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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
第二章
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Act.103『妖精猫の王国ⅩⅩⅥ』

「っ……!」

 再び輝きを放つ神剣に力を込めながら、レオナは非情な現実を若き『魔神』に叩き付ける。

 最初から見抜いていたことだが、アルトライトの魔導は完成されていない。形を成すという意味では既に完成しているし、彼のような若さで魔導を発現させられているのは天才的だと賞賛する他ないが、まだ権能を十全に使いこなせていない様子がレオナには見て取れる。

 “火”の八神黄泉や“氷”のノヴァ・ヴァナルガンドのような完全な『魔神』達とは比べるに値せず、自在に力を振るうという点においてはあの“土”のラミラ・ヴェルデにすら劣るだろう。

 要するに、強大過ぎる己の魔導を制御し切れていないのだ。

 風を介して速度、向き、流量などを支配することで多彩に変化し得る事象操作という万能型な力を持ちながら、アルトライトが振るっているのは常にどれか一つの力だけだ。

 きっと彼自身にも自覚があるのだろう。周囲への被害を憂い、魔導の使用を躊躇っていた理由の中に、そんな己の未熟さも含まれていた筈である。

「……俺もまだまだ未熟だな。己が理想の剣士であることを望むように、相手も理想の好敵手であれと望んでしまう。あのセン・ルクス・ウォーノルンの子だからと、少々高望みが過ぎたか」

「ッ──取り消せ、今の言葉……!」

 レオナの言葉に感情が激しく揺さぶられ、青年の黄金の瞳が怒りに燃える。

 ──自分の未熟さなど百も承知だ。俺はまだまだ父さんの背中には遠く及ばない。

 だから自分が貶されるのはいくらでも構わない。だがそんな自分の未熟さに関し、父の名を勝手に持ち出すのは断じて許せなかった。

 まるで子供の不出来が育てた父のせいだと言われているようで、アルトライトには我慢ならないのだ。

「そう言ったつもりはないのだがな。まあ良い……」

 おもむろに笑みを消して、レオナは冷ややかな声色で告げる。

 ここまで才気溢れる若者が力を持て余しているのは、今までに壁にぶつかった事がないからだろうとレオナは経験上から理解した。壁を知らない天才は、自身の実力について目が曇るものだ。

 いや……彼の場合はまだまだ先にある目標に目を奪われるあまり、足を止めているとも考えられる。偉大な父の背中を追いながらも、自分は彼には決して敵わないのだと、自身が未熟であることを無意識に肯定してしまっている。

 どちらにせよ、人が強くなるには一度()を知る必要がある。目指すべき目標ではなく、打ち倒したいという欲望を強く掻き立てられるような存在を。

 ならばここで彼には辛酸を舐めさせておいた方が、後々の都合にも良い影響を与えるだろう。

「君はここで一度折れておけ」

 すると男の身体から今まで鳴りを潜めていた神気が湧出し、青年の纏う神風を上回る勢いとなって周辺一帯の空間を制圧し始めた。

 それはアルトライトの支配領域すら一息に呑み込むほどに拡散し、空へと爆発的に広がっていく。

「な、に──」

 レオナは剣士として、魔導師として、彼を殺さないように気を払っていても、アルトライトに対して本気で剣を振るっていた。そこに偽りはなく、決して手を抜いていたつもりはない。

