20 こうしょーごと
その魔剣はダイトの知己であり、かつての空白の歴史をくぐり抜けた歴戦のひと振りであった。
しかも、本来ならばこのような、――言ってはなんだが――場末の市場に居て良い武器ではない。それこそ、現存する人類にもっとも貢献した人族の武器であり、ブリューナクのように称えられて、祀ろわれてもおかしくない、一級品の魔剣であった。
『壮健そうでなによりだね、イワさん』
『へっへっへ、なぁに、あんたやパラメの小倅と遣り合った奴らとちがって、隅でぶるぶる震えてただけのババアさ、そんなたいそれた事が起きない平和な世の中じゃあ、げんきもげんきってもんだよ』
『なにが震えてた、だよ。真っ先にぼくらに知らせる為に指揮を取っていたのはきみじゃないか、『怠惰』と称してる癖して、一番のはたらきものじゃないか』
『へっへ、なあに。剣生ゆっくり愉しむにゃあ、ちょっくら踏ん張らない時といけない時を心得てるだけさ。だから、ほら、いまこうして売りに出てるじゃないかい』
屈託のない陽気な思念を送って笑う、イワさんと呼ばれる魔剣。彼女は、"意執物"級の魔剣で、空白の歴史の時代に、人類国家の指揮を取る者の魔剣をしていた。
そのひと振りはどこまでも鋭利で、岩をも融かすように、融すと言われた名剣だ。それが、なんでまた、こんなところで。
「ダイトくん、それ……」
メアリリは、件の魔剣に指を指して、何か言葉を紡ごうとするが、ダイトは即座に手を挙げて留めさせる。
『メアリリ、待っていましょう』
メアリリのベルトに収まった、布を被せられたブリューナクが、メアリリにそう優しく語りかける。
ブリューナクにとっても、彼女は知己であったし、彼女の原罪である"自ら動こうとしない"『怠惰』を知っているから、彼女はダイトに流れを任せた。
『それにしても、真面目さだけが取り柄のダイト坊やが、人を喰っただなんて、意外だね』
『……わかるかい?』
ダイトは、フードで隠れているが、表情を暗くする。
イワの人を見分ける審美眼と、その嗅覚は、かつての魔剣のなかでも一番であった。その人となりを正確に把握して、適材適所に振り分ける能力に長けていた為に、指揮官としての能力はピカイチと言ってよかった。
イワは、深刻そうな声音で、ダイトに言った。
『いや、おんしの事じゃ。何かしら危急の件でもあったろう。それに、その肉体。ナリは小僧の癖してちと血の匂いが強すぎる。喰うにしても、もうすこしマシな人間を喰わにゃ、腹を下しちまうよ』
『そこまでわかるのかい……さすが、イワさん』
『へっへっへ、伊達に人を見てきちゃ居ないからね』
そういって、屈託なくイワという魔剣は笑う。
イワは、ダイトのもとの身体の持ち主が、余程血に塗れた道を進んでいたものだという事を即座に嗅ぎ取っていた。人の血があまりにも濃すぎる、それこそ、吐き気のする程に!一体この幼さで、どれだけの人間を屠ってきたんだろうか。しかし、イワはその部分を、しずかに呑み下した。
ダイトはそれに向き合おうとしないのを感じ取れたし、そんな邪悪な人格、魔剣には毒でしかない。魔剣はその身こそ、堅固なものだが、その精神は脆い。強烈な個性は魔剣を疲弊させる事を、イワはよく知っていた。
そんなことを知ってか知らずか、ダイトは真剣な調子でイワにこう切り出した。
『イワさん、ところでちょっと、話があるから、きみを買ってもいいかい?』
『へえ?なんだい、なにか大変なことでもあったのかえ。けど、わたしゃ安くないよ?』
『まあ、そこはなんとか』
そう思念を送ると、ダイトは視線をあげて店主に向いた。
ダイトはフードを外して、店主にひとつお辞儀をする。
ダイトの顔は頬紅が塗られており、顔と首元だけは、傍目から見ても、ちょっと血の気の悪い程度には見れるような色合いの肌となっている。
