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魔剣アロンダイト、いざ参る!  作者: はたらかない
グレイハウンド辺境にて
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5 魔剣、魔境にふたたび訪れる



 ところ変わって、再び(むせ)返るような緑の匂いがする、原生林の奥地。

 グレイハウンド領にあるグノーグの森に、ダイトは再び訪れていた。

 あいも変わらず、そこは弱肉強食を是とする厳しい環境ではあったが、ダイトの行く手を阻む程ではない。時折襲い掛かる猛獣や魔物は、即座にダイトのひと太刀の下で(くだ)され、森に住むそれぞれの餌になった。

 まだ雨季の運んだ雨は止まず、されど勢力を弱めた霧雨が、ダイトの衣服を濡らして肌にべっちょりとまとわりついて不快感が増す。


 あれから。

 ダイトはフルンティグと多少の話を交え、「エルフに会うのなら、せめて身なりだけでもきちんとしたほうが良い」との事で、1日掛かりで身の回りを整えさせられた。

 伸びっぱなしの銀髪はショートに切り揃えられ、パッチリとした碧眼が森の至る所を睥睨(へいげい)する。一日でどうやって用意したのか、サイズがぴったりなシャツに、長袖のインナー。乗馬ズボンに、かっちりとしたブーツを履いて、雨具用のローブを着込んだ彼は、グレイハウンド領、その未開の地――数百年前に、エルフが暮らしていると言われるグノーグの森の中を進んでいた。


 あの時――『魔王』、或いはそれに類するものが現れたと思わしきあの現場で。かの存在の足取りを追うことは困難を極めた。本来ならば混じることのないはずの異種族が互いに手を組み、かつての仲間を滅ぼしたソレは、まるでダイトの接近を予見したかのように忽然と行方を眩ませて居た。その野性的なカンもとい、それを忠実に実行する冷静さは高度な意思があるように見えた。ただの飢餓に狂う飢餓魔剣(ソウル・イーター)とは大違いで、理知的な判断に富んだ相手であることはたしか。あの場に残った亞人達は、人の血肉に溺れて我欲を優先させるものがほとんどだったことを考えると、あの亞人達は『魔王』が逃げる為の時間稼ぎだとおもっていい。


 何故ダイトと相対する事なく逃げられたのか。これは正直言って、わからない。が、もし仮にその存在がダイトを『脅威』と認識したのならば、それは智慧を持っている証拠。ダイト達『聖遺物』級は、魔王を討ち滅ぼすだけの(ちから)がある。その嗅覚、その智慧を持って立ち回り、着実に力を蓄え続ければ、それは大きな脅威となる。


 再建したばかりの文明においてフルンティグから聞き及んだ限りでは、歴史においてダイトのような意思を持つ魔剣どころか魔剣という存在すら日の目を見ていないこととなると、仮に『魔王』という存在の脅威は未知数と言っていい。ならば、かつての仲間をすこしでも多く集めて、彼の『魔王』を確実に葬る事が急務と言えた。


 ただし、フルンティグも記憶が不確かなものだそうで、詳しい場所の目印もないとのことで、エルフの集落へ進んでいるのか、戻っているのかダイトの足取りは曖昧だ。早馬を駆るよりも速く駆け抜けるダイトが、王都を発ちグレイハウンド領へ来て三日、歩みが遅々として進まぬ森に入って既に五日は経過しており、持ってきた食料は既に底を尽き、葉にある雨露で喉を潤し、木の実や時折襲い掛かってくる魔物を肉に変えて、飢えを凌ぐ日々であった。


 『魔剣』である彼が何故食糧が必要なのか。疑問におもうだろうが、『魔剣』本体であれば飢餓を感じることはないが、あくまでそれは本体だけの話。現在のダイトは、『魔剣』の意識を生身の肉体に憑依させているので、血肉が通った肉体を保つために、どうしても食事を摂る必要がある。

 しかし、別に生身の肉体を保持しなければいけないという状況でなければ、これすらも必要としない。『魔剣』の憑依とはあやつり人形の原理の如く、肉体の状況に左右されないものだからだ。

 それでも、ダイトがこの幼子の肉体を維持しようと考えるのは、彼の感傷でしかない。

 それは幼き生命(みらい)を奪った事への(カルマ)だ。


「人に仇なす存在にならないように……か」


 草を掻き分けながら、ダイトはそうひとりごちる。

 それはダイトら聖遺物(レリック)達が定めた魔剣としての方針であり、人は常に親しき隣人として扱うべし、というものであった。しかし、ダイトはそれを破った。餓鬼に堕ちたもの達と同様、人の精神を"喰らい(・・・)"、人ならざるものになってしまった。

 それが、どうしてもダイトの心を重くさせる。


 無論、ダイトとて、無辜(むこ)の人間を"喰った(・・・)"訳ではない。

 ダイトが扱うこの少年のからだは、人の子としては珍しく、魔法の才覚があった。

 しかし、その精神は低俗にうす汚れていた。(やま)しいところがない善良の民を焼き、実験と称して人の身体を生きたまま腑分けしたり、性欲を覚えれば街行く女性を犯してその欲を満たす、吐き気を催すほどの邪悪な思想の持ち主であった。狂人と、そう呼んで差し支えない程に幼きながらその心は歪みに歪みきっていた。


