17 魔剣、暗躍の可能性を示唆する
本日二話目です。
「さて、魔剣というものはわかったが、ダイト殿が何故『別格』なのか、説明してもらおうかの」
「わかりました」
そう言うと、ブリューナクはおのれの本体を翳して振るい、光でひとつの三角形の図を書き上げる。
最上部にはこの世界の言葉で、「神話」。その下に、「聖遺物」、「意執物」、最後に「遺失物」と書かれている。
ふよふよと漂いながら光る図に、サムタウは興味津々に触れようとするが、ストロロにしばかれ、同様に触れようとしたコリンズとライムもガルフォードの鉄拳によって制裁される。
ブリューナクはひとつ苦笑をして、話を続ける。
「過去、空白の歴史の人々が私達が定めていたものを、そのまま用いています。この図を用いて結論から言うと、ダイトは『神話』級に近い聖遺物です。生まれは定かではありませんが、当時から彼程旧くから在る存在は、『魔王』逹が扱う武器を除いては居ません」
「と言うと……元は、ダイト殿は『魔王』というべき代物であったということかな?」
「うん……ぼくが『アロン』だった時、『魔王』と呼ばれても相違はなかった位には、強力な魔剣として名を馳せてた時はあったよ」
「ふむ……ダイト殿はそれ程旧くから居た魔剣なのか……、時間が経つにつれて、ちからを増すと言われるのならば、確かにダイト殿が『別格』というのも頷ける。
しかし、何故『魔王』逹はその図の……"神話"級の武器を有しているのだ?」
「空白の歴史の人々も、それを不思議に思っていました。ですが、結局のところ、それを解明するには至りませんでしたが、いくつか仮設を建てていました。
ひとつは、『魔王』がほぼ確実に武器を有する魔物や亞人族によって生まれる事から、我々のように、しかし短い期間で多くの持ち手の血と恩讐を吸い、より強大な魔剣へと昇華していくのが原因ではないかという見方です」
人と亞人の一生は、種族によっては驚く程短い。
人はすくなくとも六十年は生きるのにも関わらず、魔物や亞人族は例外を除けば、10~30年と僅かな時間でしか生きられない。しかし、成体へと成熟するまでは恐ろしい程早く、一般からよく知られる森小鬼に至っては僅か六十日で成体に至るとされている。
しかも、大抵そういった者らの生活は、大変厳しく、常に死と隣り合わせであるため、必然、武器を振るう機会も命を失う場合も多く、その血を多分に含むことによって、魔剣は多くの経験値を得て、容易に意執物や、聖遺物、果ては神話級に至るような魔剣にまで進化することがある。
つまりは、魔剣としての格を上げるには、魔物や亞人逹は、非常に効率的な土壌である、ということだ。
その憶測を語った研究者が、「まるで人族が滅ぶことを神様が決めたみたいだ」と、冗談交じりで言ったのを、そのまま名称としたのがきっかけだ。それから、過去の人族は『魔王』が扱う武器を、"神話"級と呼び定めたそうだ。
だが、まだそれならいい。それなら理解出来る話だ。
ブリューナクは、つづく言葉にすこし躊躇った後に、ひとつ頷いてから、絞り出すようにして言う。
「そして、もうひとつ。そういった魔王になる餓鬼魔剣をつくる者が居る、という可能性です」
ブリューナクの声音は、重い。
ダイトは、動じない。彼自身も、その可能性に至っているのか。或いは――
魔剣をつくるものが居る。それはどういうことか。
「先の事柄ならば成る程、納得出来よう。だが、つくるものがいるとは一体何故、そんな突拍子もない発想が出てきたのじゃ?」
ガルフォードは額を掻いて、ブリューナクに聞く。
ある程度の発言を通して、ガルフォードはブリューナクという人柄――武器柄、とでも言えば良いのか――を理解したつもりであった。
ブリューナクは、わざわざ事態を重く見させるような茶目っ気を見せる程、奔放とした性格でない筈である。
しからば、彼女は何かしらの確証を持って、その言葉を言っているのではないのだろうか。
「ええ。確かに、突拍子もないと思います。ですが、有史が滅んでから今までのことを考えると、どうにもそう言った印象が拭えないのです」
「ふむ、して、印象とは」
