31 魔剣、魔王の存在を確信する
魔境への探査依頼。
ガルフォード・グレイハウンド辺境伯の名義によって大々的に出された依頼は、数ある高ランクの冒険者を魔境へと駆り立てた。グレイハウンド辺境伯が個人で繋がりを持った冒険者は、テーレスの街においては実に多く存在しており、高ランク者ともなればガルフォード自身が手ずから会談を設ける事もしばしばあった。
これはグレイハウンドという地がグノーグの森という魔境を抱えている為であり、魔物を狩る冒険者の存在が他の地域に較べて極めて重要な存在であることが由来する。
そういったガルフォード自身が骨身を削って得た知己が、今回魔境の探査――『魔王』の存在の探査を買って出る多くの冒険者という形で実を結んでいた。
ダイト達の存在を知った以上、ガルフォード自身は『魔王』という存在に多少の疑念があれど警戒すべき存在として認知しているが、一般には『魔王』といったら、お伽噺に出てくる巨大な魔物と言った程度の認識で、具体的な姿形などはない。稀に吟遊詩人が大柄な体躯をした魔物の元締めを『魔王』と称したりしている程度だ。
明確に人族に敵意を持ち、そのちからが振るわれれば災厄が齎されるという、ダイトの言う『魔王』とは程遠い。その為、探査の名目としては「森近辺の治安維持と魔物による繁殖期の未然検知」を掲げていた。
その依頼を受け、雨季が空いた魔境を探索する冒険者の一団があった。
彼らは「深緑の息吹」といい、テーレスの数ある冒険者の中でも上位に入る腕の立つ冒険者の一団であった。グノーグの森では欠かせない森友朋技能を持つものがリーダーとなって集ったもの達で、それぞれがレンジャーとしての技能を有しており、グノーグの希少な薬草を採取したり、繁殖期の魔物を獲物として冒険者ギルドをのし上がった腕利きの冒険者である。
その冒険者達は今、緊張の糸をぴんと張り、命からがらの任務に臨んでいた。
原始林が繁茂するグノーグの森の一角。
ゲギャゲギャと奇声で賑わう森の奥地で、木々に紛れ息を潜める「深緑の息吹」達。
彼らのうちのひとり、最前列で亞人達の盛況な場面を睥睨する男が、これが異常であると確信を持って判断を下す。
――――グノーグの森の異変か。これの事だろうよ!
「深緑の息吹」のリーダーであるイヴァンは、木々を背にハンドサインで各々のメンバーに指示を下す。撤収のサインだった。
彼は額に汗を滲ませながら、眼下に広がる光景に舌打ちする。
類を見ないほどの森を埋め尽くさんとばかりにいる森小鬼に囲まれた、台地のように盛り上がった森の一角で、一匹の醜悪な顔の狩人が木漏れ日を受けながら、雄々しく叫んでいた。その体は森小鬼族から大きく外れ、2mは超える鬼のようながっしりとした体躯に加え、よく肥えた腹をしている。その手には、禍々しい意匠の黒槍が握られ、雄叫びとともにそれを盛んに天に掲げている。その貫禄のある様から、森小鬼之王と呼ぶべき存在だろう。
通常、森小鬼といえばこんな強靭な体格を持った存在が生まれる筈はない。あくまで彼らは亞人族――人族の理の範疇に生き、この森小鬼之王のような種族を大きく逸脱した進化を遂げる種族ではない筈だった。しかし、現に今己の覇を唱えんと森小鬼達にゲギャ、ゲギャ、ゲギャと叫び散らすその存在を、イヴァンはしかと目に捉えていた。
――――この情報はグレイハウンドに、ガルフォード卿に一報入れなければ。
ただでさえこの森小鬼の異常繁殖ってだけで異常事態なのに、と彼は心のなかで毒づいた。
イヴァンは静かに、しかし着実に木々を影にして仲間とともに撤退を試みる。肝をつぶすような撤退劇となる筈だった、が―――
ゲギャ!ゲギャ!ゲギャ!
