Act.99『妖精猫の王国ⅩⅩⅡ』
大樹海が激震する。
一条の光の奔流と無数の光弾が生み出す怒濤は、嵐のごとくあらゆるすべてを呑み込みながら進んでいく。
それはアリエル達の元から離れたアルトライトやレオナの方にも被害が及んだ。だが光の弾雨が絶え間なく迫り来る中でも二人は意に介さず刃を交えながら、樹海の中を跳び回るように移動し続けていた。
アルトライトは異能の力によって光弾を無効化出来るが、レオナは違う。しかし男はアルトライトに剣を振るいつつ、自身に迫った光弾に目を向けることなく、片手間に易々と切り払っていた。
そんなレオナが手にしているのは、光で象られた無貌の剣だ。むしろ剣と判る程度の簡易な形をした光と言えなくもない。
何らかの魔術によって作られた武器だろうが、彼はそれを自在に振るってアルトライトを相手に一方的な攻勢を続け、流れ弾を的確に捌くほどの余裕を見せつける。アルトライトはそんな男の並外れた剣の技量に、終始防戦を強いられていた。
やがて光の怒濤が消え始めると、その範囲の外へ逃れ出た二人は、仕切り直すために一度大きく距離を隔てて対峙する。
アルトライトが男の攻勢を凌ぎながらそう誘導し、レオナがその誘いに敢えて乗った形だ。
剣を前に構えるアルトライトに対し、レオナは特に構えず剣を下ろした。
先ほどまでの激しい攻めとは打って変わって、まるで凪いだ海のように静かに佇んだ男に、アルトライトは問いを投げる。
「……一体なんだ、あんた達は。なにが目的だ?」
「さっきとは質問の中身が違うようだが。俺達の目的など訊いてどうするんだ」
「あんたには分からないだろうさ。俺達はあんた達を捕まえた後に報告書を作らなきゃならない。書ける内容は一つでも多い方がいいんだよ」
「成程。執行者とは難儀な仕事だな」
アルトライトからの安い挑発を軽く聞き流して、平然と彼を見据えるレオナ。
男の尋常ならざる気配も脅威的だが、本当に脅威なのは彼が放つ剣気の方だ。
斬る。ただそれだけの行為を情熱的に、あるいは狂信的に突き詰めた剣士が抱く、殺意とは似て非なる独特な威圧感。
父達から剣を学んだアルトライトもようやく感覚を掴んだその気迫を、レオナは総身に充溢させていた。
レオナの研ぎ澄まされた剣気は、まるで彼自身が鞘から抜かれた一振りの剣であるかのような錯覚を抱かされる。
「疑問が君の集中を削ぐのなら、答えてやらんでもない。俺の方は単純だ、君と剣を交えるためにここにいる」
「俺と? ……あんた、俺の父親を知っているようだったが」
「ああ。かつて君の父親や彼の仲間とは剣を交えたことがある。あの三人の……特に守御斬夜と御剣陽桜の剣技が、君の剣にはよく現れているな。君の剣の師はあの二人か?」
刃を交えただけでそれを初見で見抜くレオナの慧眼に、アルトライトは戦慄した。
父や師匠達と戦ったことがあるということは、彼らと同世代かそれより古い人物だということだ。成程、目を見張るようなレオナの剣の技量は、長く培われた経験から来るものらしい。
「俺と剣を交えるために……それは、俺と父さん達を比べてみようということか?」
「そうだな。君があのセン・ルクス・ウォーノルンの息子だと聞いたから、その実力を試してみたくなった。俺の目的はただそれだけだ」
「……ケット・シーの国の結界を破ったのはあんただな」
アルトライトは憤りを抑えながら、先ほどの光景から得られた情報を元に確信を持って告げる。
レオナが空間転移に利用した空間の裂け目。その特徴は『神明』の結界に生み出された裂け目と完全に一致している。ヴィクトルとレオナが協力関係にあると目される以上、あの裂け目を誰が作ったのかは明白だった。
するとレオナは何ら隠す素振りもなく、アルトライトの言葉を素直に肯定する。
「そうだが?」
「……つまり俺なんかと戦うためだけに、ケット・シー達を巻き込んだって言うのか」
「それは違うな。俺の目的はただのついでだ。単に君を彼女達から引き離すことと、俺の個人的な目的との利害が一致していただけに過ぎんよ。さて、他に問いたいことは?」
「じゃあ最後に一つ。──ヴィクトルを操っているのはあんたか?」
「俺がそんな回りくどい事をする器用な男に見えるか?」
「っ!」
問答は終わりだと告げるように剣を緩く構えた男へと、今度はアルトライトから距離を詰めて先に剣を打ち込んだ。
ヴィクトル・フランシュタットは明らかに矛盾した言動をしていた。執行者の目から逃れ続けていた男が、目的がないにも関わらず執行者達を襲撃するのは不自然にも程がある。
ならばヴィクトルを利用して、執行者達を襲っているのは誰か。
目の前にいる男は利害の一致により、アルトライトを仲間達から引き離したと言っていた。おそらくそれは嘘ではあるまい。
この男には、もう一人仲間がいる。ヴィクトルを何らかの方法で傀儡とし、仲間達を狙う何者かが。
レオナが本当に協力関係を結んでいるのは、そのもう一人の存在に違いない。急いでこの場を離れ、仲間達と合流しなければ──!