そんなダイトは、あどけない表情をにっぱりとはにかんで見せた。
店主は、壮年に差し掛かろうとするような年頃をしていて、身体つきを見る限り、剣を持つような人間ではなく、人の良さそうな顔をしていた。
そんな店主に、ダイトはいつもよりも声を高くして、交渉をはじめる。
「ねえねえ、おにーさんおにーさん」
「なんだい、坊や。じっと見てて」
「うん。ぼくね、この剣が欲しいの。だって、とっても格好よくって、つよそうなんだもん!」
「はっはっは!そりゃお目が高い!そいつぁ俺がガキん頃からあって、手入れもしてないのに欠けもしねえ、立派な剣さ!だが、高いぞ!ちっと入用があってな、そうそう値下げ交渉は受けられないさ!」
「へえ!すごい剣なんだね!でもぼく、あんまり手持ちがないんだ……四千なんてどうかなあ?」
「四千!?坊やの割には持ってるな……でも、駄目駄目!この剣は壱万はする!普通の剣じゃ、三代渡ればボロボロになるってえのに、こいつは長持ちしてるんだ、良い剣に決まってるからな!」
「でも、おじさん、さっき手入れしてないって言ってたじゃない……もしかしたら、この剣さんは、ガタが来てるかもしれないよ?四千五百」
「ぐっ……余計な事口走っちまったか……、八千!養育費がないんだ!」
「ううーん……それじゃ仕方ないね……五千なんて、どう……?」
「くっ、もう一声!第一、何に使うってーのと、なんでそんな金持ってるんだ!」
「えへへ、ひみつ!でも、おとーさんがいい剣欲しいって言ってたから、この剣が良いんだ!五千七百!」
「親孝行なガキじゃねえか、泣かせる……だが、もうちょっと、せめてあと百!五千八百は欲しい!」
「わかった、五千八百ならいいよ!」
ダイトは、純真無垢の笑顔を貼り付けながら、おにーさんありがとう!と言うと、懐から見るからに重そうな巾着袋を取り出して、言った額の金貨と銀貨を取り出し、店主に預けた。
店主も、重そうなダイトの巾着袋を見て、「こいつぁもうちょっと吹っかけれたのになぁ」と頭を掻きながら、その金を受取り、それでも人が好いのか、そのまま剣を渡してきた。
実は、ダイトらはグレイハンド辺境伯……ガルフォードから、給金を得ていた。というのも、兵の鍛錬を任せておいて、対価もなにもないのでは決まりが悪い、とガルフォードが言ったことからだ。
事実として、ダイトは相当なまでにガルフォード子飼いの騎士達をいじめ抜き、相当な腕前へと昇華させていた。その分、出奔され数を減らしたが、見習いとなったものが陽々とダイトに戯れるので、不真面目な奴が減った分だけ経費が浮いたわい、とガルフォードはカッカッカと半ばヤケクソのような笑いを浮かべて、よろこんでダイトに家族が十年は暮らしていけるだけの金をぽん、と出していた。
金銭に疎いダイトでも、それはさすがに貰い過ぎではないか、と訴えたが、「魔剣を集めるのであれば何かと入用であろう」との一言で、それもそうか、と素直に頷き、懐に入れたお金が、この時、活躍した。それでも、すこしでも値切ろうと言う精神は、過去のダイトの持ち主の意地汚さを見習ったからである。
ダイトはもう一度、「ありがとう!」とはにかんで一礼すると、メアリリとストロロの方へ戻った。
「……きさま、だれだ」
と、ストロロ。あまりにも普段と違いすぎる、おさなさを利用したあざとい商売を見て、喧騒も忘れてダイトに対して、誰何の声を唱えるほどだった。
「ダイトくん……かわいい、ねね、あとでもう一回、お姉さんにやって」
こちらは、メアリリ。ダイトの母性本能をくすぐる演技にめろめろになり、顔を蕩けさせていた。
ブリューナクは思念で、「絶対にあの持ち主の影響ね」、と呟き、イワも「そうだね、でも面白いものが見れただけいいってもんさ」と嘆息していた。
だいとくんせんうんびゃくさい