数匹の森小鬼が森小鬼之王とは違う方向を向いて、声を上げる。
それは奇しくもイヴァンが隠れている方を向いており、錆びの浮いていない剣や斧を持って徐々に近付いてくる。どうやら風向きが変わったことで、森小鬼に臭いを嗅ぎつけられたらしい。
イヴァンはちっと舌打ちして、それでもじっと森小鬼達が近付いてくるのを待った。まだ、周囲は気付いていない。
森小鬼がイヴァンの隠れている木へ視線を凝らして覗いてきたその瞬間、森小鬼の一匹を斬りつけると、ギルドメンバー達が撤退するのとは違う方向へ脱兎のごとく駆け出した。
「逃げろ、逃げろ!!今見たものを必ずガルフォード卿に伝えろ!」
そう指示を下しながら、彼はひとり森小鬼の群れに身体を曝す。
イヴァンにとってこれは決死の選択であった。単身でこの森小鬼の群れに追われるのは、分の悪い賭けであった。森小鬼達は子どものような矮躯であり、足はそれ程早くはない。しかし、木々が生い茂る森の中である以上、一八〇センチはあるイヴァンの背丈が立ち回りに影響し、総合すれば五分五分といったところか。
それでも、このことをグレイハウンド領に持ち帰らなければ、惨劇が生まれる事は確実だ。ならば、自分が身を挺してでもメンバーを護る事で、確実に情報を伝達するようにとイヴァンは森小鬼共にその身を曝したのだ。
それがイヴァンという冒険者ギルドメンバーの意地であり、貴族でありながら自分を買ってくれるガルフォード卿への奉公であった。
その思いが伝わったのか、「深緑の息吹」は木々から勢い良く飛び出して、森小鬼が溢れる森の一角から離れていく。
――――それでいい。なんとしてでも、伝えてくれよ。
イヴァンはそう心で念じながら、小剣を抜き放ち森小鬼を切り払う。追い縋った森小鬼の一匹が血を撒き散らしながら怯んだ。だが、他にも森小鬼は追従してきている。
イヴァンは分が悪い賭けにただ天命を待つでもなく、彼は全力疾走で森を駆けながら自分の生存確率をすこしでも上げようと足掻く。
ようやく闖入者の影を認めた森小鬼之狩人の放つ矢が彼に向かうが、エルフとは違って正確さの欠ける矢は木々に突き刺さって肝心の本人には当たらない。他の森小鬼もゲギャゲギャと耳障りな鳴き声を挙げながら駆け出すが、密集していた為に思ったように身動きが出来ずにいた。
――――このままならいける!
逃亡に好感触を得たイヴァン。
しかし、ここまで黙していた森小鬼之王がおもむろに黒槍を振り翳すと、イヴァンに向けて振り下ろした。
鬼のような巨躯から繰り出されるその一撃は、森を引き裂く光と共に黒い稲妻となって荒れ狂うように突き進む。その稲妻は途中に居る森小鬼を焼き焦がし、木々を破砕しながらイヴァンに迫り来る。
黒い稲妻は、僅か右に逸れてイヴァンに辛うじて当たらずに木々を突き抜けていった。これに、イヴァンは肝を冷やした。
何が起きたのか。脇を突き抜けていった黒い稲妻の発生源に振り返りたくなるが、状況はそれを許さない。黒い稲妻の舌が狙いが荒いままにイヴァンに降り注ぐ。
いくつもの雷鳴が森を焼いて煩雑な森の地形を変えた所で、一瞬の隙を見てわずかに振り返った時にイヴァンは垣間見た。鬼のような巨躯から型もなく振り回される武器から黒い稲妻の舌が伸びるのを。
――森小鬼之王の、武器。イヴァンは知っていた、魔剣という存在を。雷の魔槍と呼ぶべきそれを、王は細枝のように振るっているのだ。
すこし脇目をふっている間に、更に寂しくなった森をイヴァンは駆けて逃げる。森小鬼之王は魔槍を使いこなしていないのか狙いが甘く、距離をおけば当たることがないのが、幸いか。
それでも、不幸の一撃があれば一撃で昏倒させられる事は確かだった。
稲妻が森を荒らした分全力で駆ける事が出来たが、その分前方は火の手が上がり行く先々が炎に包まれる。しかし、それでもイヴァンは猛る炎に身を躍らせながら、必死に森小鬼之王から行方を眩ませる。
