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魔剣アロンダイト、いざ参る!  作者: はたらかない
グレイハウンド辺境にて
3/37

3 魔剣、閃く

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 ――魔剣。

 それは人類史において突如ぽっかりとあいた空白の歴史の間に、突如現れた人智を超えた兵器。それは現代に至るまでに様々な権力者やその傍らにあらわれ、新たに歩み始めた歴史においても、猛威を奮っている。その魔剣を多く得たものは一国を統べるちからを持つとまで(うた)われる程、魔剣というものは重大かつ強大な『兵器』とされている。

 しかし、それ(・・)をも上回るものがあった。


 それはひととおなじように考え、おなじように感じ、そして人を超越したちからを持つ、ひとつ限りの武器(ユニーク・ウェポン)。それこそが『意思を持つ魔剣』と呼ばれる、魔剣の中でも珠玉のひと振りである。

 現在の人類史において確認された事例はおらず、お伽噺のような口伝でのみ言い伝えられる、伝説のような存在が、アレクサンダーの武器(あいぼう)であり、『影』であった。


「捜しものではなかった……ね。何故、オレっちに聞く?これでも、名は売れているほうなんだがなあ。それに、何で俺が居る事を(・・・・・・)知っていやがる(・・・・・・・)?」


 緊張の糸をぴんと張って背の低い影にいつでも飛びかかれるように、アレクサンダーは身体のちからをぬらりと抜いた。

 事実として、彼――魔剣として『声』の主――フルンティグの名声は目を見張るものである。数百年前には常勝将軍と呼ばれた男の剣としてその辣腕に収まる名剣として振るわれ、また、百余年前には各国を放浪する渡り騎士……"剣聖"と呼ばれた男の剣として、名を多くのものに広めたという経歴を持っている。


 ――だが、だが。


 彼はそれを影に誇る事は出来なかった。

 彼の冷静な部分が、影が自分以上の化け物ではないか、と疑いに掛かっている。

 それはなぜか。さきの影のように、隠密で寝首を掻こうとした輩は魔剣を含めて、それこそ数多く戦った事があるが、そのすべての気配を感じ取って返り討ちにしてきた。だが今回はいままでの魔剣としての備わった経験なぞすべて放り投げた――所謂(いわゆる)カン、みたいなものが偶然当たっただけに過ぎない。


 隠密ひとつ取って、影は自分を超えるのは確かだとフルンティングは確信している。

 それに、この泰然とした態度はなんだ。こちらはとびきりの魔剣だというのに、影は動じる事なく、いや当たり前のような調子でこちらを見据えている。そこに警戒の色なんてものはなく、魔剣という一種異常な存在と相対するには明らかに不釣り合いな態度だ。


 それとも、自分は害されないと思っているのか――?

 そんなフルンティグの警戒を他所に、影はなんでもないようにつぶやく。


「君のパトロンが言っていたさ」


「なに?」


 フルンティグはにわかに(ふる)い立った。

 何故自分を知っているか、の問いに対する答えとして提示されたのは、グレイハウンド辺境伯(パトロン)の存在。彼もまた、厳重な警備が敷かれる城の中で生活するものだ。間違っても、気軽に街で話しかけられるような存在ではない。そして、仲間を売るようなやわ(・・)な精神もしていない。ということは――


 ――まさか、あのじいさんがこいつに。

 負の思考に陥り、わずかに、どす黒い殺気が漏れる。その濃密な殺気に眉間に皺を寄せて批難の目を影に向けていたバーバラは、ひっと声を上げた。


「安心していい。何もしてはいない。ただ、君の存在を教えてもらっただけだ」


 影は、フルンティグの殺気から彼が負の連想をしていることを察して、否定した。

 影は、問う。


「きみは"聖遺物(レリック)"を知っているかい?」


「知らない、と言ったら?」


 むっとしたフルンティグは、答えてやるものか、と言った強情さと意地の悪さを視線に秘めて、殴りつけるようにして影を睨む。しかし、影はそんなものは知ったことではないといった様子で受け流すと、


「そうか、それは邪魔をした」


 すこしも疑うことなくフルンティグのことばを鵜呑みにして、影は剣を引いて鞘走らせた。

 ぺたり、ぺたりと裸足のまま踵を返すと、それでもう、ここに用がないと言わんばかりに、影はある種の白けた空気の中、窓へと向かう。

 あまりにも素直なその態度は、まるで作業の一行程のような簡潔さすら感じる。いや、そもそもフルンティグに対してなにも期待していなかったのではないか。そんな感慨を抱いてもおかしくない様相で、影は退散しようと窓のふちに手を掛けた、が。

