表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔剣アロンダイト、いざ参る!  作者: はたらかない
グレイハウンド辺境にて
25/37

23 姿なく聞き耳立てる



 ブリディッシュ地方と呼ばれる、フロースガル王国やグレンデルを含む大陸国家郡は、明確な乾季と雨季が別れている為に、その植生は非常に雑多であり、豊富であった。

 テーレスの街をはずれ、わずかにグノーグの魔境の方面へ足を踏み入れると、大森林と比べるとちいさな、けれども、人にはおおきな、緑溢れる野原が広がっている。そこは肥沃な土地であり、このグレイハウンドの食卓を担う食材を、人々は手を泥に塗れさせながら丹念に育てている。しかし、ここは人には大きすぎる。すこし脇にそれれば、人の手がついていない、ちいさな林がいくつもあった。そこには、グノーグの森では生きられない、弱い魔物が居たり、こっそりと盗みに来る人と敵対する『亞人』も息を潜めながら、生息している。彼らは知っている。人が彼らの駆逐を掲げれば、自身らは簡単に殲滅されてしまうことを。だから、人がいなくなる、夜の時間だけ、人の作る恵みをほんのすこし奪って、その時その時の餓えをしのいでいる。

 時刻は夕暮れ。畑仕事を終えた面々は帰途につき、魔物たちの時間がもうすぐ近付いてくる。


 ――グノーグ原野。魔境・グノーグの大森林に徐々に侵食されつつあるが、そのゆたかな大地では、グレイハウンド領の多くの人間が農夫を営んでいる。


 人手が溢れているような場所といえども、すこし入り組んだ林の中に入ってしまえば、人の目は途絶える。それを利用して、ひとつの林の中で、獣避けの松明を灯し、今か今かと待ち構える人相の悪い男達が居た。

 人攫い――いや、もはや盗賊と言ってよいか――達が指定した、テーレスの町外れにあるそこに、馬が繋がれた幌馬車が木々に紛れて存在していた。

 盗賊らの幾人かは、この場に居ない。何故なら、ダイト達が商談を交わした店主を手に掛ける実行犯として、或いは、店主が騎士を連れてきた際に、急いで報告する為に、斥候として街の近くに潜ませていた。


「まったく!貴様ら、あの"火焔"のライムに手を出すだなんて、馬鹿が過ぎるぞ!」


 服がはちきれそうな程、よく肥えた髭を蓄えた男は、脂ぎった顔を顰めて、口角を飛ばす。

 周囲にいる、先日ダイト達に立ち塞がった盗賊は、脂ぎった男の主張に眉根を寄せながら、自己弁護に言葉を募らせる。


「いやいや、人相書きもないのに判る筈もねえって!」

「槍を振るう赤髪だなんて、それだけの特徴であんなちびっこい嬢ちゃんを見極めろだなんて、商人様は無理をおっしゃる!」

「そうそう、もっとゴツイ、(オーガ)みてーな体格のもんだと思ってたぞ!」


 各々はライムやダイトらに攻撃を受けた場所を擦ると、苛立ちを募らせる。男達は屈強とまではいかないにしても、中背中肉を超えた、如何にも喧嘩慣れした風体をしていた。

 実際、商人がこの男達に伝えた、"絶対に手を出してはいけない人物"の特徴といえば、かなり端的なものであった。曰く、「逆立った髪の大柄の男」、「燃えるような赤い髪の槍を扱う女」、「軍人みたいなハゲ頭のじじい」。それぞれが、コリンズ、ライム、ガルフォードだ。

 人物像が大雑把なのも理由があって、グレイハウンド一家は名前は大きいものの、容姿に関しては市井の面々に伝わっておらず、訓練を共にする頭に「不良」がつく、騎士見習いや末端歩兵からの情報しか、商人は持っていなかった。商人も街に来て、盗賊というあくどい商売に手を染めて日が浅い事から、彼らの容姿については曖昧なものしか知らなかったのだ。

 もっとも、コリンズとライムはそのあまりのフットワークの軽さから、市井の人間には騎士であることは知られてはいるが、よもやグレイハウンドの係累の者とは思われていないのだが。


 しかし、あの日、捕縛しに来た騎士が、金をせびってくる騎士で良かったと、彼は思う。

 すくなくない金銭を要求されたが、そのおかげで、彼らは牢屋に繋がれる事なく、こうして自由に悪行を邁進しているのだから。

 だが、だが。そもそもこの盗賊共が仕事をきちんとしていれば、このような事にならなかったのではと、狭量な商人はつよく思う。

 だから、こうして、商人は男らに当たり散らす。


「うるさい、うるさい!腕っ節を買って、俺はおまえら雇ったんだ!それがなんだ、子どもふたりと騎士ひとりに良いようにされただと!?おまえらは、本当に鬼を倒したっていうのか?嘘だったんじゃないだろうな!」


 (オーガ)とは、人に対して非常に好戦的な種族で、縄張り一帯の元締め(ボス)を担っている事が多く、その生命力は強靭のひと言。異常に発達した腕力を振るう、強大な魔物で、冒険者が鬼をパーティで倒せたら、後に大成すると言われるまでに、その存在は凶暴で、凶悪であった。

