「なにか視えるのか?」

「……風が来ます。とにかく凄い勢いの風が。早く物陰に隠れないと……!」

 彼女の言葉が何を意味しているのかはすぐに理解出来なかったが、焦るアリエルの様子から何かが起こっていることは疑いようがなかった。

 神秘を視る魔眼を持つアリエルが何かに感付いているのならば、その言葉を信じるしかないだろう。

「ソニカ。彼女は風が来ると言っているが、なにか聞こえるか?」

「えっ──ちょっと待ってください、これ……!」

 カイエンが訊ねたのとほぼ同時のタイミングで、遠方に突然現れた暴風が巻き起こす轟音をソニカは感知した。

 風と聞いて、先ず思い浮かぶのはアルトライトの力だ。

 聴こえてくる音は尋常な規模ではなく、あたかも大樹海の中に突如として巨大な嵐が生まれたかのような印象を受けた。

 それが彼の魔導の発現による余波だと、アリエル達は知る由もない。だがアリエルとソニカの反応から危険を感じ取ったカイエンは、すぐに巨木の陰に身を潜めるように仲間達へと告げる。

 すると同時に、

「っ、カイエンさん! 追っ手が……!」

 後方、彼らが駆け抜けてきた道に現れる白骨の姿。

 まだ少し遠いが、追っ手の姿が見えたことでシルビアは焦燥の声を上げた。

 しかしアリエルはカイエンを見やり、退避を優先するよう目で訴える。判断を迫られたカイエンは、アリエルの眼を信じることに決めた。

「追っ手に構わず隠れろ、急げ!」

 そう言って仲間達を急かしたカイエンの指示の下、八人は近くにあった二本の巨木の陰に別れて身を潜めた。

 追ってくる骸達が十数メートル先の距離にまで迫る中、アリエルはその遥か先から高速で押し寄せる烈風の波を魔眼で確認する。

「来ます……!」

 その直後だった。

 まるで付近で大爆発が起こったかのように凄烈な突風が林立する木々の間を駆け抜け、樹海全体を大きく震撼させる。

 激流によって吹き飛ばされて来た草木の切れ端や礫石が木々にぶつかって、樹皮を削る豪雨のようなけたたましい騒音が周囲に広がっていく。

 木陰に隠れた執行者達はそんな風の猛威から難を逃れられたが、何も知らず彼らを追っていた四体の骸は突風に巻き込まれ、骨身に宿る霊魂は神威に触れて跡形もなく消し飛ばされていった。

「みんな、ちゃんと樹に掴まっていろ! 吹き飛ばされるぞ!」

「は、はい!」

「くっ……」

「なんなのよ、これっ!」

「っひゃあ、すげぇ! 爆風みてえだ!」

「なんでテンション上がってんのよこいつー!?」

「雷が鳴っても興奮するようなバカなんだ、気にしないでくれ」

「……」

 身を潜めていても肌を勢い良く掠める激流に、執行者達は耐え続けた。

 やがて風が吹き抜けていくと、土砂が吹き飛ばされたことで巻き上げられた塵によって、辺りには大量の土埃が舞う。

「この風……セン君のものか」

「……おそらく、リーダーかと」

 口元を押さえて不明瞭な視界が晴れるのを待ちながら、カイエンは彼方で起こっている激戦の気配を察する。

 距離はかなり離れてしまっている筈だが、ここまで戦いの余波が届くということは、それほどまでに熾烈な争いになっているということだ。

 魔術師では決して立ち入れない魔導師達の戦い。アリエル達には、彼の無事を祈ることしか出来ない。

「行こう。こちらも務めを果たさねばな」

 カイエンの言葉に、アリエル達は神妙な面持ちで頷くのだった。

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