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魔剣アロンダイト、いざ参る!  作者: はたらかない
グレイハウンド辺境にて
34/37

32 魔剣、慰める



 冒険者ギルドからの急報を受けて、ガルフォードはスタンピートを想定した厳戒態勢を発令させた。

 既に冒険者ギルドでは行動を移しており、騎士団もそれに追従する形でグノーグ原野を拠点とした警戒網を設置していた。

 類を見ない森小鬼(ゴブリン)の軍勢と、常軌を逸した魔剣をもつ特殊個体、森小鬼之王(ゴブリン・キング)の出現。その両者が合わさったスタンピートということで、被害は計り知れないと判断され、早急にグノーグの森に面した北区と東区の住民は避難を求められた。

 魔境に面したグレイハウンドの住民は手慣れたもので、つつがなく避難は終わり、代わりに北区と東区に騎士団と冒険者で賑わうこととなった。


 日差しがぎらぎらとかがやき、夏真っ盛りの時期を迎えている。「灰色の狼」帰還から既に、三日が経過していた。

 グノーグ原野を最前線として、厳戒態勢に臨む冒険者と騎士団は猛暑に体力をじわじわと奪われていた。記録的猛暑という訳でもないが、鎧や対刃用の革のベストを着込んでいれば当然熱は篭もる。裸に近い装いに日除けのローブを纏うといった豪の者もいたが、彼らの敵は真夏の日差しでもあると言えた。

 ただ、幸いなことにグレイハウンドという土地柄、冒険者と騎士団の仲は険悪なものではなく、戦力展開は穏当に行われている。共に魔境から現れる魔物を退治する身だ。互いに足を引っ張れば、たちまち魔物達の餌食になってしまう。生き残るには当然の選択と言えた。


 そんなピリピリとした空気の中、待機する冒険者らを訪問する矍鑠(かくしゃく)とした老人がいた。ガルフォード・グレイハウンドである。

 ガルフォードはみずから陣頭指揮を執ることで、作戦に従事するもの達の士気を高め、規律を引き締めていた。

 数名の騎士と、日差しを厭うようにローブを目深に被るダイトと共にガルフォードは周囲を見て回り、統制を確実なものとしていた。


 ダイトが最前線に詰めずに、ガルフォードの小姓のように着いていたのは単純に、彼が『魔王』出現まで手持ち無沙汰であったからだ。

 確かにダイトは無双のちからを有しているが、仮にここでその力を振るえば、冒険者たちの食い扶持を奪ってしまうという事態に陥りかねなかった。加えて、騎士団も厳しい訓練における成果をこの(いくさ)に持ち込みたかったということもある。

 無論、それ以外に単純に実力が未知数である『魔王』に対して備えたかったというのもある。

 それに、現状では『魔王』と対抗出来るのはダイトと五光神杖(ブリューナク)しかいない事から、いつ急報が告げられてもいいように彼の脇に侍っている方が何かと都合が良かった。


「いつ見ても街の皆が消え失せる光景は慣れないものだ。寂しいものがあるのぅ」


 ガルフォードは髭を撫でつなげながら、火の消えた軒先を曝す東区にしんみりとつぶやきを漏らす。

 周囲にはガルフォードの護衛騎士とダイトしかいない。既にあらかた今日の陣頭指揮を終えて、一旦帰城するところで、ふとした拍子に彼は寂寥感を感じた。


「そうですね。あれだけ人で賑わっていたのに、すこし寂しい気がします」


 ダイトもそれに習って、がらんとした東区を見渡した。


「この地では当然に起こりうることであるとはいえ、為政者の身としては市民の生活を奪うのはなかなかに辛いよ」


「みんなが笑いあって過ごすところは貴重ですからね。ぼくも、すこし心が痛いです」


「だが、やらねばならん。未曾有の脅威と仮定しなければならない『化け物』が迫ってきている以上は特にな。して、ダイト殿。おそらくは『魔王』という存在が攻めてくるわけだが。勝率のほどは?」


 厳しい表情でガルフォードは東区を見回して、ダイトに問うた。

 これに、ダイトは神妙に答える。


「現状わからないことだらけですが、リューナさん……五光神杖の戦闘支援(バックアップ)があれば、たぶん、負けはしないと思います。ですが、確実を期するなら、仲間が不足していますね。ミャミャルはまだ帰ってこられないのですか?」


「すまんの。ミャミャルくんは西方に赴いてもらったばかりだったから今しばらく掛かる。早馬を出したが……戻るのにあと五日は掛かるじゃろ」


「そうですか……」


 岩融(いわとおし)の主、ミャミャルはつい先日グレイハウンドの地を出たばかりであった。西方にある魔剣に(まつ)わる噂の真偽確かめる為に出立したあとに、今回の厳戒態勢が発令される形となった。

 その為、今この場には居ない。彼女の戦闘技能は魔王を追い込む際に、非常に有用であったが為に惜しいと感じたのはダイトとリューナの言だ。

 『魔王』というものはいくら虚飾を重ねようとも、生物に根ざした特性を持っている為、想像以上に生き汚い。生存能力がずば抜けて高く、部下の尻尾切りでまんまと逃げ(おお)せるなんてざらだ。