そして、イヴァンはいくつかの火の手を掻い潜ると、いつしか黒い稲妻は止み、あとに残るのは森小鬼達の軍団だけであった。
*--*--*--*--*
今日も客足が絶えることのないテーレスの街。
あれから、ダイト達はメアリリの為に週に一度の休息日を設けており、今日はそんな中の一日であった。
ダイトとメアリリ、ストロロとサムタウは肉の串焼きを片手に持ち、西区を食べ歩きしていた。
西区というのは冒険者ギルドがある為、そこから買い上げた珍品や珍味を取り扱うことが多く、なにか目新しいものを探すとなると、西区を冷やかしたほうが多くのものを見つけることが出来る。
そんな珍しいものがより多く供給される、冒険者ギルドのすぐそばで、四人は屋台から焼き立ての豚人の串焼きを摘みながら、冒険者を見渡していた。
ダイトは意思を持つ魔剣を冒険者が所持してないか見回ったりしているが、休息日ということでそんなに気を尖らせているわけではない。今ももきゅもきゅと串肉を頬に詰めるダイトをおもしろがって、メアリリが自分の串肉をあげている程度には気の抜けた巡回であった。
「しかし、一月かあ……。ダイトさん、本当に『魔王』は現れるんですか………?」
いち早く串肉を喰らって、新しい串肉を購入して頬張るサムタウが口を尖らせる。
ここ一月の間、訓練を除けば平穏そのものだった事から、サムタウの緊張はもはやほとんど残っていない。
「たぶん、ね。ここかはわからないよ。ガルフォード卿に確認を取ったけども、他所に行ったとしたらなにかしら話題には上がると思うけども、それすらないからね。まだグノーグの森に潜んでいる可能性が高いと思う」
ようやく食べ終えて空いた口で、ダイトは言う。
ちなみに、ダイトはローブを着ているもののフードは取り払っており、頬紅を塗った顔を晒している。いつもの乗馬パンツとサイズがぴったりなシャツの出で立ちだ。、
サムタウも森に出たばかりのような軽装の緑衣ではなく、ポロシャツにベストを着込みチノパンを履いており、エルフ特有の美丈夫顔も相俟って貴族のような姿形となっている。
メアリリは黄を基調とした町娘風のドレスを、ストロロはやはり緑色をしたワンピースを選んでいた。金糸に見紛う艶やかな金髪に貴族以上に整った姿形は耳目を集めるに事欠かず、今も通りがかりに人々が眺めていたりはする。
本来ならばならずもの達の集う区域にメアリリ達は格好の的であろうが、そこはダイトの存在が彼らに萎縮させている。
岩融と出会った日とは別に、西区を訪れた時にメアリリ達を無理やり連れ込もうとした冒険者が居たが、それをダイトが瞬く間のうちに鎮圧してしまい、ダイトは冒険者ギルドに顔を覚えられる事となった。無論、その現場を知らないどうしようもない輩も居たが、やんちゃを働こうとする前にダイトが割って入ってねじ伏せている為、冒険者達は急速にダイトの存在への認識を共有しはじめていた。
「ひょっとしたらグノーグの魔物達が『魔王』なんか食べちゃってるんじゃないかしら」
ストロロは串肉を食べ終えて串を規定のゴミ箱に捨てると、意地悪そうに口の端をあげた。
「それなら、それでいいけどね。でも、仮に『魔王』まで実力を高めている相手ならあの森の征服者になっていてもおかしくない。もしかしたら、繁殖期に伴ってスタン・ピートと共に街に現れるかも知れないよ」
「束の間の休息ってことですか………うへぇ」
ダイトの主張にサムタウはげんなりとする。事実、スタンピートという喫緊の状況下でダイト並かそれ以上の魔物があらわれたとしたら、その被害は留まることを知らないのは想像に難くなかった。
「うん。だから、今ある平和をじっくり味わっておかないとね」
「私はこういう平和な時間が続いた方が嬉しいから歓迎!」
しみじみと語るダイトの脇で、メアリリはいそいそとハンカチを取り出してダイトの口を拭っていた。