「ここはさっさと通らせてもらうッ!」
「ならば本気で来い、若造。俺も全力で阻ませてもらう」
真っ向から剣を受けながら、不敵に笑って眼前の青年を睨むレオナ。
すると男は刃を合わせたまま片手を柄から放し、アルトライトの右腕を掴んで、彼が掛ける力の向きを自身の外側へと押し流した。
鍔迫り合う力の均衡が不意に崩され、一瞬体勢が乱れたアルトライトの隙を突いて、レオナは剣を握る拳をそのまま彼の腹部へと叩き込む。
「っ、ぐ……!」
突き飛ばされて後方へ大きく退いたアルトライトは、風を身に纏いながら空中で体勢を立て直し、巨木に足を着いて跳躍する。
風を操るアルトライトにとって、足場の有無は関係がない。風に乗って空中を駆けるかのごとく加速しながら移動し、まさに突風の勢いでレオナへと急襲する。
対してレオナは一歩も動かず、アルトライトの姿を軽く仰ぎ見た。
頭上から振り下ろされた剣閃を右手の剣で受けると、空いた左手にも光の剣を形成し、すかさず青年の脇腹へ刺突を放つ。
だがアルトライトはその反撃を防ごうとは思わなかった。
何故ならレオナの振るう剣は実体剣ではなく魔術によって編まれたもの。言わば魔力で作られた神秘の刃であり、それならば神秘殺しの異能を持つアルトライトには傷一つ付けることが出来ない。
脇腹に向けて刺し込まれた光の刃は、青年の身体に触れた瞬間に砕け散り──
「ッ、ぁ゛……!?」
……砕け散りはしたが、アルトライトの脇腹に鋭い痛みを生じさせていた。
刃先は肉を貫きはしなかったものの、その寸前まで光剣は異能の力に抗い、存在を保ち続けたのである。
結果的にアルトライトは激痛を覚えて再び体勢を崩し、続けざまにレオナが振るった光剣の一閃を無防備な腹部へと打ち込まれて地面に強く叩き付けられる。
アルトライトの身体に触れたことでレオナのもう一振りの光剣も消滅してしまったが、青年には充分なダメージを与えることに成功していた。
そしてレオナの手には、何事もなかったかのように新たな光の剣が握られる。
「……相変わらず魔法無効化能力とは厄介だな。確実に刃で捉えても、ただの打撃にしかならんとは」
「っ……」
地面から起き上がりながら、アルトライトはレオナを睨み付ける。
ウォーノルン一族が有する異能『神の天幕』は、外部から自身に触れた神秘を無効化するという強力無比な力だ。如何なる速度、時間を問わず、神秘が彼の異能に接触した事実が発生した瞬間、その事実を神秘の存在ごと否定するという神域の能力なのである。
故に、そもそもアルトライトの肉体に攻撃が通じることがおかしいのだ。たとえ剣で斬り付けられても、その剣が魔術で作られたものならばアルトライトの身体に触れた瞬間に剣の存在は無に返され、斬撃も存在しなかったことになるのだから。
だが現にレオナの剣は、中途半端ながらもアルトライトに攻撃を通している。その事実を認めた上で、アルトライトはレオナの振るう剣の正体について考えを巡らせた。




