30 訓練場のひとコマ
グレイハウンド城に来て、ふた月が経過した。
ガルフォードは数多くの配下を贅沢に使い、どんな些細な伝承でも部下を派遣させて魔剣を探させたが、ダイト逹"聖遺物級"どころか、"意執物級"すら見つからない状況であった。
そもそも今までガルフォードが、そういった伝承事に無頓着だった事と、魔剣種が応じなければ魔剣は眠りから覚醒めないことから、その捜索は困難を極めた。岩融のように、その辺で転がっていようものなら楽に見つけられるものだが、口伝や伝承を聞いて、そこから実際の物品を買い取り、グレイハウンド領へ輸送。ダイトやメアリリに見てもらって、意思の有無を確認するという、気の長い工程を踏まなければいけない為か、いまいち成果が上がっていない。最近ではミャミャルという動かせる駒を得たガルフォードは、存分にその駒を活用して『魔剣選定官』という役職を新たに設けて、西へ東へミャミャルを赴かせているのだが。
もっとも、その蒐集の過程で多少手に入った遺失物の魔剣を、騎士団の戦力増強に繋げたのは、転んでもただでは起きないガルフォードの執念と言えばいいのだろうか……。
さて、そんな訳で、魔剣を手に入れたガルフォードは、苛烈極まるダイトの訓練を受ける騎士らに、魔剣を授けることにした。
「はあ!」
愛くるしい容姿のハーフリングの女性――ちなみに、成年済みだ――が、緋色の髪を揺らして気迫の声を上げてダイトへ斬りかかる。ハーフリング特有の小さな体つきに対して自分より大きい剣だが、彼女は軸足をつくって、身体をひとつの独楽のように見立て、横薙ぎにちからいっぱい振るう。無論、ダイトよりも頭ひとつ分ちいさいものが振るう剣だ。如何に遠心力が働こうと、猛牛の突撃すら素手で止めるダイトは揺るぐはずなどない。
だが。
ガギィッ!
重い鉄同士が勢いを乗せて激突すればこんな音になるだろう、互いの身の丈からは想像出来ないそんな重撃音が、ダイトの剣とハーフリングの女性との間で鳴り響く。
ハーフリングの女性の剣は魔剣で――加減軽重の魔法が掛かった片手半剣である。ハーフリングの女性は、自分にとっては長大な片手半剣を加減軽重を用いりながら、ダイトを斬りつけたのだ。
しかし、ダイトもこの魔法は得意、というか日常的に息をするように行っているので、ダイトも加重して踏み止まり、その剣撃に備えた訳だ。故に、その重い斬撃を受けても小揺るぎもせず、泰然と構えたまま受け止めきった。
一方のハーフリングの女性は、手に響いてくる衝撃に痺れ、片手半剣を取り落としてしまう。
「おおッ!」
その合間を縫うかのように、雄叫びをあげながら突っ込んでくるのは、エルフの美丈夫・サムタウ。
金髪の短髪を揺らし、短刀をダイトに向かって振るう。そこに容赦などというものは存在せず、文字通り、ダイトを殺す気で掛かって来ている。ハーフリングの女性の剣に、ダイトの剣が前方に位置したのを好機と見たのだろう。短刀を逆手にもって、首を掻き切らんとする。
サムタウはストロロと同様に弓矢を扱う事が出来るが、こういった超接近戦も得意とし、エルフの若手の中では随一とまで呼ばれる程の腕前を持っていた。
が、相手をするのはダイト。
切り揃えられた銀髪に掠りもさせず、あどけない顔をすこしだけ引き締めて、サムタウのするどい斬撃を身を屈めて避けると、腕を搔き抱いて、そのまま一本背負いに投げ飛ばした。
うぎゃあ、と情けない声を上げながら、おもしろいように飛んでいくが、あれで中々格闘戦にも才能はある。空中でくるりと回って地面に足が着くと、そのまま突進。疾風のような突きを放ってくる。
「オラァ!」
ダイトとサムタウが戯れる中、斬りかかるものが居た。
現れたのは、日焼けした肌のコリンズ。
短く刈り上げた茶髪から、玉のような汗を弾きながら、ダイトの背後、視界外から、思い切り振りかぶって、唐竹割りにダイトへと剣を叩き込む。