 そんな狂人とどうして接点を持ったか。

 ダイトがとある冒険者の武器として眠っていた所、戯れにこの身体の少年に冒険者(もちぬし)を焼き殺され、少年が自分を引き抜いた際に(おびただ)しい愚挙のかずかずが情念となって流れ込んで来て、意思とは関係なく起こされてしまったのである。


 魔剣は人に触れられると、その記憶(ひととなり)を探る事が出来る。一瞬のうちに流れ込んできた少年の邪悪な所業の数々に、多くの歳月を生きるダイトですら目を覆いたくなるほどであった。野放しには出来ないと確信したその時、声にならない魔剣の悲鳴を耳にし、少年を"喰う(・・)"事を決意して、その場面に駆けつけたのである。

 結局、間に合うことはなかったが……。


 しかし、だからといってそれを正当な理由として唱える気は、ダイトにはなかった。

 人を喰った(・・・)のは事実だから。その一点が、彼の心に重く伸し掛かる。

 ダイトは人の精神を"喰った(・・・)"事に、かつての仲間に忌避を持たれるかが、不安であった。


 ダイトは人を喰う事に忌避感を感じているが、人を"喰う(・・)"魔剣というのは存外多く存在していて、基本どの魔剣も人魔問わず肉を、精神を喰らう事が出来る。本来であれば魔剣とは、ちからを与えるとともに、所有者に厄災を与えるものであった。

 しかし、意思を持つものは別だ。彼らは気分ひとつで一方的な恩恵を与える事もある。


 魔剣にも格があり、それは、(おおむ)ね意思を得てどれだけの歳月を重ねてきたかが、ひとつの指標となる。

 ダイトのような古くから存在し、ちからを持つ存在を"聖遺物(レリック)"級。意思を得て、フルンティグのように、数百年の時を重ねて明確な自我を得たものを"意執物(インテンション)"級。所有者にしかわからないような、微弱な意志を伝えるしかない・或いは、意思がなく、ただ魔法的なちからを扱えるものを、"遺失物(アーティファクト)"級と分類されている。

 人を喰らうことの出来る魔剣は"遺失物"級からであり、むしろ人を喰らう事ができるからこそ魔剣であると言える程に、その魔剣としての器が覚醒する前に人の精神を喰う機能は意思を持つ以前から存在する。


 ダイトのコミュニティ――"聖遺物(レリック)"級が数多く居て、ともに魔王と戦った魔剣達は、人を"喰う(・・)"事は禁忌として定めていた。正直な所、その禁忌を破って人を"喰った(・・・)"ダイトは、友と会うのが怖かった。


 ダイトは道理に従うことを是とする魔剣としての宿命を帯びているのに、それを捻じ曲げる自分に対し、不条理を抱いている。

 相反する道理を抱え、餓鬼に落ちた者達を幾度となく見てきた彼は、いま、自分の存在が恐ろしいと感じている。いずれ彼らのように、己を失うのではないのかと――


 それでも、彼は道を進む。かつての仲間に罵声を浴びせられようとも、萌芽した『魔王』という種が人に仇なす為に牙を研いでいるのは確実だったからだ。


 思考の坩堝(るつぼ)に陥ろうとした時、弓の(しな)る音が、ダイトを現実に引き戻す。

 ひゅっ、という風切り音が鳴って、矢がダイトの直ぐ側の木に突き刺さった。

 ダイトは尻目でそれを確認すると、放たれた方へと視線を走らせる。しかし、既に射手はその場から動いたのか、その姿は見受けられない。


「延々と、我らが父祖の地を踏み(にじ)りおって、何者だ!」


 声は、少女のものだった。

 しかし、これは不思議な事ではない。長命種族のエルフは、老化が遅く、少女と見紛う容姿でも老婆のように歳を重ねているものだって、珍しくはない。殺気を一切漏らさずに、ダイトに対して正確(・・)に外して一矢を射った事から、それなりに経験豊富で、慎重なエルフなのかもしれない。

 そして、どうやらこの数日間で彼らの集落付近に足を踏み入れる事が出来ていたらしい事に、ダイトはすこし安堵した。


「話を聞いてほしい!ぼくの名はダイト!森の勇姿に話があって、尋ねに来た!」


 ダイトは剣を鞘ごと外して掲げ、身体を大きく開いて、危害を与えないと身体で主張する。

 しかし、件の森人はお構いなしに、ダイトのすぐ横――頬を掠めるように矢を射った。

 ローブのフード部分が脱げ落ち、ダイトの青白い肌が(あらわ)となる。

 弓を討ったエルフは、一瞬息を飲んだようだが、再び大きな声で、


「魔性に心を売ったものに聞く耳はもたぬ!即刻、立ち去れ!」


 と告げる。

 さて、困ったものだとダイトは頬をひとつ掻くと、肩を落とした。

 自分が魔剣喰われ(・・・)だということで、相手の態度を硬くさせてしまった。であるならば、相手はよっぽどじゃない限り、人の話を聞いてくれないぞ。

 ダイトは、仕方ないと(かぶり)を振って、手札を切ることにした。


「それでも、貴殿らに、ブリューナク殿にとって、大切な話がある!ここを退く事は出来ない!」


 それは賭けであった。

 エルフは情報を公にされておらず、時折エルフの冒険者として身を立てる者達の話によれば、少数の部族によって形成され、各地へと点在するように住むのが一般的だそうだ。

 もし、このエルフがフルンティグの言っていたエルフとは違う部族であったのなら、全くの無意味な札を切ることとなる。

 ただの狂人と扱われるだけか。

 果たして。




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