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魔法使いのユメ─Ain Soph Aur─  作者: 神代
第二章
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Act.100『妖精猫の王国ⅩⅩⅢ』

 男の足が動く。それ以外の挙動が目で捉えられないほど、レオナは瞬時にアルトライトとの距離を詰める。

 敵の分析はまだ終わっていないが、相手の攻撃がこちらに通用するのだと分かれば、異能に甘えた防御は選択肢から排除すれば良いだけだ。

 青年の眼前に現れ、逆袈裟斬りに閃く光の剣。

 アルトライトはそれを咄嗟に剣で弾き、数歩後退(あとずさ)りつつ即座に斬り返した。その反撃にレオナは顔色を変えず、振り抜いた剣の切っ先を冷静に返して防いでみせる。

 火花が散るような勢いで交錯した二つの刃は、そこから三十合ほど、激しい攻防を繰り広げた。

 鋭く、速く。アルトライトの振るう剣は一撃ごとに敵の急所を狙うような苛烈さがあったが、対してレオナの振るう剣はそれをことごとく受け流しながらも反撃を織り交ぜているほど流麗で、剣が縦横無尽に踊っているかのようだ。

 何度も剣を合わせていれば自然と分かってくるが、レオナの剣技には特定の型がなかった。剣に限らず、技術や動作には自身の得意とするパターンが存在して然るべき筈だが、レオナの動きにはそのような典型が見られず、剣を振るう度にその剣筋は変幻自在に移り変わる。

 さながら一人の剣士の身体に何人もの剣士の技だけが乗り移っているかのようで、それ故にレオナの次の動きが読み切れず、アルトライトは次第にまた防戦を強いられるようになっていった。

 だがいつまでも敵の思い通りにさせまいと、アルトライトは魔剣に魔力を注ぎ込み、光剣と交わる刃に旋風を纏わせる。

「ハァ──ッ!!」

「!」

 放たれた一閃は風を帯び、振るわれている最中にも風圧を増して、その剣撃を防いだレオナへと至近距離から突風を浴びせることで、男の身体を上空に向けて強く吹き飛ばした。

 しかし宙に遠く投げ出されたレオナは瞬時に魔力を足に集めて虚空を蹴り、空中を跳んですぐに体勢を立て直す。

 それは彼なりの飛行魔術の代用なのだろう。空を飛ぶよりも虚空を足場にして空を駆けることで、剣を満足に振るえる体勢を整えられるようにと考えられた移動術だった。

 そしてレオナはそのまま中空を跳んで砲弾のごとく急降下し、再びアルトライトへの接近を試みたが、彼の視線の先──地上では、鮮やかな山吹色の光が煌めいていた。

「行くぞ、『勝利へ導く風王剣(エクセリオン)』──」

 否、それは光だけではない。

 山吹色に燦然と輝く有色魔力ヴァリュアブル・カラーの光を宿した烈風が、青年の握る魔剣を中心に力強く渦巻いて圧縮され続けていた。

 その山吹色の風の束は、アルトライトの魔術儀装が内包する神秘の具現だ。

 一本の剣身に集束した風は注がれた魔力に応じて威力を増大し、もはや抑え切れないのか風の束から轟々と音がこぼれ落ちる。

「Nomen(其は) autem(飢餓に狂う) fract(暴威の風。)o Boreas(大地を裂いて).It occurs(すべてを貪り喰らえ) clade in terra!」

 魔剣を振り上げながらアルトライトはそこへさらに術式を加えて、破壊力に特化した大魔術へと変質させた。その術は、彼自身が普段から使用を忌避している筈の危険な術式だった。

 だが出し渋っている場合ではない。立ち塞がっているあの男を早々に排除し、アリエル達の元に急ぎ駆け付けなければ。

 彼女達の背後には、既に何者かの影が忍び寄っているのだから……


「──荒れ狂え、『災禍の暴風(ボレアス)』ッ!」


 大気を裂いて、風が吼える。

 アルトライトが剣を振るった瞬間、極限まで圧縮されていた風の束が解き放たれ、山吹色の光に染め上げられた暴風は爆発的に広がりながら、レオナの駆ける空に向かって奔走した。

 渦巻く暴威によって地上や樹木から巻き上げられた無数の木の葉は、光り輝く風に触れたと同時に粉微塵へ変わり果て、風の進路上にあった巨大な木々の枝葉も削り取られるように一瞬で粉砕される。