 それを、ひとつの銀閃がそれを阻止した。


「待てよ!」


 銀閃の主は、フルンティグであった。

 室内とは言え、10メートルは離れた相手に向かってひとあし飛びに影へと斬って掛かったのだ。これには自身が助かったと安堵していたバーバラも再び顔を青くした。

 それに影は踵を返すことなく、僅かに振り向いてフルンティグの刃を親指と人差指で受け止めると、つまらなさそうにフルンティグを見て、ぼやくように言った。


「これ以上、ここでの用事はないのだが」

「用がなかろうが、これだけ人の面子に泥かけて、はいそうですか、なんて帰してやれる程、甘くは出来てないんだよ!」


 フルンティグは、吠える。だが――


 ――くそったれめ。剣が全然、動きやがらねえ!


 感じた威圧の通り、やはり彼我との隔たりは大きく、フルンティグの全力の一撃は、頭一つ小さい影に綽々と止められている状態だった。

 それでも、フルンティグには意地がある。


「じじいや、そこのバーバラ(くそったれ)に手を出しといて、ただで帰れると思うな!」


 アレクサンダーの良き理解者となり、彼を王にまで導いてくれた、あのくわせもののグレイハウンド辺境伯(たぬきじじい)や、愚痴をこぼしながらも、それでもしっかり助けてくれるバーバラ(くそったれ)、それに囲まれて笑うアレクサンダー(ばか)が、この影の気分ひとつで喪われていたのかもしれない。そう考えるだけで、ふつふつとした怒りが湧いてくる。理屈ではない部分が、かっかっと熱をあげている。

 それは魔剣(おのれ)が魔剣たらしめる理由。フルンティグの『憤怒』がその怒りを更に苛烈なものにしていく。


「なるほど……君は『憤怒』の銘が刻まれているのか」


 などと影は言ったが、怒れるフルンティグには聞く耳を持たない。フルンティグは動かぬ刃を一瞬で引くと、身体を捻るような形で影を薙ぎ払った。

 影は今度は受け止めずに、わずかに身を後ろにずらすだけでそのひと薙を避ける。

 避けられた事を確認したフルンティグは、流れるような所作でふたたび振りかぶると、全身のバネを総動員して唐竹割りに振り下ろす。だが、それでも影を捉える事はなく、無残に床をえぐるだけであった。


 さて、と影は考える。

 子どもの癇癪みたいなものなど自身には関係ない事であった。影には目的がある。その為に時間は惜しい。

 長い魔剣生活で時間を惜しく感じたことなど数える程しかないが、身を焦がす焦慮(しょうりょ)という感情は居心地が悪い。なれば、その感情に従ってとっとと退散するのが吉であろう。


 だが、


『じじいや、そこのバーバラ(くそったれ)に手を出しといて、ただで帰れると思うな!』


 仲間を大切に思うフルンティグの気持ちは、自身にも大いに共感を覚えるものだ。なればこそ、ここでその義憤に対して見ないふりをせず彼という目線(フィルタ)で見たおのれがした事に対して、相手の感情(いかり)を受け止めるのも義務ではないかと影は律儀に考えた。


「フルンティグ様!フルンティグ様!どうか!どうか怒りを鎮めてください!」


 すこし感慨に(ふけ)っている間に、バーバラは声を張り上げて、フルンティグの腰辺りにしがみついた。しかし、それでフルンティグは止まるわけはなくバーバラをしがみつかせたまま、猪突猛進に影へ斬り掛かる。

 影は良い主従関係だと関心しつつも、フルンティグのするどい横薙ぎをおおきく余裕をもって躱した。


「きみの気持ちを踏み(にじ)るような事をしてすまなかった。すこしだけ、相手をしよう」


 そう言って、影はすらりと剣を鞘走らせると、音も立てない瞬足の踏み込みでフルンティグへ肉薄。がっつりと鍔競り合った。激突の最中、ふたりの剣との間に火花が散る。

 本来ならば頭ひとつは小さい影が押し込まれる筈だが、影の膂力は凄まじいもので逆に影がフルンティグを押し込んでいた。


 魔剣とは、所有者に絶大な力を与える『兵器』であり、そのちからとは、多岐に及ぶ。

 それは世界の真理に近付く為の智慧だったり、圧倒的な魔力であったり、このふたりのように、他者を絶倒させる為のちからであったり――

 そのふたりが闘うとなれば、必然、ちからなきものは逃げるしかない。鍔競り合った時に生じた衝撃で、吹き飛ばされたバーバラはふたりの剣閃の応酬に指を咥えて見ることしか出来ず、仲裁などという言葉は、最早頭に残っていなかった。


