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魔剣アロンダイト、いざ参る!  作者: はたらかない
グレイハウンド辺境にて
2/37

2 影、忍び寄る

加筆修正しました。



 白亜の城塞が屹立する(みやび)なる宮廷、フロースガル城。

 無駄銭喰らいの考えなしの前王にしては、趣味良く(こさ)えたものだと誰もがおもう程に宮廷は品良く(なら)び、圧巻の声が上がりそうな美しい情景が大空を背景に天を穿つようにして伸びている。そのフロースガル城を囲むようにして存在する貴族の邸宅や、更にそれらを覆うにして並ぶ兵舎はその優雅な景観を崩さぬように存在しており、誰もがその優美さに目を奪われるであろう。貴族街とされるそれらは一定の治安が約束され、空がぐずついた薄暗い中でも犯罪などは目につかない。


 しかし、すこし貴族街から横道に逸れればどうだ。前王の遺産というべき忌むべき貧困が街を蝕むようにして存在している。()()ぎの服を着て物欲しそうな目で食品店を伺う路上孤児ストリート・チルドレンや、飢えて爛々とした目つきで商人の動向を伺い、隙あらばものを引っさらっていく青少年達が身を寄せて様子を伺っている様が見て取れる。前王の重税による圧政で人々は身銭を切る生活を強いられ、卑しさがこころに根を張る逼迫(ひっぱく)した空気を孕んだ王都が横たわっていた。

 そんなみずぼらしい王都の中でひとり、頭を抱える者が居た。


 雨季というものは得てして、頭痛の種を運んでくるものだと、彼は思う。

 王になってまだ日が浅い、アレクサンダー・フロースガル7世は、しとしとと降り続ける雨音に頭痛を呼び起こされ、気を紛らわせようと目頭を揉んだ。

 その手は、王位を冠するには硬く、掌は幾重にもまめを作っては潰した痕が目立つ。これが剣だこであれば、幾分か格好がつくものだが――いくつかはそうでも、多くは違う。


 彼はいま王として君臨しているが、もともとはただの農民の出であり、市民に圧政を敷き高貴なる者の勤めノブリス・オブリージュを放棄して私腹を肥やす前王を討伐する為に、時の権力者と結託して革命を起こした。

 その時、時の権力者――グレイハウンド辺境伯(へんきょうはく)はただの農民では旗頭としては弱いと言い張って、前王と市政の娘とで出来た私生児という事にされた――そう言われても差し支えない程に彼の前王の下半身は信頼がなかった――革命が成功して王へとすげ変わった時に、英雄として創出(アレンジ)された設定をそのまま、立身出世の内に盛り込まれて晴れて彼は青い血を引く一族にされてしまった。


 それ故に、身ぐるみこそ王侯貴族のような豪奢(ごうしゃ)なものであるがその肌は幾度(いくたび)の日焼けに浅黒く、顔の作りは狭い血脈の中を行き来する貴族のような優美さはなくおっとりとしていて、ごわごわとした茶髪は香油で撫で付けていても、なおところどころ跳ねつける程に強情で、着飾ることによってようやくそこらのすこし裕福な市井の人間と言ってもなんら大差ない容姿をしていた。


 当然、種を撒く時期や芋の見分け方の方が得意な彼にとって、税書簡の書き方やら治水整備などの話などはちっともわからない。けれども、雨季による降水量の増加により河川は溢れ水害が続出しており、その対応に彼は頭を痛めていた。


 ただでさえ未熟な王である彼の頭痛の種は、それだけでは収まらない。

 前王の腐敗した(まつりごと)の清算にも注力せざるを得ず、忠実な腹心との行政指導の結果、国を運営する為の人材が枯渇。中抜きするだけしておいて帳簿管理を一切放棄していた為に、税収などの数値を挙げるために人材をいくつかの箇所に派遣しただけで国の役人は尽き、新たに人を雇い入れようにも王になったばかりのアレクサンダーの手腕を疑問視する貴族が大半な為、仕方なく王自身が介入する事でなんとか国政を回しているのだが、その労働による精神的な疲弊は大きい。現在彼は国王としての責務に苦悩を噛み締めていた。


