7 魔剣、エルフの里に赴く
エルフは森と共に生きる。
しかし、だからと言って原始的な生活を送っているわけではない。
火を用いて獣を焼いて食らうこともあれば、樹木を管理し、剪定や伐採など手を加えて収穫高を高めたり、田畑を耕して森の恵を身近なものとすることもある。森を傷つける魔物がいれば里を挙げて狩り、魔物の骨や毛皮などで武器や防具を創作する。さすがに、鉄鋼技術に関しては自然を著しく穢すということで行われては居ないが、そういった森との付き合い方が上手な人族達を「エルフ」と呼ぶ。
また、エルフは人族の中でも取り分け容姿が美しいとされるのが特徴だ。笹の葉のような長い耳に、太陽のように輝く金髪。優美な顔と、ほかの人族の一生を過ごした程度では老いる事のない長大な寿命。その特性ゆえに、他の人族から狙われいつしか森へ隠れ住むようになり、いつしかおなじ種族だけで住まう排他的な面をもってしまった種族でもある。
日がとっぷり暮れて、雨季に飽いた月がようやく空に顔を出した頃、ダイトは火が灯された、エルフ達の集落へと踏み入った。
森の中でありながら森に寄り添う、緑の香りの強い、そんな里だ。エルフは妖精に近い種族で、魔法を簡単に扱える。ストロロはひとつちいさな灯りを指先に灯すと、暗くなった世界を照らしながら先導した。
襲撃の現場からここまで時間がたっぷり掛かったのにはそれはそれは、理由がある。
ダイトが落っことした男とリーダー格の少女を含め、男性二人の女性四人も居た。それを気絶したまま
運ぶとなると、さすがに骨が折れる。ちょっとした戦いで高揚した気分を落ち着かせたダイトは、「どうやって運ぼう」と苦慮した事が発端である。
筋力で六人まとめて運べない、という訳ではない。彼の筋力は、身の丈三メートルは越す強大な魔物の鬼よりも強靭だ。だが、如何せんその身体は短躯で、腕の幅も両腕合わせて2mすら遠く感じる程度しかない。そんなアンバランスな身体つきで人を運ぶとなると、大分無理な積載方法になる為に、女性の触れてはイケナイ部分に触れてしまう事は当然起こりうる。
ダイトの意識がある中で、最も長くダイトとともに居た青年が事ある毎にダイトへ騎士道を語っていた。ダイトもそれにいたく感銘を受けていた為に、女性を大切に扱うべしと言った騎士道精神がダイトの都合邪魔をしたのだ。それぞれが華奢な体格とはいえ、いざ気絶した少女四人を運ぶという事で二の足を踏んでしまったのである。
ちなみに、いくら女性とは言え一度敵と見做せばそこに容赦はない。空白の時代から培った常識では、人という資源に限りなく餓えていたが、劇物となるようなものを迎え入れるほど寛容な精神をしていない。
エルフの男――サムタウが、鼻の下を伸ばしながら「では俺が女性を運びます!」と言っていたのを、平和的な暴力手段で解決した後に、とりあえず雨を防げる場所へと彼ら彼女らをひとりずつ丁寧に移して、気が付くまで待っていたのが時間が掛かった原因である。
尚、多感な時期のサムタウ少年は、ダイトがわざわざ黙して語らなかったにも関わらず、自ら口を滑らせて助平を露呈して女性に顰蹙を買い、両頬にもみじを貼り付ける事になっている。自業自得である。
しかし、サムタウ少年の気持ちはわからないでもない。
エルフ達は肌にぴったりとした簡単な緑衣を好み、ストロロ達女性はワンピース状の緑衣に、腰を布帯できつく縛るといった格好で、陶磁のようなきめ細やかな白い肌をしている。更に、むちむちな太腿をあらん限り剥き出しにしている、大変扇情的な格好なのだ。それを触れずして、男を語れようか。ちなみに、サムタウ少年らも、細い踝を晒す美少年だという事を注記したい。
