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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
第二章
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Act.102『妖精猫の王国ⅩⅩⅤ』

 “眷属”──それは『魔神』である者と契約し、己の生命の自由と引き換えに主から神性の発現である権能の一端を借り受けている者。

 レオナを例にすれば、人間の身でありながら原初の“神”の力を振るえる者と言ったところだ。

 原初の“神”とは、神話で語られる名を持つ神々、ヘカテーのような神族よりも古くから存在し、名を持たず、特定の概念を神性として司るのみの存在である。

 そのようなモノがどうして人間の魂に宿っているのか。それはこの世界の真理を知る者だけが知る得る事情だろう。

 そして戦う彼らには、今はそんな世界の真理など関係のない話だ。

「君の魔導の性質は、君自身の思考から読み取れた。成程、流体の支配と事象の……いや、万象の速度と向きの操作か。時にその風は人々の運勢すらも操ると見た。いかにも“風”らしいではないか」

 風とは、気象学によれば地球上における大気の流れを指す現象であり、魔法学によれば目に見えない力の象徴だ。

 アルトライトの魔導『勝利へ導く風神王アイオロス・ウィクトーリア』は、この世で働くすべての力に対して効力を発揮する。

 レオナの移動に合わせて、その行き先を別方向へ変えることなど造作もない。

 だがその法則さえ分かってしまえば、対処は可能だ。少なくともレオナにはそれを可能とする奇蹟がある。

「……そういうあんたの魔導は単純だな。何でも斬る(・・)力か」

「いかにも。一切(いっさい)切斬(せつざん)こそが剣士の目指すべき極致。剣に魂を売った人でなしが手にした、唯一の奇蹟だ」

 木や土といった物質も、風という現象も、そして距離という概念すらも。

 レオナ・E・アルシオーネの剣の理は事物一切を両断する。それが彼の理想とした剣士の在り方の一つ。

 剣技を除き、自己の鍛錬では手に入れられない奇蹟を彼は魔導師として手にしたのだ。

「さて。互いの術理が知れたところで、不要な問答はこれまでにしよう。後は剣で語らうのみだ。

 ──いや、俺も出し惜しむのはやめにするか」

 そう言うと、レオナは今まで手にしていた光剣を捨て、新たな光を呼び集める。

 今までの剣の生成とは様子が違う。光が集まって剣の形状を象るのは変わらないが、全体像が形成された瞬間、剣先から光が剥がれ落ち始めたのだ。

Sword.(剣現せよ)──『光輝なる不敗の剣(クラウ・ソラス)』」

 レオナが手にしたのは、鞘に納められた真紅と黄金の剣だった。

 散々砕いた光の剣ではなく、初めて見る実体を持つ剣。レオナの言動から察するに、あれも彼の魔導による奇蹟の一つなのだろう。

(ただの剣じゃないッ……!)

「そうとも。至高の剣士には剣技だけでなく、振るうに相応しい名剣も必要だ。これらの奇蹟を以て、俺は唯一無二の剣士として完成する」

 鞘を握り、柄に手を添えたその構えは居合いに似ているが、それに適さない造りをした直剣で一体何をするつもりなのか。

 警戒を強めたアルトライトが身構えた瞬間、レオナは弾けるように虚空を駆け出した。

 凄烈な風が吹き荒れる中、まさに風を切るかのごとく迷いなく突進する男の姿に、アルトライトは注意しながら風を意のままに振るう。

 山吹色の風が流れている空間は、今やアルトライトの支配領域だ。その中へ飛び込んでくるレオナは、単身で台風に挑むほどの愚行を犯していると言える。

 風を斬れるとは言え、それは自分に向かってくる風だけの話だろう。水中で水を斬ったところで傷など生まれないように、暴風域の中に入ってしまっては男も為す術はない筈──

「輝き、分かつ」

 レオナは魔術的には意味のない言葉をまた口にする。

 それは自己暗示にも似た一言なのだろう。実際に言葉を音にすることで己の心を統御するための助けとしているのだ。

 魔法使い達が自らが頼みとする術式や武装の名を敢えて詠唱するのも、そんな自己暗示の一種である。

 そして眼前へと山吹色の神風が押し寄せた刹那は、鞘に納められた“伝説”が解き放たれる。

「ッ……!?」

 驚愕の声を漏らしたのは、男へ圧倒的な量の突風を放ったアルトライトだった。

 レオナが剣を鞘から解き放った瞬間、封じられていた剣身が燦然と光り輝き、アルトライトの目を眩ませたのである。

 距離は充分に開いていたにも関わらず、あたかも目の前で光が瞬いたかのような強い閃光によってアルトライトは怯んでしまう。

 それは男の手にする神剣『光輝なる不敗の剣(クラウ・ソラス)』に秘められた力だった。

 人界アイルランドに伝わるケルト伝承群の中に登場する、銀の腕ヌァザが所有したという伝説の剣。鞘から一度(ひとたび)放たれればその輝きで敵の眼を惑わし、所有者に必ず勝利をもたらしたと伝えられる不敗の剣だ。

