22 任せてください
最初に反応を見せたのはストロロであった。
すばやく周囲を見回し、嘆きの声元を探る。
それはメアリリに累が及ぶか。それが、ストロロの判断基準であった。
次に反応を見せたのは、ダイト。
その声には聞き覚えがあった。
さきの商談をまとめた店主の声である。
その店主が何故?と内心で頭を捻りながら、声の元に視線を送る。
玉石混交としていた自由市の雑踏は割れ、そこから見えるのは、店主と、どこかで見たことあるガラの悪そうな男。店主は、その男の腰にしがみついて、なにかを懇願している様子が伺えた。
はて、どこで見たことがあるか。ダイトは思考をすこし探ると、すぐに答えは出てくる。
あれは、初めてテーレスに訪れた時に、囲まれた男達のひとりだった。ライムに折られた鼻っ柱を布で隠しているが、あの身なりには見覚えがあった。
その男は、苛ついた様子で、店主を蹴り飛ばして引き剥がすと、なにかを店主に囁いて去っていく。
店主は、蹴られた腹部を抱えながら、地に蹲っているだけであった。
ダイトはメアリリに目配せして、メアリリもその意図を察したのか、ちから強く頷くと、店主の方に向かう。ストロロは、「ちょっと待って下さい!?」と非難の声を挙げていたが、無視だ。
「大丈夫ですか?」
「お怪我はありませんか?」
ダイトとメアリリは、それぞれ蹲る店主に膝をついて、様子を伺う。
店主も、さきの商談の子ども達であることを知ったのか、苦悶の表情を浮かべながらも、ダイトとメアリリの方へ顔を向けて、呻きながら言う。
「さ、さっきの、子達か……。俺は……大丈夫……、だけど……」
ガラの悪い男の蹴りが、なかなか良いところに入ったのか、苦しげに言葉を紡ぐ店主。
ダイトは見兼ねて、店主の腹部に手を当てて、呪文を唱える。
「"このものにやすらかな癒やしを"『光快癒』」
やわらかな光がダイトの手から生じるとともに、店主の苦悶の表情が幾許か和らぎ、同時に不思議そうな表情を浮かべる。
「坊っちゃん、金もあったし、お貴族様だったのかい……?」
「簡単な魔法程度なら使えるけど、貴族じゃないよ」
ダイトは手を退けると、苦笑しながら答えた。
ガルフォードから現代社会においての講釈を伺ったところ、魔法というものはエルフとハーフリングを除くと、一部の貴族や神官がほぼ独占しており、魔物と戦う事が生業の冒険者でも魔法というものはとんと見ない代物となっている。
これは、貴族や神官達の権威や、軍事力の保有の問題もあるが、魔力というものは血筋に依存する場合が多いことと、識字率の問題で魔術書が読解出来ないなど、様々な問題が挙げられている。
――余談だが、ダイトの身体の持ち主も、魔法について天才的な才覚を保持していたあたり、もしかしたら貴族だったのかも知れないが、ダイトは頑なに彼の記憶の深奥を漁ろうとしないので、その真相は定かではない。
だから、店主がダイトを貴族と勘違いするのも無理はなかった。
「ともかく、一体なにがあったのか教えてください。ぼくらにも協力出来ることがあるかも知れない」
「へ、へぇ、わかりました」
それでも、店主はダイトを貴族として捉えたのか、妙に下手に出た口調で頷くと、佇まいを正して語り始めた。
いえ、ね。
子どもが生まれたばかりで、これから育っていくのに金が必要なのは、さっきも話したと思うんですが、どうやらさっきの奴は、その様子を見ていたらしい。
ここらじゃ見ない出で立ちで流れ者だと思うんですが、妻と子を預かったと言いまして。
ええ、事実、だと思います。どうして知らない奴がうちの家内と子どもの名前が言えますか、特徴が言えますか、そして何より、うちの娘に上げた筈の髪飾りをあいつらが持っていますか。
そいつら、私の家内と娘の命が欲しければ、グノーグ原野の人が来ない林まで、有り金すべて持って来いと、グレイハウンドの兵には伝えるなと、そう言ってきやがりました。
それで、それだけは!と泣きついたところを、蹴りをもらっちまいまして。このザマです。
彼は赤い球状のものがふたつ着いた、花を模したと思われる髪留めを手のひらに乗せて見せて、彼は口惜しげに言った。
メアリリは、「ライムめ、手を抜いたな」と小声で憤慨し、ダイトもその話を聞いて眉根を寄せる。
どうやら、さきの人攫いの集団は騎士の捕縛をどうやってか逃れて、また人攫いをしているらしかった。そして、その手で、この店主一家に危害を加え、金をせびろうという魂胆だった。
「まず間違いなく、そのまま行けばあなたは殺されると思います」
ダイトは容赦なく、切り捨てるようにして、店主にはっきりと告げる。
店主も、それがわかっているのか、顔を青くしながら、こくりと頷いた。
「でも、娘さん達の命が惜しい。だから、言うことを従うしか無い。そう思っていますね?」
「あ、ああ。そうだ。ようやく走り回って、色々見て、聞かせてくれるようになった、良い子なんだ。家内も俺の言うことを「情けない」とか言いながら、聞いてくれる良い奴なんだ。どうにかして、あの子達の命だけでも助けてえ」
男は、焦燥しきった顔でふたりの安否を気遣う。
一方で、ダイトは冷え切った思考で、まずふたりは無事であることを半ば確信していた。
空白の歴史の間、たしかに人と亞人は苛烈な争いを見せていたが、そう言った合間を縫って、悪事をはたらく人間もまた、居た。どうしても、ひとというものは集まると、こころの弱い者が出てくる事を、ダイトは知っていた。
その時の経験で、そう言った、金を無心する人間は、例えはした金であろうとも、掻き集めようとする。だから、おそらくは、その母と娘を奴隷かなにかで売り捌き、金銭を得ようとしているのではないかと当たりをつけている。
漠然とした場所の指定と、この良心をなんともしない行為から鑑みると、おのずと、人攫いどもの邪悪な思想は透けて見える。
そう言えば、今の人間社会というものは、人の扱いはどうなっているんだろうな、とダイトは思考の脇で考える。
過去、空白の歴史以前では、人族至上主義とやらが横行していて、単一種族での国家が大半であったらしい。その人族達は大抵、亞人族を奴隷のように扱っていた。亞人達が奴隷から解放されようと、蜂起し、人との争いが激化するまでの間――空白の歴史に至るまでは、おなじ人族同士で争っていた位だと聞いた事があった。グレンデルの使節団と思しき集団は、もしかしたら、そういった奴隷を扱うような集団だったのかもしれないな、とダイトは思うが、今はその思考を脇に置くことにする。
「なら、任せて下さい」
ダイトは気負いなく、言い切る。
メアリリもふんす、と鼻を大きくさせて、布に包んだブリューナクをぶんぶんと振っている。
ストロロは面倒くさそうな顔でそのふたりを見ながら、暗器の類である短剣やら針やらをすっと取り出した。
「これでも、ぼく達は強いんですよ」