話を急かすガルフォード。
魔王よりもひょっとしたら、煩わしいものではないか。胸中でそう呟いて、続くブリューナクの言葉に、否定材料を必死に見つけることをこころに決める。その額は、先までとはうって変わって、じっとりとした汗に濡れている。
「確証を得ているわけではありません。私の、いえ、私達の勘に近いものかもしれません。
私達は魔王というものに多く関わってきました。人が暮らす文明圏の、近隣を荒らし回る魔王を滅ぼした時は、その魔王に知恵のようなものを感じませんでした。ですが、遠く離れた魔王は違います。狡猾で残忍で、そして、その意思は配下の亞人や魔物にも見られ、行動すべてに知性を感じさせるものでした」
沈痛な面持ちを浮かべながら、昔を思い出して、ブリューナクは言う。
人と亞人と魔の争いは当初、そう広くない範囲での戦いで、魔王自身も自らその群れに加わり、人に仇なす、言ってしまえば小規模での戦闘の繰り返しだった。
それが魔剣という兵器が人の手に誕生してから、人は魔王に対抗出来るようになり、すこしずつ、魔王という脅威を削り殺し、近隣を荒らす魔物はすべて討滅することに成功した。
しかし、まるでそれを狙ったかのように、新たな魔王逹があらわれ、人の住処を脅かし始めたのだ。
無論、ただ亞人や魔物たちが知恵を自然から学んで、知恵をつけた可能性もある。
当初は、遠方から来た亞人も魔物も、近隣を荒らし回ってたものらと何ら大差なかった。
しかし、ある日突然、組織だった行動と、略奪をし始めたのである。僅か、ひと月もしないうちの間に、である。
これまでの亞人と魔物逹と違って、その学習速度の速さは、異常としか言いようがない。であるならば、何かしらの「存在」が魔王や魔物や亞人逹の知恵をつけさせたと見たほうが、まだ自然だ。
「このまま防戦に回っては危険だと判断し、私達は早急に魔王を滅することを誓いました。
私達は、討伐隊を編成し、また、多くの"聖遺物"級や"意執物"級が人の集落に守りに買って出てくれました。
私とダイトは、討伐する側にまわり、いくつかの冒険をして、多くの魔王を討伐しました。
ですが、まるで私達がいない間を狙うかのように、あらたな魔王が誕生しました。それが……」
「人族の魔王。パラメデス。人から文明を奪った、張本人さ」
ブリューナクの言葉を、ダイトは引き継いで言うと、嘆息した。
面識があったのか、彼の表情もまた、暗い。
「パラメデスは、ただの"遺失物"級使いの魔剣使いだった。弱きを助け、強きを挫く、それでもおっちょこちょいで、そう言った人情味溢れた奴だった。
でも、何があったんだろうね。彼のいつもの"遺失物"の槍は握られておらず、傍目からでもわかるような、恐ろしい気を放った"餓鬼"魔剣を握っていたよ。その彼を見つけた時は、当時ひとつしかない国が滅んだ後だったさ」
「彼は、確かに騎士として褒められたものではない輩でしたが、それでも、"餓鬼"の魔剣をうかつに握るような輩ではありません。それに、『神話』級ともなるような餓鬼魔剣を、どこで見つけてきた、というのも未だにわかっていません」
「まあ、要するに――そういった神話級の魔剣をぽんぽんと出せる、人に恨みを持った存在がいる可能性がある、確証はないけどね、ってこと――それこそ、『神』とか、そういった概念的な存在かも知れない、相手がね」
ダイトは、軽い調子で言うと、椅子に深く座り直した。
「再度言いますが、あくまでこれは可能性、推測の話です。強引に点と点を結んだ、暴論です。ただ、どうしても私達は気になってしまう。あなた逹が仰る魔剣の常識は、『魔王』という存在のない停滞したものであった――千と数百年あれば、普通、魔王はいくつか生まれても良いはずなのに、それすらならなかった理由がわかりません。人と亞人、ついで魔との戦争が、もしかしたらまた、その餓鬼魔剣を造るものの手によって生み出されるかもしれない――そう、認識した方が良いでしょう」
神話
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英語力のなさの露呈でした。




