4 魔剣、詰問される
影はなんの警戒も抱かずにすすめられた席に座る。それは自信の表れか、それとも迂闊か。
おそらくは前者だろう。と、アレクサンダー≒フルンティグはあたりをつけながら、互いに席についたのを見計らって影に尋ねる。
「まずはテメーの名前くらいは教えろよ」
どっかりと腰を下ろした状態で、ちいさな影を睨む様子は、親と子どものような関係にも見えた。だが、実際のちから関係は逆だ。どちらも必殺の間合いであるだろうが、さきの一戦から、影の疾速さは自分以上だということははっきりと見て取れた。必然、この席は自分に剣を突き付けられているのと同義であるが、フルンティグの肝が太い為か、彼に動じた様子はない。
そんなフルンティグを見て好ましく思う影は、すこし口許を綻ばせつつそういえば名乗ってすらいなかったことを思い出して、かつて仲間がつけてくれた今では誇らしい名を口にした。
「ぼくの名前はダイト。この身体の名前ではなく、ぼく自身の名前から取っている」
そうか、ダイトか。とフルンティグは名前を舌で転がすと、知っている魔剣かどうか頭をすこしだけ抱えるが、思い当たる節がなく、思考を一旦棚上げした。
「で、だ。ダイトよ。オレっちが知っているおめーくらい強い魔剣って言えばひとつっきゃねえ。人が何度か死ぬくれー昔だが、エルフのばばあにオレっちの宿主が殺された時に、とびきり強い奴を見たんだ」
フルンティグは語る。
数百年前、"常勝将軍"と言われた過去の自分は自らを超えるものは居ないと驕り、多くの軍勢を率いて先陣を切って方方へ赴き、おのれの覇を唱え続けていた。その覇王となる為の道程にとあるエルフの魔術師が立ち塞がり、挑んだ結果、そのエルフの魔術師は大きな稲妻を操って自分を焼き殺して、灸を据えるという意味でエルフの片田舎に封じられる時に、そのエルフが操る杖から声がしたのだ。
「名前は……『ブリューナク』。その様子からすると、覚えがあるみてーだな?」
その名前を聞いた影――ダイトは、その幼い大きな碧眼をよりおおきく見開かれていた。ダイトは大きく頷くと喜色ばんで、フルンティグに応じる。
「ああ、ああ……。友の名前さ。それで、彼女はどこにいる?」
ようやく、呆れや失望といった以外の感情を見せたダイトにフルンティグは面白くもなさそうに笑うと、問いに対して投げやり気味に答えた。
「言っただろう? 人が何度か死ぬくれーの昔だ。だが、あいつはエルフに大事にされていた。エルフは長命種だ。まだその集落が生きてたら、この国"フロースガル"の端っこ、グレイハウンドにある森にまだ居るだろう」
「ありがとう。良い話を聞かせてもらえた」
と、ダイトは言って、すぐに腰を上げた。
その様子はかつての友の出会いに待ち焦がれているようでもあり、ただ単に焦慮に駆られているようにも見えた。だから、フルンティグはまあ待てよ、とダイトにふたたび静止を掛ける。
「エルフってーのは排他的な種族だぜ?行ってどうにかなるのか?それに、テメーがなんで、魔剣の事を探してやがる?」
それっくらい答えても、罰は当たらないんじゃないか?とフルンティグ。
その訴えに、得心がいったようにダイトは首肯する。
「ああ、そうだね……それでもいかなきゃならない。いいよ、答えてあげる。きみにも関係ある話だからね」
口を湿らせて、ダイトは低く呟く。
「君も魔剣なら、覚えているかな。空白の歴史を」
「いや、オレっちはまだ若いもんだ。目が醒めていくつかは人を変えたが、すくなくとも空白の歴史っつーのには掠りもしなかった筈だぜ」
銘に『憤怒』と据えたフルンティグというそれは、数多ある魔剣の中では人格は比較的若く、ほんの数百年前に自我を得た存在であった。ダイトの口ぶりからすると、ダイトはその自分の生きた時間を遥かに上回る悠久の時を過ごした強大な魔剣であることを察して、ごくりとつばを飲み込んだ。
「なら、すこし話をしよう」
気を張ったフルンティグに構わずにそう言うと、また腰を下ろしてダイトはつらつらと空白の歴史を語り始めるのであった。
*--*--*--*
空白の歴史――ぼくは、ひとと大きく関わっていないから詳しく知らないけれども、かつて、ぼく達意思のある魔剣が多く存在し、活躍していた時代は、そう呼ばれていた。
それは、人魔入り交じる、激動の時代だった。
