16 魔剣の『徳目』と『罪源』
一行は、訓練場をあとにして、グレイハウンド城の応接間に通される。
尚、気を失っていたコリンズとライムは、水をかけられて無理矢理起こされた。
ふたりは、わずか二振りで自分らを負かしたダイトに対して、態度を硬くして、ガルフォードになじられる、なんて事もあったが、瑣末事である。
さて、どっかりと腰を下ろした面々の中で、メアリリから身体を借りたブリューナクは、は厳かに言う。
「まず、魔剣についての認識を改めてもらうことは、ダイトでお解り頂けたでしょうか」
「うむ、わかった。はぐれの魔剣"喰われ"を見てきたが、ダイト殿はひときわ違う。あれ程のちからを用いれば、人の国なぞ簡単に呑まれよう」
ガルフォードは首肯する。
事実、そうである。
あれだけの動きと、騎士団の精鋭まるまるひとつ相手にしておきながら、息ひとつ切らさず、更にはひとでは到底唱えられないような大魔法を即座に唱えられる。それは、まさしくひとり軍隊だった。
ダイトの言う、「ひとりでこの城の人間をすべて殺しきることが出来る」というのは、言葉通りの意味であることは『証明』された。ガルフォードの長年に渡る、いくさの常識をぶち壊された気分であった。
実際、あの場でガルフォードが武器を握り、ダイトと対峙したところで、そこらに居る騎士と同様に、一合も持たずに沈むことは想像に難くない。あくまで、ガルフォードは人族の範疇を抜け出ない格であり、アレクサンダー≒フルンティグや、おそらくメアリリ≒ブリューナクのような、人族を大きく逸脱した実力の持ち主の前では、まさに鎧袖一触。その身に触れることすら、至難であろうことは容易に想像できた。
「はい、そうです。ただ、飽くまでもあれは"聖遺物"の中でも別格、『ダイト』だからと認識して下さい。彼は、"聖遺物"級の中でもまた稀有な存在……彼は、元は亞人族に使われていた剣です」
ブリューナクは言う。
これに、一行は面食らった。
ダイトがもとは、魔物側であったということ。そして、おなじ聖遺物のブリューナクをして、別格と言わしめる実力を持っていること。それは、『魔王』ではないか。
皆がブリューナクに注視していたのを、一斉にダイトに振り向いて、真意を伺う。
「うん、ブリューナク逹と違って、ぼくは人の手に作られ、使われたものではなく、亞人族の手によって使われていた剣だ。当時、ぼくは『アロン』って名前を名乗っていたんだけども、とある騎士がぼくを手に取り、ぼくが『魔剣』として喰いに掛かったのを抗いきって、人の世に馴染ませたのが、今のぼく――『ダイト』だよ」
あの時は色々迷惑をかけたなあ、とばつ悪そうに頭を掻くダイト。
そして、『アロンダイト』だから『ダイト』という安直な名前に、愛着すら抱いている様子であった。何故なら、それは自らが名乗ったものではなく、聖遺物がつけてくれた名だから。ダイトは、ひとりぼっちであった自分をすくいあげてくれた、『彼』と聖遺物に一定以上の愛情と信頼を寄せていた。
その様子につられて、ブリューナクは笑みをこぼすが、ひとつ咳払いをして、続ける。
「彼――ダイトの出自は今でもわかりません。ですが、私達の大切な仲間です。そして何故、ダイトが別格と言われるのか。それを話すには、まず、私達の事を知ってもらわなければいけません」
そう言って胸に手を置き、ブリューナクはそれぞれに問う。
「まずは……そうですね、私達、魔剣の事です。私も森に篭りきりで今どういう認識であるのか、知りません。ですから、教えて戴けたら」
ダイトの発言に少々鼻白んだ面々のなかで、唯一、ガルフォードが精神を立て直して、ブリューナクの言葉にこたえる。
すぐさま精神を持ち直して、立て板に水の如く弁舌を振るう様は、さすが一領主である事が伺えた。