そんなまったりとした空気の中、突如として冒険者ギルドが活気づく。
開け放たれた扉から冒険者が詰め寄り、なにか騒いでいるようだった。
「なにがあった?」
サムタウは目を鋭くして騒ぎの方へ視線をやる。この騒ぎ方は喜色ばんだものではなく、もっと暗い雰囲気をもったそれであった。
人垣が出来ている中、サムタウが騒動の元に真っ先に向かうが、上背の恰幅のよい男たちばかりで飛び跳ねても、その騒動の元凶を見ることはかなわない。ダイトはそんな彼を見やると、すぐさま背を向けた男たちの腰を突いた。
「ん……なん、げっ」
「ちょっと、通してもらいたいのですが」
ダイトは男ににっこり微笑む。すると、男達は先のダイトの所業を知っている為か、おそるおそるといった体ですぐさま道を開けた。
道が空いたその先、冒険者ギルドの軒先で椅子に座らされた顔に大きなやけどを負った冒険者がいた。そのやけどの負い方は、どうやら髪が燃えたことが起因してか、額から後頭部にかけて毛髪は絶え、ぱんぱんに膨れ上がっていた。おそらく、男であろうそのやけどを負ったものは、意識が曖昧なのかぐったりしている様子であった。今も冒険者ギルドの人間から回復薬のポーションを浴びせられているが、一向に意識が戻る様子はない。
冒険者ギルドに備え付けられている回復薬のポーションは確かに性能が良いが、それで駄目となると、冒険者ギルドに備わっている設備では不十分であった。
「おい!なんだてめえは!?」
「急患だぞ!ガキはすっこんでろ!」
周囲が罵声を浴びせる中、ダイトはやけどした男に詰め寄ると、癒やしの文言を唱える。
「"このものにやすらかな癒やしを"『光快癒』
手から放たれる緑色のやわらかな光が、男のやけどした部分に染み入っていく。緑色の発光は、ゆっくりと頭全体を覆うと、徐々に膨れ上がった部分を癒やし、元の姿へ戻していく。
やはり、と言った様子でダイトは腫れがひいていく患部をみつめながら得心がいったような表情を浮かべた。
「坊主、神官か!?」
「わ、悪い。申し訳ねえ」
「いえ、お気になさらずに」
罵声を浴びせた男達がすぐさま手のひらを返して謝罪の言葉を発するが、ダイトは気にすることなく治癒に罹る。
――数分がたって。
男の患部の腫れは完全にひき、おおよそ人とおなじくらいの頭部にまで回復した男は呻き声と共に目を覚ます。
「大丈夫ですか。ぼくの指が見えますか? 数はいくつです?」
「あ、ああ……『3』だ。よく見える。俺は、一体……?」
意識が回復したところで、ダイトはふぅ、と一息ついて肩を下ろした。
周囲は沈黙から、やがて歓喜の色に包まれ、まだ朦朧とした様子のやけどしていた男とその周囲に居た男は抱き合って無事を分かち合いはじめた。そこに、ダイトは割って入るようにして、事の真相を究明する。
「いったい、なにがあったんですか?」
真摯な表情のダイトに冷や水を浴びせられたのか、周囲はすっと押し黙る。朦朧とした様子だった男は、ようやく意識がはっきりして、ダイトにまず礼を述べた。
「ああ。それよりもまず、助けてくれてありがとう、坊主。坊主で合ってるよな?治癒の魔法をつかってくれたのは」
「ええ、そうです。あなたは重度の『呪い』に罹患していた。人間に備わった治癒能力を大きく阻害するような奴です。冒険者ギルドに備わったポーションが通じないのはその証拠です」
「俺はそんなものに蝕まれていたのか……。あのデブゴブリンめっ」
そう言うと、やけどした男―――イヴァンは患部を触れたあとに、拳を打ち鳴らした。
イヴァンは語る。
「グノーグの森の探査依頼を遂行中、俺は異様に森小鬼が集まっている現場をみつけた。
その現場では、鬼のような体躯をした肥えた森小鬼……森小鬼之王とでも呼ぶべきそれが、森小鬼の軍備を進めており、近々なにかを標的に動くようだった。