今で言う亞人族が揃って人から敵対し、人族――ヒューマン、ビースト、エルフ、ハーフリング、ドワーフを襲い、人族逹はそれに対抗するために寄り集まってそれはそれはおおきな戦いになった。
人族は多くの英雄が生まれて、死んで、その英霊達の拠り所となり生まれたのがぼくら、『魔剣』種さ。
あまりにも多くの血を浴びて生まれたぼくらだけども、それでもまだ、戦いは終わらなかった。魔剣はなにも人族だけに現れるものではなく亞人達の武器もまた『魔剣』となり、争いは泥沼化していった。
そんな、気の遠くなるような長い戦いの間に疲弊したもの達や、恩讐への飢餓に耐えかねた魔剣達は、人や魔の見境もなく血肉を喰らう衝動が生まれて、宿主とともに『餓鬼』に成り果て、人を襲いはじめる者たちもいた。それを狩る為に魔剣が駆り出されたりもした。
人と敵対した亞人族の王――みずからを「魔王」と自称していた者達はどれも等しく意思を持つ魔剣を握っていた。自我を持つものもいれば、さきに言った『餓鬼』に堕ちた魔剣を握り自我を失ってまで人へ復讐を誓うものもいて、両者ともに絶大なちからをもってぼくらを苦しめてきた。だが、長い長い年月の末にようやく「魔王」をすべて討ち滅ぼすことに成功したんだ。
ただ、ぼくらも無事ではすまなかった。おおくの魔剣を喪った。それに、「魔王」は身内にも居たんだ。
ぼくらが「魔王」討伐を掲げて決死隊として敵地に赴いてる間に、魔剣に意識を奪われた人族の「魔王」がひとの住処を滅ぼし、これまでの文明が失われてしまった。これが、「空白の歴史」の誕生になるらしい。
その「魔王」も後にぼくらに討ち取られる訳なんだけども、人は多くの人間と住む場所を喪ってしまったんだ。
人はあまりにも脆弱だ。ぼくら魔剣が彼らの導となり、先人達の知恵を施してどうにかして人の生息圏が生まれた。それが、今の歴史の発端になるらしい。ぼくももうその頃は、ただの剣として生涯を終えるつもりだったからわからない。長い戦いに、ぼく自身も疲れてしまって、辛うじて意識を繋いでいた状態だったから……。
しかし、先日――何者かに、ぼくらの仲間だった魔剣が壊された。きみも知っている通り、魔剣というものはとても頑強だ。凡そ生物の出来る範疇では壊されないのに、森を引き裂くような閃光とともに、僅かな時間の間に完全に壊されたんだ。そして、彼女はぼくが駆けつけた時、今際の言葉に「新たな魔王が生まれた」と残していったんだ。
そのことばが事実だとしたら、それは人類史上にとっての一大事だ。
だから、ぼくはかつての旧き時代を生きた魔剣と戦士を集めて、あたらしい「魔王」をふたたび討とうとしている、という訳なんだよ。
*--*--*--*
おそらくは、もっと、膨大な出会いと別れ、争いがあったのであろう、空白の歴史を掻い摘んだ話を聞き終えたフルンティグは、神妙な顔をしてダイトに言った。
「……するってえと、なんだ。オレっちもその魔王ってーのと戦うことになる、そういうことか」
フルンティグとしては、ゾッとする話であった。
先のブリューナクにつづいて、今度は自分の得意な接近戦で土をつけられたばかりなのに、そんな馬鹿げたちからを持った奴らが、過去にごまんと居た事に、フルンティグは苦笑いを隠せないでいた。
かつてのおのれの覇を唱えていたことが、如何に浅ましい行為だった事かを、今この場において、深く思い知る事になろうとは。
呆然とした気持ちを目頭を揉んで、なんとか気持ちを切り替えると、ダイトに話を促した。
「ああ、そうさ。『魔王』が、かつての『魔王』とおなじようにしているのなら、すべての人族と……それに魔剣を、喰い殺すまで止まらないだろうからね」
ダイトはかつての戦いを思い浮かべながら、魔王という脅威に身を震わせた。
こんな奴でも怯えたりするんだな、とどこか遠くで思いつつも、一点。自分の胸に凝りのように残る疑問を切り出そうと、フルンティグはダイトをまた睨みつける。
「そうか……。それはそうだな。それで、素朴な疑問なんだか。オレっちは『おまえ』の事を聞いちゃいねえな、って」
「というと?」
ただならぬフルンティグの雰囲気に、ダイトは僅かに身を硬くして言葉を待った。
フルンティグのその目は、嘘は許さぬ、と言った威圧が含まれていた。