 その為、『魔王』を討伐する際の通例が、複数の魔剣による包囲殲滅とされているが、ここには直接的な攻撃を主力とするダイトと、光術による殲滅が得意な五光神杖ブリューナクしか居ない。包囲に向いた権能(ちから)を持った魔剣がいない為に、今回の討伐は至難を極めた。


「すまないな、ダイト殿」


 『魔王』を倒す為に魔剣を募っているのに、『魔王』を討伐する人員を欠くことになる、いわば本末転倒になってしまったことにガルフォードは深く詑びた。

 一応、代わりにヒューマとシャーレが率いるグレイハウンド騎士団の精鋭が森小鬼の包囲を担うことになっている。だが、人垣と岩融が操る石垣とでは、信頼度が違い過ぎた。

 ここで『魔王』を逃すことになれば、また『魔王』は雌伏の時を経て、より大きな存在となって、テーレスに襲いかかるかもしれない。その懸念をガルフォードは抱いていた。


「いえ、なんとかしますよ」


 何故ならば、その為に自分はいるのだから。如実にそう語るように、毅然とした態度でダイトはそれに応じた。彼はどこまで言っても気高い、人類の守護者であった。

 ガルフォードはその答えに申し訳なさそうに頷くと、こちらに駆けてくるコリンズの姿を認めた。


「どうした、コリンズ」


「じじい、疎らだが森の浅い所で森小鬼があらわれ始めた。まだ大物は見つかっていないが、どうする?」


 コリンズも今回、騎士団のいち員として動いており、胸に手を当てて荒っぽく一礼すると、斥候が持ち帰った情報を告げた。

 森小鬼の出現。やはり、森小鬼の一団はテーレスの街を捉えていたらしい。

 これから徐々に森小鬼が群れをなして襲い掛かってくるであろうことは、容易に見て取れた。


「来たか。まだ攻撃するな。原野まで引き付けてから迎え撃つことを徹底させろ。森の中では小回りの効く森小鬼どもが有利だ。隊列を整えさせろ」


 ガルフォードはコリンズに言い含めると、踵を返した。帰城は取りやめたらしい。


「儂は東区に駐留しよう。コリンズ、気をつけろ。ただの森小鬼と思って侮るなよ」


「心配ねぇよ。どこかの鬼コーチに散々しごかれたんだ。精々頭数を減らしてやるさ」


「ダイト殿は引き続き警戒を頼む。いつでも出られるよう準備しておいてくれ。そして、すまんが誰か、メアリリ殿を呼んでくれ」


「なら、ついでにぼくが呼んできましょう。皆さんはガルフォードさんの護衛を続けてください」


「ふむ、ではそのままダイト殿にお願いしようか」


 ダイトはその役目を買って出ると、ガルフォードはすぐに了承した。じわりじわりと相手も動いている時点で突如事態が動く可能性は低そうだと考えたからだ。

 ダイトはその場に居る皆に一礼すると、すぐさまグレイハウンド城へ駆けた。

 グレイハウンド城は騎士が先導して市民の受け入れをおこなっていた。騎士と市民を併呑して呑み込みながらも、まだ平然とした威容は頼もしさすら感じる。

 ダイトはメアリリの部屋に訪れると、扉を背にストロロが難しい顔で立ち尽くしていた。


「ダイトか」


「ストロロ、メアリリを呼びに来たんだけど、いるかい?」


「いる。が、すこしメアリリは体調が優れないらしい」


 気難しげな表情のままストロロは応答する。


「医者には罹ったのかい?」


「ああ、そういうのではない。戦の空気に()てられて、ナーバスになってるだけだ」


 ダイトはメアリリを思いやって医者を薦めるが、ストロロは違うと首を振った。

 ストロロ曰く、メアリリは今回の森小鬼襲撃における空気に中てられて、「相手を殺すこと」に必要以上、気に病んだらしい。それをブリューナクに指摘され、今は誰とも顔を合わせたくないと言って、ひとり閉じこもってしまったらしい。