 幾度かの剣閃が交わされる中、フルンティグはちからでは敵わないと見て押し込むような剣撃を控えて組み合わないよう一歩引いた剣閃を繰り出す。対する影はそれに合わせるように重い剣戟ではなく鋭い剣閃で応じる。手数と手数の対決においても影の方が優位であり、フルンティグの攻撃は(ことごと)く影の剣に阻まれ、いなされ、弾かれる。


 くそったれめ。フルンティグは幾百年の中でも味わったことない理不尽の塊である影にこころの中で罵倒する。人の手に渡ることによって培ってきたすべての剣技が、このちいさな影に何一つ通じないのだ。身の丈を利用した力で圧する剣技も、小兵が操る浅く斬りつけるような剣の扱いも、なにもかも通用しない。ちいさな影はただ泰然自若に構えてフルンティグのすべての剣技をただひと振りで否定し続ける。


 焦れたフルンティグは腰を落としながら雷鳴のような袈裟斬(けさぎ)りを放った。影は柔らかい太刀筋でそれを阻み、受け流す。フルンティグは流された袈裟斬りから、即座に肘打ち(・・・)を派生させると、影の襤褸布に覆われた顔面に打ち据える。しかし影を捉えたと思いきや、それすらも読んでいたと言わんばかりに影は肘を剣から外した左手で受け止める。それでも、依然としてその鍔競り合っているちからは、緩んだ様子がない。


「手癖が悪いな」

「そいつぁ失礼!」


 フルンティグの攻勢はまだ止まらない。肘を支点にして身体を持ち上げ思いっきり影を蹴り上げるが、影はそれを仰け反って避けた。

 ぶおんと、常人のものとは違う異音を響かせたフルンティグの蹴りが天を突いた時、影は捉えていた肘を離す。

 すぐさま影は沈み込むとフルンティグの軸足を刈りとって、天に伸びた足を片手で掴むとそのまま後ろへと投げ飛ばした。


「があっ!」


 冷たい石壁に背を盛大に打ち付けたフルンティグは、口から肺の空気を漏らす。そして、その一呼吸がつぎの反応が遅れる原因となる。頭から床に落ちるフルンティグへまたたく間のうちに肉薄した影が、フルンティグの首に剣を添えて、魔剣同士の争いは終局(おわり)となった。


「やんちゃは終わりだ」

「糞がッ!その透かした面に一発入れたかったよ!」


 諦めの悪い、多少強情な気のあるフルンティグでも、圧倒的な力量差にはただ吐き捨てる他なかった。

 無骨な片手半剣の切っ先を睨みつけながら、フルンティグはもぞもぞと身体を動かして悪罵を吐きながら、襟元を正して立ち上がった。

 影はそんなフルンティグを見つめながら、今度こそ終わりだと言わんばかりにおのれの剣をわざと大きな音を立てながら鞘に滑らせ、納刀を済ませると窓に向かう。


「騒ぎを大きくしてしまった。すまなかった。そろそろお暇させてもらうよ」


「いや――待て」


 フルンティグも同様に、(じぶん)を鞘走らせると、影に待ったを掛けた。


「なんだい?まだ()り足りないのかい?」

「違う、そうじゃねえ」


 影のつまらない提案を即座に否定すると、フルンティグは呆けていたバーバラにこの騒動で外に集まるであろう騎士達を散らすように言い含めると、白けた目で影を見た。


「とりあえず、テメーがじじいに何もしてないというのは信じよう。すくなくとも、ぶっ飛ばそうとしたオレっちをあしらって何もしなかったんだ。オレっちより腹芸が出来るじじいをどうにかするような奴じゃねえ。それに、やりあってる時でもバーバラの安全を考えて動いてたからな……」


 フルンティグはそう言って、執務室の脇にあるバーバラの椅子を自分の前に持っていき、執務室の自分の椅子へどっかりと座った。

 バーバラは未だ呆然としながらもフルンティグの指示を飲み込んで、人集(ひとだか)りが出来つつある部屋の外の説明に追われ、扉に身を滑らせる。

 フルンティグは顎をしゃくって、影へ座ることを勧めながら不貞腐れた顔でこう言った。


「座れよ。参考にならねえかもだが、オレっちの知ってる魔剣の話くらいはするさ」

「それはありがたい」


 影は微笑むと、フルンティグの対面へと座った。



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