26 平穏無事に
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すっかり日が暮れて。夜闇があたりを覆う。
魔物の時間の到来だ。しかし、それに抗わんとする強い光が、幌馬車の周囲をくるくるとまわっている。獣や魔物達は、基本的には臆病だ。それゆえ、その光を見て、幌馬車を獲物とせずに、慌てて逃げ出している様子が、辺りの葉擦れの音でうかがえた。
こういう護衛の時は、リューナさんの光術は便利だな、とダイトは思う。おのれの権能は、宿主を強化したりするのが主で、こういった護送の時だと、精々が地獄耳は千里先までと鷹の目は汎く見渡すの魔法を掛けて、松明という心もとない火の下で、気配に気を張るしかない。それは途方もなく気を使う作業で、いちいちすべてに反応してしまう、生真面目なダイトにとっては数少ない、苦手なことであった。
その点では、光術を持続して扱う事ができ、また、その光術をすぐに武器へと変ずる事が出来る五光神杖は、こういった護送については言ってしまうと、便利という他なかった。
さて、一行は、盗賊の幌馬車を利用して、街へと向かっている。
幌馬車の外には御者として――どうやら経験があったらしい、店主の妻が馬の手綱を引き、その横には店主の子と、目を皿のようにして警戒を続けるメアリリ。中に、盗賊らの監視役としてダイトが腰を下ろし、未だ気を失っている盗賊らの睨みつけている。そして、その横には、ミャミャル。
『へっへっへ、それくらいの計算、すぐに知恵まわらないで何につこうというんだい』
「う、うるさいですよ!ミャミャルだってやれば出来るって言ってるですって!いまのは……まだ習ってないからですし」
『こんな世の中じゃあ、習熟の有無なんざ見てくれんぞ。ほれ、四則演算くらい簡単に熟せなければ商人なんざ出来やせん出来やせん』
「うぐぐぐ……」
ミャミャルは岩融を握りしめて、恨めしそうに唸る。傍から見ると、独り言を言っているすこし危ない虎猫族の少女だが、さきの岩融の脅かしでこの剣が普通じゃないことを知っていた為、誰も口を挟むものは居ない。もっとも、内容が聞こえてるふたり――ダイトはともかく、メアリリは、「過去の英傑達ってどんなのだったんだろう」と言った疑問に苛まれるが、まあ問題はなかろう。
ミャミャルの家族は、この盗賊共に捕まったりはしていないそうだ。末妹であったミャミャルは、口減らしの為に家族から追い出され、テーレスへと上京したばかりで、右も左も分からないうちに、ダイト達とおなじような目に遭い、そのまま捕まったそうだ。これから仕事を探そうとしていたところに、不憫な娘である。
ちなみに、何故ミャミャルが岩融を握っているかというと、岩融がミャミャルの為人を面白がって、そのまま使い手として収まりたいとダイトに訴えたからである。ダイトとしては、魔剣が使える者がひとりでも増える事を素直に喜びたかった、が。今、こうしてミャミャルと岩融のじゃれ合いを聞いている限りだと、少し早まったかなあ、と言った杞憂に陥っている。
『ほれ、もーっとはやく、計算せんか』
「うーるーさーいーです!そんなに急かされたら出来るもんも出来ないってんですよ!」
『急かされて出来なきゃあんたはそこまでさ~、ほらほら、頭を捻りな』
「なんか……岩融さんがうちのクノハハに聞こえてきた……」
『否定はしません』
さて、幾らか時間を要したが、無事テーレスへと戻り着いた。
魔物や獣から街を護るために、高く積まれた石垣の壁から、橋を吊って居るような格好の門で、本来ならばこの時間、魔物の被害に合わないようにする為、上がっている筈だったのが、下がった状態で衛兵達が立っている。恐らくは、ストロロが掛けあってくれたのだろう。
衛兵が呼び止めて誰何の声を上げると、メアリリが応じた。
「えっとー……無事だった?」
「無事だった、以前に言うことがあるでしょう?」
衛兵の後ろ、頭を掻きながら、ライムはいつもの魔槍を提げて、気まずげに現れる。その横を並ぶように、口を尖らせながら歩くのはストロロであった。
同時に、うしろから。
「おまえ!」
「あなた!」
「お父さん!」
おそらくは、無事を祈って待っていたであろう、店主が駆けつけて、妻子と互いに無事を分かち合う。互いに抱き合って、おいおいと泣き叫ぶ様に、一行は先ず何か言う前に、安堵で胸を撫で下ろした。しばらく様子を見ていると、夫婦は周囲の視線に気付き、気恥ずかしそうにしていたが、メアリリらに頭を下げると、衛兵に先導されて、夜闇へと消えていった。
さて、そんな仲睦まじやかな光景を見せられたメアリリはと言うと、咎めるような視線でライムをみつめた。
「無事だった?じゃないよ、まったく……人死にがなかっただけ、よかったものを!それと、折角ダイトくんとお近づきになれる、っておもったのに!」
「いやー、ごめんごめん、あなた達をじじいの所に連れてくから、他の騎士に任せたのよね……それがまさか、こんなことになろうとは思っても見なかった。本当、ごめん」
「それでも、そんないい加減な仕事をする騎士に任せるあなたにも責はあります。きちんと、あの夫妻に謝罪しておきなさいよ」
「うん、わかってる……」
「もー、過ぎた事だし、捕まってた子達は無事だったから良いけど、貸しイチで!」
「うん、わかった……」
などと、他愛ないやり取りをメアリリとストロロ、ライムの三人で繰り広げている。そこから、細々とした話をしているが、声量が小さいのでダイトからは聞き取れなかった。
ダイトもようやく肩の荷が下りた心地で、縛った盗賊を衛兵に預けると、ミャミャルとともに幌馬車から出て、軽く伸びをした。
「さて、ミャミャル。きみはこれからどうするんだい?」
ダイトはかたわらに居るミャミャルに視線をやると、そう聞いた。と言っても、ダイトとしては岩融を預けた時点で、既にミャミャルに対しての心積りは決まっている。
「んみゃ……そうですね、ミャミャルはどこか泊まれるところを探して、そこから仕事を探したいと思ってます」
「それなら」
ダイトは提案する。それはそれは、にんまりと笑みを深めて。同時に、この出会いに感謝したりもした。魔剣使いというのは、現在ではなかなか希少らしく、ガルフォードが何日かに一度面談を設けているが、ひとりとして魔剣の言葉を聞けるものは居なかった。精神を喰えば別だが、寄生する意執物級の武器もないし、そんな物騒な手立て、よっぽど窮まった状況でない限り、御免被りたい。そんな中、こうもはっきりと"声"を聞き取れるミャミャルの存在は貴重であり、逃すわけにはいかなかった。
しかし、それは悪魔の甘言であったと、のちのミャミャルは語る。
「いい仕事があるんだ」