 思い返してみれば、一行の旅路の中でメアリリは一度も手を血に染めたことはなかったことをダイトは遅れながら思い出した。


「二日前くらいから、閉じこもりがちだ。食事も喉を通らないらしい。暫くすれば覚悟も決まるとおもったが、その分だと森小鬼どもに動きがあったのか?」


「ああ。今最前線が接敵したくらいだ。もしかしたら今日中にも来るかも知れないから、メアリリを呼びに来たんだけども……」


「……わたしが説得しよう」


「まって」


 踵を返して扉を叩こうとするストロロに、ダイトは待ったをかけた。


「親しすぎると見えないこともあるかも知れない。ここはぼくが行くよ」


「しかし」


「拒絶された時は、ストロロ、お願い」


 ダイトはそう言うとストロロを退けて、扉に近付いた。


「メアリリ、いるかい?」


 控えめに響くノック音。しかし、返ってくるのは沈黙だけだ。


「メアリリ、入るよ?」


 ドアノブは錠が掛けられていないのか、易易と回ると、扉は簡単に開いた。

 扉の向こうには、メアリリが五光神杖を抱いて佇んでいる。

 ダイトは言いようのない空気を感じながらも、そっと扉の内にはいった。


「ねえ、ダイトくん。ダイトくんは、さ。戦うことが怖くないの?」


 メアリリはこちらに背を向けたまま、突如そう尋ねてきた。それはここ数日の戦場(いくさば)の空気に中てられたメアリリの中で燻っていたものであった。

 メアリリはエルフの巫女である。戦士でも、狩人でもない。いのちのやり取りとなると、今回が初めてとなる。


「わたしさ、今まで外に出ることがなかった。この旅でも、魔物と出会った時でも命を奪うという行為に及んだ事がなかった。サムタウとストロロに護られて、今まで過ごしてきた。でも、今回はちがう。わたしが、今度はブリューナク様の権能(ちから)を持って、みんなを護らなきゃいけない」


 メアリリの声は震えていた。

 過大とも言える期待と責任が、彼女のか細い肩身に押し寄せてきて、彼女という意思を揺るがそうとしていた。

 生命のやり取りは多かれ少なかれストレスが伴う。そう言った訓練を積んだことのないメアリリには、今回の森小鬼たちのスタンピートに怖じ気ついてしまっていた。


「わたしはどこかで、軽く考えていたとおもう、命の奪いあいを。でも、ここに来てなんでかな、怖くなっちゃった。相手も死にたくないっておもうから、わたしを殺しに来る。それでもわたしは死にたくないから、殺す。それが堪らなく怖いの」


「そうか」


 対して、ダイトの声はどこか硬い。

 だが、ダイトはメアリリを内心で、好ましくおもえた。生命を尊重するその精神は素晴らしいと感じる。空白の歴史(あのころ)はそれすら唾棄すべき弱い考えとして捨て置かれたものが、時代を経て生じたその優しい心に、喜ばしいとさえおもった。

 しかし、あの厳しいブリューナクのことだ。場合によっては、容赦なく彼女の身体を奪い取って、その権能(ちから)を振るうことは容易に思い浮かぶ。今は沈黙を守っているが、彼女は戦闘においても甘えや容赦を許すような性格ではない。しかし、そんな脆い精神状態で魔剣を扱えば、魔剣に呑まれてしまう。

 ならば、ダイトはせめて、自分の覚悟のすすめを説くことにした。それが彼女の心の救いになればいいとおもって。


「そうだね。ぼくは人も魔物も、生命のやり取りを経て、殺したことは数えられない程あるけど。時折、思い浮かぶ時があるよ。おまえさえ居なければって、呪詛を吐く人達の顔が。でもね、結局、そうしないとぼくが、或いは誰かが、死んじゃうかも知れない。彼らは立ち塞がる壁である事に代わりはない」


 人も亞人も魔物も等しく(あや)めてきたダイトは言う。


「だから、ぼくはその時だけ、躊躇わないようにしているんだ。あとでいっぱい後悔するかも知れない。でも、後悔するってことは、その人達が存在していたってことだろう?だから、怖くても良い。忘れないように、自分の中に刻み込んでおくことを忘れちゃいけない」


 ぼくなりの意見で悪いけどね、とダイトは肩を竦めた。

 ダイトは自分の手に視線を落とした。

 その手は相変わらず剣に塗れていない柔らかなもので、人の血など触れていない無垢なもののようにもおもえた。だがその実は、人にも、魔にも(ひと)しく血を浴びた手であった。

 それはこの身体に限った話ではなく、以前の宿主もふくめて、だ。

 あのミャミャルを救った盗賊団の時でさえ、殺すことを躊躇ったダイトだが、ずいぶんと前はアロンとしてもダイトとしても、多くの人ないしは、人ではないものを血で染めてきた過去があった。

 そんな自分が、誰かに覚悟を説くなんて、内心でおかしいよなあ、とおもってしまう。


「そっか。忘れないように……。不器用な生き方だね」


 メアリリは涙を拭って、努めて明るく声を挙げる。

 未だ後ろ姿だけしか見えないが、その背筋はいつしかぴんとしたものとなっており、迷いを拭いきれた様子が伺えた。


「ぼくもそうおもうよ」


 ダイトは小さく笑う。


「でも、わたしはその生き方、好きだよ。怖いけども……つよい考え方。わたしも、そんな風に受け止められるようになるかな」


「なれるさ」ダイトは間髪入れずにそう言った。


「だって、メアリリは誰かを思いやれる強い子だからね」


 ダイトは鼻の頭を掻いて、そっぽ向いた。

 メアリリは一瞬、ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐにはにかんで、ダイトを抱きしめた。


「うん、そっか。そうだよね」


「それはいいけど、なんで抱きしめるの」


「わかんない!」


 そんなことを言って、嬉しそうに、花が綻ぶような笑みを浮かべて、メアリリはまたぎゅっとつよく、ダイトを抱きしめた。

 ダイトもひとつ山を超えたメアリリにほっと胸をなでおろしつつ、その柔らかい感触に身を委ねた。



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