『――まあ、それが王者の務めって奴さ。頑張んな』


 心に響く声は、無責任な事を言う。

 精神が限界にまで陥った心の声などではなく、ちゃんとした相手が存在しているわけだが。すこしは手伝ってくれても罰は当たらないんじゃないかと、その声に向かって憤慨(ふんがい)したくなる。しかし、それは意味のないことだとわかっているので、嘆息ひとつで、無駄な思考を振り払う。


『――なんだよ。オレっちとも話す元気もねえってかい?こりゃ、本格的に参ってんなぁ』


 そりゃそうだべ。思わず、昔の口調が口を()いて出てしまう。

 それを聞き咎める人物が居た。


「なにか、問題でも?」

「い、いえいえ! な、なんでもありません!」


 几帳面そうな男、名をバーバラと言う。革命を成功させたアレクサンダーに、時の権力者――グレイハウンド辺境伯がつけてくれた人間で、荒れた政治を正す事を助けるとともに、まだ小市民としての感覚が抜けていないアレクサンダーを矯正させる為に送られた優れた文官であった。

 執務室の脇で今まで政の書類に格闘していたバーバラが、紙面から顔を持ち上げて反応するのを見て、慌ててアレクサンダーは取り繕った。


 だが、それがいけなかった。

 バーバラは分厚いレンズの眼鏡をくいと上げると、睨みつけるようにアレクサンダーを見ると、よく回る舌でいくつもの言葉を紡ぎ始める。


「陛下。不敬と承知のうえで意見を具申させていただきます。あなたは様々な(えにし)をもって、この国の『王』となりました。そう、王です。そんなあなたが、私のようないち文官に、そのような言葉遣いではいけません。もっと毅然とした態度を持って事に当たれないのでしょうか。我々にいちいち意見をするのにも躊躇っていている素振りを見せては、王権の信用に響きます、何卒そのような――」


 バーバラは目をきらりと光らせ、これでもかと不満の口を募らせる。説教である。何度目か数えるのを諦めた、アレクサンダーにとっては当たり前の光景であった。目下のものが目上のものを叱りつけるという傍から見れば奇異なるものだが威厳に欠いたアレクサンダーを矯正する為のバーバラの措置である為、アレクサンダーはそれに異を唱える気概はなかった。無論、言われる方として気が滅入るというものはあるが、これもグレイハウンド辺境伯の気遣いなのだからと彼はおのれに言い聞かせて甘んじてそれを受け入れていた。


 アレクサンダーも一応、グレイハウンド辺境伯から、王としての心構えを言い含められてきた。しかし、農民時代に培った「お役人には頭下げてなんぼ」の精神がどうしても顔を出して、(かしこ)まってしまう。根に染み付いたこの根性はそう易易(やすやす)と矯正できずに結局、一年経った今でもこうして度々説教が行われるのだ。


『――ケケケ、いい加減慣れるこったなあ』


 無茶言うな!

 今度は口を使わずに、こころの中で毒づいた。

 それでも、『声』の主には伝わっており、『声』の主はそれに陽気な調子で、


『――王ってえのはふんぞり返るくらいがちょうどいいんだぜぇ?』


 などとのたまっていた。

 アレクサンダーとしてはこの『声』の主に対して声高に批判のひとつふたつやみっつ、明け暮れたいところであるが、生憎とまだ説教は終わっておらず。さらに、『声』の主が普通とは違う事から棚上げとなっていた。

 なおも、バーバラの言葉の責め苦はつづく。


 そんな、変わらない、いつもの光景に。



『――相棒、『オレっち』を手に取れ』


 背筋に氷塊が滑り落ちるような、ぞっとするような低い『声』が響いた。。

 アレクサンダーと『声』の関係は長い。おおくの信頼を『声』に対して培ってきた。

 故に、アレクサンダーは迷わず傍らに立て掛けておいた、『声』の(あるじ)を手に取る。


「なんですか。ついに私のような無礼者に手を掛ける覚悟が固まりましたか。それなら――」


「動くな――」


 それは、予めそこに居たように。忽然(こつぜん)と姿を現してバーバラの首に刃を添えていた。バーバラはすぐそばで響く声に対して即座に振り向こうとしたところで切っ先を見つけて、悲鳴を漏らしながら身を硬くした。