ダイトは焦ることなく、サムタウのひと刺しを捌くと、腕を掴んで、強引に手前へ引き寄せる。そして、サムタウを巻き込みながら、竜巻のようにぐるりと一回転。その一瞬の間に、もう片方の手に持った剣でコリンズの剣を弾いて軌道をズラす。
「不意打ちにわざわざ相手に声をかける奴がいるかい?」
そう言って、今度は復帰できないよう、サムタウを片腕で持ち上げて地面に叩きつける。ぐえっと、蛙が潰れたような声でサムタウは鳴き、更に追撃で動けないように足を加重状態で載せられる。
コリンズは弾かれた剣を一度手許に引き寄せてから、ダイトの脇腹に叩き込むような低い剣筋を見せた。ハーフリングの女性も、ようやく手の痺れが回復して、腰に挿した細剣――こちらは魔剣ではない――を取り出すと、瞬くより前に、流麗な姿勢で剣を刺し込んで来る。
ダイトはそれでも、焦ることはなかった。
ハーフリングの細剣の剣先を驚異的な視力で捉えると、上から拳で押しつぶすようにして撓る剣閃を遮り、脇を斬り抜けてくるコリンズに、足蹴で腕を絡ませて、留める。その際に、またぐえっ、と下の方で誰かが鳴いたのは、まあ、どうでもよい事であろう。
そうして、一瞬の停滞が生まれるが、ダイトはそこで軽減化。コリンズの腕を足場にして、一瞬のうちに彼の背後へ回り込むと、膝の裏に蹴りを叩き込む。
がくんと、コリンズの身体が揺れる。
体勢が崩れたコリンズに、ダイトは身体全身を使った体当たり――鉄山靠をして跳ね飛ばした。この時、ハーフリングの女性もコリンズの吹き飛ばされる軌道に入っており、「えっ」という可愛らしい声を挙げたが、猛烈な勢いに乗ったコリンズが襲い掛かって来て、共に宙を舞うこととなった。
コリンズはサムタウのような軽業は出来ず、牛に勢い良く跳ね飛ばされたようにハーフリングの女性とともに地面を二転三転しながら、そのまま顔で墜落。女性はもっとひどく、コリンズよりも更に飛距離を伸ばしてごろごろと転がると、そのまま目を回してしまった。
「はい、終わり」
ダイトは剣を収めて、手をぱんぱんと叩いて埃を払った。
「ぐ、ぐぞ……また、一太刀も……」
「ちょ……っと……ッ!ダイト……ざんっ!おれだけ……ひどくな……ですか……?」
「教導官殿は、容赦がないです……」
それぞれが抗議の声のようなものを上げるが、ダイトは素知らぬ顔でそれを無視。訓練というものは怪我がつきものだ、と言わんばかりの姿勢であった。
「でもまあ……座ったまま動かないのよりはマシかな?」
「いやあ、いうけどね。ダイトくん。無理だよ無理、おじさん達あたらしい事挑戦出来る年齢じゃないの」
抗弁したのは、グレイハウンド騎士団団長、ヒューマ。短く刈り上げた金髪と、無精髭を生やした大柄の体躯の彼は、剣を地に突き刺して、息を整えようとするが、うまく出来ない。身体が、ひたすら酸素を求めて、無意識に呼吸が荒くなるが、それでもなんとか愚痴らしいものをダイトに向かって零した。
「そう言いながら、あの三人を除けば、一番ぼくと斬り結んでるのはヒューマさんじゃないですか」
「……ははは、ちょっと若さに、感化されちゃったかもねえ」
その冷めたような面の一枚下は、どうにも熱いものがあるヒューマだが、さすがに今だけは、その熱意はしっかりと燃えてくれないらしい。
というのも、グレイハウンドの精鋭逹もまた、ダイトに訓練をつけてもらっていた。
分隊長クラスはグレイハウンド卿から借り受けた魔剣を駆使して、それでも圧倒的な実力差があるダイトに、何度も訓練を強制。ダイトと真っ向勝負という馬鹿げた訓練内容を、息は切れてからが本番、腕を上げるのがつらくなってきたら一段落、這々の体になってからが勝負の分け目だとダイトは言って、延々と無茶な挑戦を続けさせられていた。そのダイトの熱意といえば、筆舌に尽くし難く、訓練中に疲弊を偽れば即座に尻を蹴飛ばし、剣技に甘えが見つかれば腕が上がらなくなるまで延々とその型を繰り返させて、実戦形式の試合では些細な躊躇も見逃さず殴り飛ばす。まさに鬼教官という名に相応しい指導の仕方をおこなってきた。