「それは、儂が答えよう。今、魔剣の多くはそこにおるコリンズとライムが持つ、意思のないものが大半じゃ。ダイト殿や、この国の王が持つ『フルンティグ』などと言った、意思を持ちて強大な魔剣なぞ、そう聞いたことはない。稀に魔剣に"喰われた"ものもおるが、ダイト殿のようにはっきりとした受け応えが出来るものはおらず、魔物のように人に害するものならば稀にだが、今も聞く」
ガルフォードが言ったのは、いまの"魔剣"の常識である。
現在、このブリディシュ地方において、"魔剣"という存在は意思を持たない"遺失物"級しか確認されていない。これには、休眠中の魔剣も含まれている。
なぜ、意執物級以上が確認されないかといえば、ダイトのように、魔剣は一度眠ってしまうと、"目醒め"させるには、その武器の人格に認められなければならない。それまではただの『丈夫な武器』である為、封建制度と魔物の被害が色濃いこの世界では、武器や防具は世代を渡り引き継がれる、ひとつの財産と見做される。そのため、多くの人の手に渡るうちに、口伝などが失伝しまい、結果、魔剣であることを知らずに使うものも多い。
ガルフォードもいくつか、魔剣とおぼしき武器は蒐集しているが、その武器に見合った資格者を見つけることができず、果たして魔剣なのか、判別がついていない。
そして、"魔剣"とは人に益をもたらす時もあれば、害為す存在でもある。
「自我なくただ暴れ狂う存在――それは、餓鬼の魔剣ですね。彼らは、徳目や罪源を得ようとして藻掻いた者達の末路――人や魔の恩讐に囚われ、自我を得られずに生まれる前に死を迎えた者達です」
餓鬼の魔剣とは。
遺失物級を経て、意執物級にちからを増す時に、恩讐の節制と渇望から、『徳目』と『罪源』を魔剣自身が選択するのだが、恩讐に狂い、渇望を定められなかったものが、ただ漠と人の意思を喰らう化け物に変じたものが、餓鬼である。
ある意味では、『暴食』の罪源を得た者達とでも言えようか。だが、『暴食』を得てはっきりとした自我を持つ魔剣も実在している為、ダイトら聖遺物らにとっては、「なりそこない」と見る目が多かった。
「その徳目と罪源とやらは、儂は聞いたことはないな」
「そうですね。例えが難しいですが――あなた逹人間は、物事を判断する時に、何の価値観を持って判断しているでしょうか。それは損得勘定であったり、究極的な利己主義であったり、様々でしょう。我々は、そういった価値観を得ることによって、はじめて自分として生まれる事が出来るのです。そして、多くの時間と出会いを経て、その存在とちからを大きくしていきます」
魔剣とは、人や亞人の感情に触れて、初めて生まれる事のできる"生き物"である。
『徳目』と『罪源』は、魔剣逹の生き様の支柱である。
ダイトの『義』――徳に従う事を是とする徳目や、フルンティグの『憤怒』――謂れなき不条理に、抗い憤る罪源のように、魔剣はそれぞれの徳目と罪源を立てて、魔剣として目醒める。
名義上、徳目や罪源と称しているが、その対象は定かではない為に、例えおなじ徳目であろうとも、人を憎む事もあれば、おなじ罪源であろうとも、人に味方するものもいる。
故に、魔剣にも個性があり、ダイト逹のように人を守り導こうとするものも居れば、かつての『魔王』のように人に害為し滅ぼそうとするものも居る。
「ふむ。魔剣というのはどういった存在かはわかった。となると、いずれコリンズとライムの魔剣も目醒める事がある訳じゃな?」
「そうですね。日頃態度を戒め、魔剣と真摯に向かい合っていかなければならないのが、魔剣使いとしての責務でしょう」
「というわけじゃ、わかったな!コリンズ、ライム!」
「うへぇ……」
「うげぇ……」
「ふうむ、こいつらの『怠慢』さが武器の個性に選ばれでもしたら、五世代に渡るグレイハウンド家の大きな汚点になりかねんわい……」
ガルフォードは嘆き、こころの内ではより一層コリンズとライムに励むよう、厳しく接する事を心に誓うのであった。