 しかし、“眷属”としては別だ。

 自然とこぼれる程度の権能の一端は使っていても、自発的に“眷属”としての力を揮うことはしなかった。

 そんな事をしてしまえば──

「こ、れは……母さんや、姉さんと同じ……!」

 戦いの中で薄れていた違和感が、ここに来てアルトライトの心に恐怖となって湧き上がってくる。

 男の気配は最初から異質だった。

 “眷属”という『魔神』に従属する下位の存在でありながら、男の存在感は明らかにアルトライトと同等……いや、それ以上に強大に感じ取れたからだ。

 “眷属”がそれほどの力を持つ理由は一つしかない。

 自分と、彼が従う人物とでは『魔神』として絶望的な格差が存在しているのだ。

「ああ、成程。君の傍には俺の同類がいるのだな。道理で俺の正体をすぐに気取れたわけだ」

 戦慄で声を失った青年ごと魔剣を切り払い、神剣を光に還して新たな(つるぎ)を手に取るレオナ。

 おそらくそれは、彼が“眷属”として本来手にするべき彼専用の一振りだ。しかしレオナはまだ完全には形を成していないソレを、光のまま静かに振り上げる。

「加減はしてやるが、全身全霊で防げよ。しばらく眠り続けたくなければな」

「!!」

 男の声で我に返ったアルトライトが地上の被害を気にする余裕もなく、全魔力と神気を風に乗せて自身を覆い隠す。

 何層もの神風の守護が重なる堅固な嵐の壁が激しく渦巻いたが、


Ars Magna.(神威契約)──」


 男が有するもう一つの魔導が、不完全な状態で顕現する。

 それは己の力だけではなく朋友(あるじ)の力も重ね合わせた、彼にとってのもう一つの理想(キセキ)

 振り下ろされた光の刃は一瞬にして巨大な一閃となり、わずかに風の中心を逸れながらも嵐の壁を一斬の下に両断する。

 直撃を避けたとは言え魔力と神気を大きく削がれたことで意識を奪われ、今までに肉体に蓄積され抑え込まれていたダメージも、傷口を開かれたように一気にアルトライトの全身を貫いた。

 そして風の加護も失ったアルトライトは、空から樹海へと真っ逆さまに墜落を始めていく。

 その光景を目にしたレオナは彼に死なれては困ると、アルトライトの落下先へ転移しようとしたが……燦然と、樹海に鮮やかな七色の光が現れたことで手を止める。

「“虹”……」

 男の視界を鮮烈に彩る“虹”の輝き。

 光は空から落ちるアルトライトを包み込むと、次の瞬間には彼の身体を地上へと運んでいた。レオナはそんな一瞬の出来事を目撃して、地面に倒れる青年の傍に出現した麗姿に鋭い視線を向ける。

 虹色の魔力を持つ者など、この世には二人しかいない。

 総魔導連合(イデイン)の“長”である聖女レイア・レア・セレスティアルと──

「……久しいな、イリス・アイリス・セレスティアル。会うのはあの件(・・・)以来、これで二度目か」

「──見覚えのある賊の顔ですね。まさかその顔をもう一度見ることがあろうとは、思いもしませんでした」

 空を見上げる青い瞳に敵意を滲ませながら、聖女の従者イリスは普段の彼女ならば絶対に発しないであろう冷淡な声を男へと言い放つ。

 それを受けたレオナは失笑しながら剣を消し、総身に纏う魔力と神気をゆっくりと収めていった。

 両者はかつて敵対した者同士として、因縁浅からぬ仲だった。

 特にイリスの方が抱くレオナへの敵愾心は強く、麗しい美貌は激しい怒りの色に染まっている。

 傍にアルトライトがいなければ、すぐにでも交戦を仕掛けそうなほどに、その激情は苛烈極まるものだ。

「俺とて貴女がこんな場所へ現れるとは思っていなかったさ。……そうか、わざわざ彼女の救援に来たのか」

「女の心を勝手に盗み見るなんて、相変わらず下劣な男ですね。イデア様が知れば、さぞかし憤慨される事でしょう」

「……嫌な男の事を思い出させてくれる」

 レオナはそう吐き捨てると、目の前の空間を斬り裂いて中へ飛び込み、颯爽と姿を消した。

 おそらくもう一人の仲間の元へ合流に向かったのだろうが、イリスは男の後を追い掛けるよりも先ず、アルトライトに応急処置を施さねばならなかった。

 そして倒れる青年の身体を抱え起こしながら、イリスはもう一方の救援に向かった人物に思念の声を飛ばす。

『そちらに一人、敵が向かいましたよ。用心なさい、アンジェリエ』


 ………

 ……

 …

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