ゆえに、今こうして這々の体とはいえ、訓練に着いていって減らず口を叩けるヒューマは人を超えた実力を身につけたと言ってい良い。
もっとも、おなじように、訓練を続けてるサムタウとコリンズ、それにハーフリングの女性で副団長のシャーレは、それを超えたタフガイと、十分な実力を蓄えていた。それぞれは肩で息をしているものの、まだまだ挑戦する気概は十分だった。
一方のダイトは、息切れなどせずに、事も無げに指導を続けている。
「化け物ね……」
ストロロはダイト逹の様子を見ながらそう言うと、的を射っている。
相変わらずの緑衣で、自己主張する胸は弓を番えるストロロの邪魔をしている。
キッと、きつめの双眸で的を睨んで、矢を即座に放つ練習を繰り返しているが、その命中率はお世辞にも良いとは言えず、さきほど放たれた一矢も、的からおおきくズレたものであった。
その有様に内心、苛立ちを感じつつ、また矢を番え、射つ。
狩りと戦闘は違い、落ち着いて撃てる環境が整えて射つ、なんてことはそうそう出来ない事を、ダイトとの戦闘を通して理解したので、彼女は今どんな環境でも外さないようにと訓練を続けていた。
「化け物じゃないよー。あんなに可愛いのに!」
と、これはメアリリ。
愛くるしい顔でぷくっと、ほっぺを膨らまして、五つの宝石が光る黄金の杖、ブリューナクを振るって、ストロロと同様、的を狙う練習をしていた。
彼女はブリューナクを扱う巫女としてはまだ未熟だ。
ブリューナクの権能は、光術と言って、物理現象を伴った光を操作する事である。
今、メアリリがしているように、光を矢に変えて相手を射抜いたり、刃にして切り裂いたり、球にして打撃を与えたり、極めて汎用性の高い能力である。
しかし、メアリリはまだ未熟なために、光を矢に変える事と、さきの事件のように着弾時に小爆発を起こす事くらいしか出来ない。
それに、彼女の命中率もまた、お世辞ではないが良いとは言えない。というか、悪い。
光の矢は、威力が減衰する事などがない為に、時折おおきくズレた光の矢が、訓練中の騎士に向かったりもするので、騎士逹は大いに緊張を漲らせている。
ダイトとメアリリの両者によって、肉体的にも精神的にも安寧のない訓練が続けられる騎士逹は、比較対象がいないだけで、その実力はメキメキと伸ばしており、ふた月前とは比べ物にならない、より精鋭らしいものとなったのだが、それは別の話なので置いておくとしよう。
さて、この場に居ないライムであるが。
彼女は一週間程前に、フロースガル王・アレクサンダーに書簡を届ける為、席を空けていた。
魔剣の収集状況などを事細かに記した内容は、一般の伝令兵に任せるわけにも行かず、実力もあり、アレクサンダーと面識がある、ということで彼女に白羽の矢が立った次第だ。
その伝令の命令を受けた時は、彼女はそれはもう喜んだとか。
事実、騎士逹は実力こそ付いてきてはいるものの、異常者ばかり相手をしているせいで、自身の実力にただ疑問を募らせる一方で、真面目な騎士でも辞去する為の手紙を懐にあたため始めるものがいる始末である。
サムタウとコリンズ、それにシャーレは、そんな様子はなく、ただ上を目指して、ダイトの厳しい扱きを耐えていた。
ダイトは、そんな空気を察しているものの、それを解消する機会がないのと、自分自身が手を抜けない性格な為、それとなくガルフォードに掛け合って伺って居たりはするが、グレイハウンド領は中々に治安がいい為に、未だ機会は恵まれていない。
そろそろ、どうにかしないとね。
ダイトは腰に手を当てながら、死屍累々となった騎士団を一望しながら、思案を巡らせた。