 その神話の光を受けたアルトライトはすぐに視界の回復に努めたが、眩惑は早々に拭い去れそうになかった。

 そしてその間にもレオナは風を裂きながら接敵し、光り輝く剣の刃圏にアルトライトを捉えようと一気に加速する。

 だが視覚を奪われたところで、アルトライトに隙など生じない。むしろ五感の一つを封じられた分、他の感覚は研ぎ澄まされた。

 権能の行使によって周囲に吹き荒ぶ風が自身の一部と化している今の彼には、風が捕捉する感覚の方が眼で見るよりも克明に敵の位置を把握することが出来るからだ。

 まるで霧を払うように風を切って迫り来る見えざる敵に対し、アルトライトは目を閉じたまま風の流れを変え、男の周囲に激流を生む。

 その乱気流は巨大な竜すらも即座に飛行能力を失うほどに激しく吹き荒れたが、レオナは依然として表情を崩すことなく冷静に剣を振るう。

 距離を断ち、指定した座標へ空間を転移するレオナ。

 それはもう何度も見せている彼特有の移動術だが、青年(かぜ)の支配する空では意味を成さない行為だ。

 最初に移動先を狂わせたように、今度はアルトライトが追撃を行うのに適した位置へ転移の方向を操作し、魔剣を構え──

「一度見たんだ。同じ手は喰わんよ」

 不敵に告げた男の声が、何故かアルトライトの背後から聞こえてきた。

 自らの勢力圏に飛び込もうとした男の転移先を操った筈だったが、レオナは転移する寸前、先の斬撃で開いた裂け目へ重ねるように斬撃を放ち、狂わされた移動先を斬り捨てて再び転移先を指定。そうしてアルトライトの背後へと現れたのである。

 直後、風切り音を立てながら輝く凶刃がアルトライトの背中に迫った。

 咄嗟に背後に突風を生んで刃を阻もうとしたアルトライトだったが、事象の一切を両断する剣の理の前には風の障壁など薄皮よりも脆い護りに過ぎない。

「ぐ、ぁッ……!!」

 背中に走る激痛。魔導の理を伴った斬撃は青年の異能によって打撃へと威力を減衰させたが、それでも強烈な痛みが身体の中を駆け巡った。

 だがその衝撃の影響か視力は回復し、弾き飛ばされたアルトライトは自身の前方に全力で風を集め、わずかな距離で踏み止まる。

 そして身体の向きを転じると同時に、背後にいる男へ魔剣の一閃を放った。

「『大乱の魔風(エウロス)』──!!」

 力任せのような一閃だったが、青年の意気に応えるかのごとく、荒ぶる神風は波濤となってレオナの身体を大きく吹き飛ばす。

 風に帯びていた神威はすぐさま斬られて無効化されたものの、剣を振り上げたアルトライトは風に乗じて瞬く間に男へと距離を詰めた。

 そんな彼の勇猛にレオナは感心したように笑みを浮かべ、真っ向から堂々と刃を合わせる。

 交錯する魔剣(かぜ)神剣(つるぎ)

 両者はそれぞれの刃に奇蹟を宿して何度も撃ち合いながら、苛烈に火花を散らした。

 荒れ狂う風のごとく、アルトライトは猛然と魔剣を叩き付けていくが、レオナは鮮やかに神剣の斬光を閃かせ、悠然と刃を捌き続ける。

 しかしその嵐のような剣戟の中で、アルトライトは一つの疑問を抱き始めていた。

(この男の魔導はなんでも斬ることが出来る術理の筈……なのに、なぜ剣は斬らない?)

 その疑問を読み取ったのか、レオナは笑顔の中に喜悦の色を滲ませる。

 初見でそれに気付いたのは、生涯で彼が初めてだったからだ。

(戦いながらよく考える奴だ。無想の境地に反しているが、世にはこういう輩もいるのか──)

 世界は広く、時の流れは大きい。

 これまでに様々な剣士と出会ってきたレオナだが、彼のような剣士は初めて目の当たりにする。

 長く生きていれば、時にこのような僥倖に恵まれることがあるものだ。これだからこそ、朋友に命を預けた甲斐があると言える。

 だが、

「……やはり惜しいな。君と剣を合わせるのは時期尚早だったか」

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