気が付いたリーダー格のきつめの美少女と言った顔の女性――ストロロに対し、なんとか集落までの足掛かりだけでも、とダイトが平身低頭に説得。自分達の監視下の上でならという条件付きのもとでなら里に案内する、との許諾を得たのであった。
他の四人は村に着いてから、既に散開している。
この時、村の警備に当たるようにと、ストロロはひそかに言付けした。まだストロロはダイトに心を許しているわけではない。自分達では対処出来ないこの化け物は、ここで撒けたとしてもエルフの集落を見つけることは火を見るよりも明らかであったし、もし仮に暴れようものならば里の衆全員で掛かれば或いは勝てる、と考えているからだ。
エルフの集落は多彩であった。
建物はみな樹木で出来ており、壁に泥を塗ってあったり、蔦を生やしていたりと様々だ。普通に路上の一軒家を建てているものもいれば、樹の上で小屋をつくるもの、レンガではないのに樹で三階建てを作り上げてしまうものも、中にはいた。
しかし、一様に、その目はよそ者のダイトを警戒していた。中には、慌ただしく家に閉じこもってしまうものさえいた。
「それで、ダイトとやら。おまえが言うに、『魔王』が新たにあらわれた、と?」
ストロロは、肩口で切り揃えた金髪を揺らしながら、ダイトに確認を取る。
エルフ特有の美形であるが、ストロロはほかの者達とは違い、どこか鋭い印象を与えていた。
形のよい眉を根本で寄せて、きりりと吊り上がった瞳は、眼光を炯々にしてダイトを睨みつけている。薄紅色の唇は、忌々しいと言った感じで歪められており、ダイトにまだ気を許していないことを伺えさせた。
まだ熟れていない、ほのかに匂わす乳臭さを隠すように、ストロロは鋭利な刃物を思わせるような気配を纏っていた。
ストロロは、道すがらダイトがブリューナクを尋ねる理由を聞き出していた。
ダイトはそれに頷き、表情をより一層引き締める。
「ああ。現に、互いに結束することが滅多にない亞人が、集団で行動をしていた。それに被害にあった魔剣も、『魔王』の誕生について告げていたのと……何よりもブリューナクと縁深い、魔剣が壊されていた。魔剣は頑強だ。『魔王』あるいは近似種によるとてつもない大きな力を持った何かが、今もこの森の中に生息していることは極めて高い」
その言葉が進むにつれ、彼の表情はどんよりと暗いものが宿る。久しい友の死をまだ割り切れるほど、ダイトの中にとってそれは過去のものではなかった。
「おまえにとって、その喪った魔剣とやらは、大切な存在だったのか……?」
悲痛な面持ちになったダイトに、ストロロは切り込む。サムタウは、ストロロの遠慮のなさに、慌てふためいた。
ダイトは、気にしないでくれ、と彼らに断りを入れて、まだ癒えぬ傷跡を幻視して、表情を歪めながら言う。
「そうだね……。ブリューナクとも、仲が良い子だった。とてもやさしい……本来なら、争いに向かない
子だったよ」
ストロロは、そうか……と、ひとつ思案に明け暮れたその頃。
「着いたぞ、ダイト。ここが族長と巫女様の家だ」
それは一際大きな、貴族の邸宅と言っても差し支えのない程おおきな建物であった。
塀などはなく――あってもエルフならば飛び越えてしまうから意味がないとのこと――、ただ木製の大きな建物が、どん、と鎮座しているのはちょっとした圧迫感を感じる。建てられてから随分と経過しているのが伺えるほど壁面は蔦でびっしりと覆われ、外壁に使った樹もちょっとした趣が伺えるほどに重厚なものとなっていた。
巫女とは有事の際、神器――ブリューナクに選ばれたエルフがブリューナクの知識を借りて、問題を解決するというもので、集落の方針を取りまとめる長老会とはまた違った重大な役のひとつだ。
ゆえに、その警備は厚く、ダイトに対して過剰に反応したのもその所為だと言える。
毎日更新出来る人って化け物じゃないかな(暴論)