 バーバラのすぐ後ろには痩せっぽっちな影がいた。

 擦り切れている上に変色した襤褸(ぼろ)布で全身を覆い、その隙間から生気が感じられない色素の抜けた髪が零れている。背は低く、あちこちが華奢で総じて見ると痩身という言葉すら言い表せないほど痩せ衰えていると言っていい体格であるが、バーバラに添えられた無骨な片手半剣(ブロードソード)の切っ先が重さを感じさせない程綺麗に保持されていることから、その矮躯からは想像出来ない筋力があることが伺える。剣は肉厚な刃が鋭利に輝き、それなりの重量があることは確実なのに、だ。


「な、なにものだべ」


 まるで気配を感じなかったアレクサンダーはようやく我を取り戻すと、硬い声で誰何する。『声』の主の言葉を鵜呑みしただけで、アレクサンダー自身は、まだ状況を把握出来ていなかった。

 影はそんなアレクサンダーを、いや、アレクサンダーの手許をじっと見つめると、ガラス玉のような無機質だった碧眼(へきがん)を、強い落胆の色に染めた。


「違うか……」


 失意にしずむ言葉を(こぼ)す、その声色は高い。ハーフリングのような大人の腰程しか育たずそのまま老いていく種族ではなく、その姿通り子どもではないかという疑いを強くさせる。

 しかし、ハーフリングのような短躯な種ではないとしたら、この影は一体なにものなのだろう。隠密ひとつ取っても幼子がそう簡単に身につく技術ではないので、その身の丈から考えると影はどこかアンバランスな存在のようにみえた。アレクサンダーは警戒を密にしながら、思考の脇でぼんやりと考える。


「ひ、人違いだとか言いたいだか?」


 アレクサンダーの思考はどこか冷静のようにもみえるが、すべて平静通りという訳ではなく。せっついて出てきた言葉は喉が張り付いたように、言葉が引き攣っていた。

 王都の真ん中もど真ん中。貴族街を抜けて、兵舎の警備網を潜り、多くの兵が警邏(けいら)を続ける厳戒態勢のフロースガル城の、その最上階にある王の居室にまで来ておいて無駄骨とは、随分と間の抜けた奴だなあ、アレクサンダーは思考の脇の考えを更に補強させていく。

 すると、どこか他人事の境地にいるアレクサンダーに『声』の主は一喝を浴びせる。


『――阿呆な事抜かしてるんじゃねえよ。相棒、身体借りるぞ!』


 アレクサンダーの心に響く『声』とともに、虚脱感が全身を襲う。身体を『()』に預けた時、特有のなんともいえない感覚は実に刹那にも満たない時間に行われる。新たに生じた意識の下で練り込まれていく魔力が全身をくまなく響き渡り、アレクサンダーを改変したこの身体に宿るあらたな精神がきっと影を見据えた。


「『人違い』……じゃなくて『もの(・・)』違い……だろう?」


 そう言うと、アレクサンダーにとり憑いた(・・・・・)『声』の主は、自分の身体(・・)をアレクサンダーの身体で(もてあそ)ぶ。

 それは、ひとつの剣であった。

 ただ斬る為に特化したかのような片刃で、大きな反りが特徴的であった。刀に近いが、刀身の幅が広く、「青龍刀」と言った方がただしいか。

 『声』の主は物質で――『魔剣(・・)』と呼ばれるものである。


「オタク、同類さん?」


 時折、吟遊詩人が(うた)うアレクサンダーの国盗り物語において、彼は剣を持つと人格が豹変(ひょうへん)すると言われているが、実のところは違う。彼の親しい間柄、この文官(バーバラ)を含め――彼が、魔剣に身体を貸しているということが事実であった。

 その魔剣特有の感覚が彼の狼藉者の気配を朧気(おぼろげ)に察知して、アレクサンダーに警戒を促す声を発した訳である。『声』の主自身は、影が忽然とあらわれた理屈はさっぱりわからなかったが。


「同類と言えば同類さ。ただし、きみは僕の探し「もの(・・)」ではなかったようだけどね」


 と、影は素直に同意した。




7/21 加筆修正を加筆修正しました

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