 男達は自分達を売り込む文句として、魔物の鬼を倒した事があると、切り取った角を見せてこの商人に腕を売り込み、雇われた経緯がある。しかし、それは鬼の死骸があるところを、偶然通りがかって、その角を剥ぎ取っただけに過ぎない。その鬼は、このグレイハウンド近辺に生息していたらしいが、他の部位にまったく傷はなく、ひと太刀で首を刎ねられていて、おそろしい使い手も居たもんだと、男らは肝を冷やしたものだ。

 尚――これは、ダイトがグノーグへ赴く際の路銀を稼ぐ為に、猟をした時に、たまたま襲いかかってきた、縄張りを張っていた鬼狂人を返り討ちしたものだ。つまり、ダイトは知らず、この騒動に一躍買っているということになる。


「う、嘘じゃねえさ!それよりも、そんな口聞いていいのか!?おまえ、俺達しか今頼るもんはねえんだろ!俺達がおまえを殺して、これから来る大金を俺達のもんにしちまってもいいんだぜ!?」


 男のひとりは、否定の声を張り上げて、すぐさま商人に脅しを掛ける。だが、男は実際に商人に手を掛けようとは思ってはいない。彼らは村の農民から爪弾きにされた悪ガキであり、雁首揃えても明日を生きる知恵すら浮かばない、脆弱な存在であった。恐喝、恫喝、強姦未遂など、救いようのないことを繰り返すばかりで、そういった知恵を学ぶ機会を、すべてふいにしてきた愚か者達であった。

 しかし、ひとは追い詰められると知恵がまわるものだ。商人はその言葉を聞いて、うぐっ、とひとつ呻いて、脂ぎった顔に皺をつくる。

 うまくいった、と得意そうな顔を浮かべて、男は商人に更に言い募る。


「なに、このヤマが片付いたら、大金も手に入って、おまけに女・子どもの奴隷も手に入った状態で、こんなところからおさらばになるんだ。精々、仲良くしようぜ」


 男は、幌馬車の方へ視線を向けて、下卑た笑みを浮かべた。

 商人としては、商いに優れた都市(こんなところ)の話ではないが、男の機嫌を損ねて自分に(わざわい)が及ぶのを嫌って、口を噤んだ。


 ――人質は幌馬車の中か。


 ダイトは、彼らの会話を聞きながら、得た情報を整理する。人質の安全を最優先にと考えており、即座に盗賊達を処断する作戦を取らなかった。

 さて、彼が今何処にいるかと言うと、盗賊達と商人のちょうど間、普通ならば即座に声をかけられるような場所で、ぼうっと突っ立っていたが、彼らはダイトを認識することはない。

 何故なら、ダイトの身体は透明なものとなっているからだ。


 ――"不可視なる存在(インビジブル)"。


 ダイトが使える補助魔法のひとつで、戦闘などの激しく動く行為さえしなければ、存在を気取られないという、隠密にはうってつけの魔法だ。かつて、フルンティグと相対する時もこれを唱えて、数あるフロースガル王城の警備網を潜り抜け、剣を突きつけたのである。

 ダイトは、それを発動させて、静かにこの男らに歩み寄り、情報を収集していた。


 そうして、男達の醜い言い争いを聞いて、わかったことは、幌馬車に人質が乗っているということ。そして、男達は金目の物を奪い次第、逃げるということ。

 一応、その前にも盗賊の男達――おそらくは、実行犯であろう――に、ダイトは遭遇していた。ダイトとメアリリ達は敢えて離れて行動をし、こういった実行犯を誘き寄せる餌になったのだ。

 男達は、簡単に釣れた。どうやら、街を離れるんだ、小金持ちの坊っちゃんひとり殺るのは訳ないと思って近付いたのだろう。しかし、相手は魔剣(ダイト)だ。一瞬のうちに昏倒させられて、こうして、盗賊と人質がいる場所を教えることを条件に、魔物の餌になることだけは見逃したという訳だ。腕を縛り上げた男達を、ストロロにまかせ、ダイトはこうして、己の権能をフル活用して、心ない盗賊らに鉄槌を下そうとしている。

 ダイトは、不可視なる存在を持続したまま、幌馬車へと静かに近付く。盗賊達の間を、じりじりと、ゆっくり、歩を進めていく。

 不可視なる存在は姿は消せても音は消せない。故に、こうして言い合っている男達の声に足音を紛れさせて誤魔化し、気配を押し殺しながら慎重に、慎重に、幌馬車に歩み寄る。そして、ようやく、他のものには気取られぬように幌馬車に近寄ると、転がり込むようにして中に入り込んだ。


 そうして、ダイトは幌馬車の中をうかがうと、猿轡を噛まされ、縄で全身を縛り上げられた状態の、妙齢の女性と、ふたりの子どもが居た。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
小説家になろう 勝手にランキングさんに参加させてもらってます。
この作品が良かったと思ったらポチりとひとつお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