 大規模な大魔術が景色を一変させていく様は、先ほどアリエルが放った光の怒濤と奇しくも状況が似ているが、こちらはより暴力性を有した災いの風だった。

 何故ならその暴威の風に巻き込まれた瞬間、あらゆる物質は微粒子状となるまで幾度も幾度も切り刻まれてしまうからだ。加えて、この風は大気中のマナを喰らうことで、範囲を拡大させ続けるという性質を併せ持っていた。

 もし地上に向けて放たれていれば、大樹海すべてを蹂躙し尽くすまで被害を広げる可能性があっただろう。そんな危険な大魔術を迷わず使うほど、アルトライトはレオナ・E・アルシオーネという男を脅威と感じていた。

 そして視界一面に広がって吹き荒れる山吹色の禍々しい風が迫り来るのにも関わらず、レオナは平然と急降下を続け、剣を腰元へと構える。

「Ba mhaith liom(この身は) a bheith(剣で在りたい) ina claíomh.」

 一閃──既に意味のない詠唱を重ねたレオナの放った斬撃の光が、勢力を増して膨れ上がっていた暴風を両断する。

 ただの斬撃に風を絶てる道理はない。ましてやたった一振りの剣で嵐を鎮めるなど不可能だと、誰もがそう信じて疑わないだろう。

 だが、この世にはそのような常識を覆す奇蹟が存在する。魔術はその奇蹟の一つとして数えられているが、未だ物理法則に縛られていて真の奇蹟の域には達していない。

 本当に奇蹟と呼べる神秘とは、魔術よりさらに上の位階──この世の理を己の“法”で塗り潰す魔法、『魔導(マレフィキア)』だ。

 故に可能なのである。災害のごとき暴威の風すら一振りの剣で斬り伏せてしまう奇蹟を、レオナ・E・アルシオーネは最初から既に発現させているのだから。

「っ、あの男、やはり魔導を……!」

 光の剣閃が暴風を斬り裂き、山吹色の剣風は瞬く間に力を失って無色の微風に変わる。

 するとレオナは風が消え去った虚空に向けて続けざまに剣を振るって、今度はアルトライトとの彼我の距離(・・)を斬り裂いた。

 断ち切られた距離(・・)は意味を失い、その結果レオナの姿は一瞬で中空からアルトライトの眼前に移動する。

「なッ──」

 そして突然、至近距離に現れた敵影に驚愕から反応が遅れたアルトライトへと、レオナは容赦なく光剣の一閃を叩き込んだ。

 青年の右胴を捉えた光剣は異能の力で砕けたが、力強い直撃をまともに受けたアルトライトは軽々と打ち飛ばされ、離れている樹木へと身体を叩き付けられて苦悶の声をこぼした。

「が、ッ……は……!」

「いつまで力を出し惜しむつもりだ、若造。こちらはこの通り、最初から切り札を切っているぞ」

 冷たくそう言い捨てて、レオナは新たな光剣を右手に生み出した。

 魔導とは魔導師にとって、その者が有する術の中における究極の魔法だ。

 熟練の度合いに応じて呪文の詠唱が不要となる魔術とは違い、魔導の発動には必ず詠唱を用いねばならない。自己の本質や在り様を自ら暴き出し、奇蹟へと変える魔導の在り方においては不可欠な儀礼だった。

 己の本性を暴くという魔導の性質上、詠唱時は他の神秘を満足に扱えなくなるため、魔導師にとってはその瞬間が最大の隙となり得る。それは戦いの最中においては致命的な弱点である。

 故にレオナはその問題を排除するために、事前に魔導を発動させてからアルトライトへと襲撃を行っていたのだ。

 魔剣の大魔術を容易に斬り伏せ、神秘殺しの異能にある程度抗っているのも、すべては彼の発現している魔導が原因だろう。

「魔術だけで魔導に敵う道理はないと、君はよく分かっている筈だが……まさか“権能”すら使わずに俺を出し抜こうなどとは考えていないだろうな?」

「っ……」

 肋骨が折れているのか、上半身を駆け抜ける激痛で息を乱すアルトライトは口の中に鉄の味を覚えた。唇の端からこぼれ落ちる血を拭い、魔術で痛覚を遮断して治癒を行いながら、ゆっくりと立ち上がる。

 レオナはそんな彼の行動を敢えて看過し、追撃を加えることなく待っていた。

 彼の目的はアルトライトを討つことではない。ルクスの息子という事で個人的な興味はあるが、レオナに与えられた目的は彼女(アリエル)に近しい存在として今後『トゥーレ』と戦う可能性の高いセン・アルトライト・ウォーノルンの実力を確認しておくことにあった。

 そのためにはこの場で彼の全力を引き出さなければならない。

 セン・アルトライト・ウォーノルンの魔導師としての、そして『魔神』の一柱としての真価を。

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