「なにか」までは解らない、森小鬼共の言葉なんてわからないからな。だが、撤退する途中、ドジを踏んじまって虎の尾ならぬ森子鬼之王の激高を買っちまってな。あいつの持つ黒い意匠の槍から放たれた稲妻が起こした火災に巻き込まれながらなんとか逃げ切ったが、やけどが悪化する一方でな。気付けば意識も朦朧として、今目を覚ましたわけだ」
イヴァンは語り終わると、まだ症状を引きずっているのか、くらりと頭を宙に泳がす。なんとか背もたれに体重を預ける事で凌いだが、あまり顔色は優れない。
「黒い意匠の槍―――放たれた稲妻―――」
突飛な話とさえ思えるそれであったが、ダイトはそれに心当たりがあった。
「魔剣―――いや、魔槍か」
魔剣。言われている限りのちからの規模を考えれば、おそらく『意思を持つ魔剣』。常軌を逸した魔力を内包し、持ち主にあらゆる災禍を払うと言われる、魔剣。
ダイトは表情が固くなるのを感じた。災禍が、音を立てて迫ってくる姿を幻視する。
イヴァンはダイトのつぶやきに頷くと、また饒舌に語る。
「ああ、初めて見るが、そうだろうよ。その上、あんたの話からすると、『呪い』まで扱えるようだな。聞いているみんな、森小鬼共だからといって舐めるんじゃねえぞ。
あの森小鬼之王は、鬼のような筋肉もしていた。鬼の上に、魔剣なんて七面倒臭いものを抱えてるんだ。その上、森小鬼の軍勢と来たもんだ。集団じゃねえ、師団クラスの人間を用意しなきゃ危険だ。『深緑の息吹』のイヴァンが言う。下手に突くんじゃねえ、森小鬼共の餌になるだけだぞ」
そう、制止の声を掛けるのを忘れないイヴァンは、よっぽど冒険者としでデキた人間だろう。聞いた話を飲み込んだ冒険者達は口々で相談と相槌を繰り返し、認識を固めていた。
「このことはガルフォード卿に報告しなければなるまい。仲間に助けられてありがてえが……森小鬼どもの追走隊がこの街を見つけた可能性もある。ビリー、俺が意識を失って何日経った?」
「へえ、頭が朦朧として2日経ってます。その間、追手には気を付けてたつもりですが……」
「森小鬼は総じて賢い。着けられている可能性が高い。そうなると、この街に奴が来るかもしれないな。この数日が勝負だ」
「な……っ!」
冒険者ギルドに狼狽した空気が流れる。事実としたら、森小鬼の軍勢がテーレスを襲撃しにやってくるということだ。
既に、冒険者ギルドの職員はギルドマスターを呼びに裏方へ引っ込んでいた。今頃泡を食った職員がギルドマスターに説明しているだろう事は容易に想像できた。
「そうですね、ガルフォードさんにいち早く伝えなければ危険ですね」
「さん……? 坊主、おめぇ誰を相手に……」
呆然と、イヴァンはダイトに向き直ると貴族を「さん」付けで呼ぶ少年に、くちを尖らせようとするが。それよりも先にダイトが自らの身分を明かした。
「申し遅れました。ぼくはグレイハウンド家に剣客として招かれている名をダイト、と申します」
慇懃にダイトはそう言って会釈すると、周囲のものは唖然とした様子になり、しんと静まり返った。
中には、「そんな相手に喧嘩売ったのか」などといったつぶやきも聞こえるが、ダイトは敢えて聞かなかったフリをした。
そんな中、一度は呆気に取られたが、ひとり真摯な光を目に宿したままうかがっていたイヴァンは手を差し出した。
「剣客ってところが引っかかる。が、あんたは癒やしの魔法ひとつ取って並じゃないことは確かだ。報告はギルド経由でするが、ダイトと言ったか、あんたが口を挟んでくれるなら早いだろうよ。どうか、頼む。ガルフォード卿に一刻も早く伝えてくれ!」
ダイトはその意図を察して、イヴァンの手を取りかたく握った。
ダイトはこの時、ひそかに確信していた。
――『魔王』という存在を。
同時に、遠巻きに眺めていたエルフの三人は、互いに顔を見合わせて、剣呑な表情をつくる。戦いの予感を感じて。
久しぶりの更新になりました。
申し訳ありません。