「テメーのその身体、まさか降って湧いた訳じゃないだろう、って聞いてんだ」
睨みつけたまま言い放ったフルンティグの言葉を、ダイトは黙したまま受け止めた。碧眼は見開かれ、僅かに揺れる。今までの饒舌な姿とは打って変わって、鉛を飲んだかのようにしんとダイトは静まり返った。白々しいまでのダイトの反応に、フルンティグは眉間にさらに皺が寄るのを自分で感じていた。
ダイトの発言通りなら、ああ、そうだ。確かに相手は人類の守護者様だろうさ。でも、こいつは今、自分がした事を隠している。その襤褸布の下に、自分がしでかした事を、ひた隠ししている。それがどうにも気に入らねえ。
フルンティグは人類の守護者さまを気取るつもりはないが、ダイトの矛盾した行為に憤りをおぼえた。今もあの手この手で口八丁に逃げ出す腐れ貴族のように、聞こえの良い言葉を列べているように思えて、どうしても堪える事ができなかった。
たとえ彼我の実力が歴然たる差があろうとも、ダイトのその姿勢に対してフルンティグは容認することはできなかったのだ。
フルンティグは畳み掛けるように、続けて言葉をくちにする。
「オレっち自身の事だからわかるんだけどよ。『魔剣』種だって言っても結局はただの武器だ。持ってくれる奴が居なければ、オレっち達はちからを振るえねえ。そしてさっき、「この身体の名前ではなく」なんて御大層な事を言っていたじゃねえか。
てめえ……宿主を"喰い"殺したな?」
おなじ魔剣種である、フルンティグにはわかる。確かに、自分は武器であるが、同時に「武器を超えた何か」である事を。だが、それでも武器は振るわれてこそ、振るうものが居てこそだ。かつての"常勝将軍"時代、宿主を"喰い"殺して自分自身が主人格と収まって居た事があった。
その時の肌の色は、今こうして対峙しているダイトと同様、青白い肌をしていた事を。
果たして。
ダイトはひとつ、息を漏らした。
それはとてもとても長いものであり、まるでおのれの罪を突き付けられた痛みを耐えるようなそんな感慨さえ幻視するようなものであった。
やがて、それが収まると。彼は意を決したのか、それでも弱々しい瞳でフルンティグを見て毅然と言い放つ。
「そうだ、"喰った"。この子の精神を"喰って"、ぼくは、友が死ぬ間際を見た」
ダイトは、はっきりとそう言うと、椅子を立った。そして、身体を隠していた襤褸布を取り払う。
やはり、その顔は、声から伺ったとおりにあどけない。十代をいくつかいったところであろうその身体は、痩せっぽっちで、明らかに栄養が不足しているのがうかがえた。そして、なによりその肌は、青白く、その顔にはどす黒い隈があった。大きな碧眼は、細められ、悔恨を滲ませていた。
そうか、とフルンティグはひとつ呟くと、
「で、オレっちはなにをすればいいんだ?」
と、肩の力を抜いた調子で、ダイトに尋ねた。
その様子に、ダイトは思わず目を丸くする。
「気にならないのかい?ぼくは人"喰い"の魔剣だ。おなじく、人に仇なす存在……」
「そんな事を気にしてどうする?人を"喰って"まで駆けつけたいダチが居たんだろう?仕方ない事さ。オレっちだって、一度は"喰った"事はあるが――今はアレクサンダーと楽しくやってるよ。それに、辺境伯やバーバラ、オマケに将軍との話して、あったけぇって感じるんだ。オレっちはそいつらの為なら、身体張れると思ってる」
あんたも、そうなだけだろう?と、フルンティグはダイトを試すように言った。
フルンティグにとってダイトがひとを喰った事などどうでもいい事だとおもっている。ただ、自分の行いを隠して正義を訴える手法が気に食わないとおもっていただけで、そこまで深い考えがあった訳ではない。
自分もかつて人を喰らった事がある以上、ダイトに対してとやかく言うつもりは毛頭なかった。
ダイトは、そうか、とつぶやくと、崩れ落ちるように椅子に座る。
「まあ、積もる話は後だ。オレっちはオレっちなりに動いてみる。ダイト、てめえはなんとか、エルフに渡って話をつければいい」
「ああ、そうだね。ありがとう、フルンティグ」
ダイトは、陰りのない、こころからの微笑みをフルンティグへ浮かべた。
人の世五十年、みたいな感じでファンタジーの世界ですが平均寿命は六十割ってる設定です。
魔物による災害か、戦乱か、或いは病気で簡単に死んじゃいます。